771.休暇明け4
「お二人ってば本当にひどいんですよ! 私の事をあんな風にからかって!」
アルムが学院長に呼ばれていたため、一人帰宅したミスティはラナに今日の出来事を愚痴っていた。
ラナは一緒に紅茶を飲みながらミスティの話に耳を傾けている。こんな風に可愛らしく怒る姿も愛らしい、と思いながら鼻血だけは流すまいと耐えていた。
「ラナ? 聞いている?」
「はい、勿論ですよ」
「どう思う? エルミラったら私で遊んでいるのよ! ベネッタも面白がって……」
「そこはミスティ様への信頼あってこそでしょう。それにそのお二人はあのカヤという人物の様子を知らないわけですから」
「それはそうだけど……でも今日の私は怒りました」
拗ねたようにぷいっとそっぽを向くミスティの仕草がラナの心臓を鷲掴む。
普段の落ち着いた様子も勿論ラナは好きだが、こんな風にレアな仕草を見るのもまたいい。
エルミラとベネッタに感謝しながらも、お付きメイドとして相応しい振る舞いは忘れない。
「私にはミスティ様がお二人の事を楽しそうに怒っていらっしゃるように見えます」
「楽しそうだなんて……」
「違うというのならお友達と出会って表情が豊かになったのでしょう。長年ミスティ様を見てきましたが、そのような御姿はあまり見ませんから。からかわれるのも、それを怒るのもミスティ様がしっかりコミュニケーションの一環だと理解しているからこそでしょう」
「確かに本気で怒っているかと言えばそんな事はないけれど……」
言いながらミスティは一口大のフィナンシェを口に運ぶ。
シンプルながらも今日の銘柄に合うスイーツだ。
「ミスティ様は本当にここでの時間がお好きになられたのですね。とても有意義な時間を過ごされているようでラナは嬉しく思います」
「……ラナは私の事を何でもお見通しなのね」
「勿論です。私はカエシウス家の使用人の中でも唯一ベラルタまでの同行が許されているミスティ様付きメイドなのですから」
ラナは立ち上がり、両手でスカートの裾を持ち上げて礼をする。
するとまだほとんど食べていないというのにティーカップや皿を片付け始めた。
「ラナ? まだ一つしか食べてないわ?」
「ええ、どうやらお迎えが来たようですから」
「お迎え……?」
ラナはくすっと笑いながら窓のほうを指差す。
ミスティが指差したほうを見ると、エルミラが窓からひょこっと顔を出していた。
「え、エルミラ……? 何をなさっているんです?」
「は、はーいミスティ……どう? 今日何もないなら一緒にベネッタの部屋泊まりにいかない……?」
ひらひらと手を振るエルミラにミスティは呆れたように笑ってラナのほうを振り向いた。
「ラナ、今日は晩御飯いらないわ」
「はい、それでもお土産を用意致しますね」
ラナは一礼するとすぐさまキッチンのほうへ。
ミスティはラナの背中を見送ると、窓のほうへと近付く。
「もうエルミラったら……玄関から来てくださればいいのに」
「いや、なんか……窓から愚痴が聞こえてきたから入りづらくて様子をね……。……まだ怒ってる?」
窓枠に隠れながら恐る恐る聞いてくるエルミラ。
普段では感じない小動物感にミスティは表情を綻ばせる。
「うふふ、窓から覗くあなたの姿に驚いて忘れてしまいましたよ。もう怒っていませんわ」
「よかったぁ……あ、じゃあ三日分の晩御飯は……」
「そこはしっかりと頂戴致します。エルミラがどんなお店に連れててくださるか楽しみにしているんですから」
「うう……貧乏貴族にたかんないでよ……いや、まぁ、自業自得だから連れてくけどさ」
「ふふ、約束ですよ? ほらいつまでも窓にいないで玄関のほうからどうぞ。準備が終わるまでお茶でも飲んでくださいな」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて」
「はい、どうぞ」
エルミラは窓から離れ玄関のほうへと回る。
ミスティはまったくもう……、と困ったように呟きながらも、突然の友人との泊まりが楽しみなのか無意識に鼻歌を歌っていた。
「アルム、教師になるのかい?」
「え?」
休暇前に恒例となっていた一年生達の練習会。
一通りアドバイスを終えたアルムが二階の観客席に座ると、見学に来ていたルクスが何気なしに疑問を投げかける。
実技棟の二階は魔法儀式の見学用に一階を見渡せるようになっている。アルムが一年生達に指導する姿は、二階から見ていたルクスにアルムの将来を想像させるくらいには様になっていたという事だろうか。
「いや、俺は魔法使いになるって前から言ってるだろ?」
「教師をやる魔法使いだっているさ。実際ヴァン先生とかはそうだろう?」
「ああ、そうか……」
「アルムの思い描く魔法使いとは違うのかもしれないけど、国の未来のために後進の魔法使いを育てるっていうのは立派なものだろう?」
ルクスは一階のほうを指差した。
一年生達がアルムのアドバイスに従って練習をしている光景が一望できる。
今では十人以上は固定の顔ぶれがおり、アルムのアドバイスで基本をより伸ばすべく練習を繰り返していた。
「あの子達は君のおかげでかなり技術が底上げされているよ。二年後にはあの中から"生き残り"が出るんだろうって思うくらいにはね」
「最近気付いたが、ルクスは俺を高く評価しすぎだ。俺は少し基礎が大切だってのを教えただけで……あの子達も気付くのが少し早くなっただけで元々あれくらいのポテンシャルはあったんだよ」
「そうかい? あの子達の上達を見ているとそうとは思えないけどね」
「そうだよ。それこそルクスが教えたほうが伸びるはずだ」
「僕のほうが?」
アルムがそう言うと、ルクスは吹き出すように笑う。
何がおかしいのかと訴えるアルムの視線もおかまいなしだ。
「ぶっ……あははは! それはないね! はっー! アルムはほんと自分の事がわかってなくて困るよ! ははは!」
「笑いすぎだぞ……それほどおかしな事は言ってないはずだ」
「おかしいさ。アルム……君ってば教えるのは上手なのに、何故自分が教えるのが上手なのかわかってないんだね?」
「そもそも教えるのが上手いと思ってないが……」
アルムの不服そうな声も無視してルクスは続ける。
「君はね、やる気や意欲を出させるのが上手いのさ」
「練習会なんてものに来てやる気のないやつなんていないだろ」
「ああ、でも……関係無い事を考えるやつはいる。何でこんな奴に教わらなきゃいけないんだ、とか役に立たないプライドを持ってたりね。特に君は平民だから当初はそう思ってる子達もいたはずだけど……今はそんな事考えてる子はいない」
一階で練習している一年生達を見ればそれは明白だった。
たまにしか練習会に来ないルクスだが、それでもアルムに教わるために練習会に来ている一年生達が限られた時間を有効に使おうとしているのがわかる。
アルムのアドバイスに耳を傾け、関係の無い事を気にすることなく集中していた。
「君は人をよく見ている。多分ベラルタに来るまであまり人と関わってこなかったから無意識により理解しようとしているんだろうね。よく見ているから人の良いところを見つけるのが上手いし、それが教えるのにも活きているんだ。
あの子達のどこが長所かをしっかり伝えて、どうすればその長所が活きるか、短所を改善する事で活かせるかを具体的にアドバイスしてる。だから信頼されるようになったんだ」
「信頼と教えることに関係があるのか?」
「あるさ。自分の事をよくわかってくれる人の言葉ってのはね……君が思ってるより響くもんだよ」
「……それは、わかるかもしれない」
「だろう?」
何かを思い出すようにアルムは遠くを見つめる。
ルクスはアルムが誰を思い出しているのか手に取るようにわかった。これも付き合いの長さからだろうか。
「そういう道もあるって話さ。半年後には卒業だからね」
「卒業、か」
「僕は領主っていう決まった道があるし、その道に進むって決めているけど……アルムには決まった道なんて無いからね。自分の向いている事から考えてもいいんじゃないかなって思ったんだよ」
アルムが卒業後どんな道を進むのかはルクスにもまだわからない。
いやアルム本人もわかってはいないだろう。
アルムのいう"魔法使い"とは少なくとも職業という意味ではなく、在り方だから。
「ま、君ならどこに行ってもやっていけそうだけどね。宮廷魔法使いだけは感知魔法が使えないと就けないから無理だけど……普通に王城勤務とかも普通にこなしそうだし、"自立した魔法"の破壊部隊とか王立図書館に務めるのだって似合いそうだ」
「王城勤務は流石に……似合わないんじゃないか?」
「似合うさ」
「そうか?」
「そうとも」
話は途切れ、二人は練習する一年生達を見守る。
自分達が一年生だった時のことを思い出しながら、少し懐かしんでいた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一部が懐かしい……。




