770.休暇明け3
「君が見つけた女性……カヤ・クダラノは常世ノ国の巫女と呼ばれる特別な貴族で魔法生命の核を霊脈から引きずり出せる血統魔法を持っているらしい」
学院長室に呼ばれての話は当然、アルムが確保したカヤ・クダラノという女性についてだった。
今は王都で拘束されており、来週にはアルム達も引き出した情報についてを話し合う場を設けられている。
学院長であるオウグスは先んじて届いた情報を最初に伝えるためにアルムを呼び出したようだった。
「確認はとれたんですか?」
「ああ、君もよく知っているミレルのシラツユ・コクナ……それと現在王都付近にいる魔法生命ケトゥスの証言が得られた。シラツユ・コクナの話によれば常世ノ国出身の貴族なら誰でも知っている話だから彼女についての話は呪法にも引っ掛からないだろうとの事だ」
「ですが、彼女はカンパトーレに拘束されていましたし……グライオスという魔法使いは呪法に引っ掛かるから詳しくは言えないと」
アルムはカンパトーレの魔法使いグライオスと戦闘後に語らった時間を思い出す。
グライオスは彼女について何かを伝えようとした瞬間、間違いなく呪法が発動していた。
「恐らく、どこまで知っているかが問題なんじゃないかなぁ」
「常世ノ国の巫女はただの立場や役職を示す言葉ではない……という事でしょうか?」
「君はこういう事には察しがいいねぇ。そう、恐らく常世ノ国の巫女の本来の意味がわかっているものにだけ呪法が契約させられていると私は解釈しているよ。君が戦ったグライオスはその意味を知らされていたんだろうねぇ……或いは、知らされる事で大蛇に縛られていたのか……」
ここでアルムとオウグスが"常世ノ国の巫女"と言葉にしても何か変化が起きるわけではない。
つまり魔法生命のように名前がそのまま呪いになる類のものではなく、重要なのはその意味ということだ。
「呪法を使うという事は……相手としても知られると面倒なんだろうねぇ……。来週の会議ではそこら辺の情報を引き出す目的もある。なにせほら、あのカヤって女性は君の……んふふふ! 君に嫁ぐとか言っていたんだろう?」
真面目に話しているかと思えばオウグスは思い出したように笑みを浮かべる。
重要な情報を見逃さないようにと書類に目を通している中、本人の発言記録の中にアルムの嫁になる女やら婚姻を結びに来たなどが混じっていれば冗談としか思えない。
「笑わないでください……自分もよくわからないんですから」
「いやすまないすまない。カエシウスのお嬢さんは荒れていなかったかい?」
「気にしていない……というほど割り切れてはいないようですが、自分がカヤって人に靡くとも思っていないようなので落ち着いています」
「君に非は無いんだろうが、些細な所から関係は歪んでしまうからね。繊細な年ごろだ。気を付けたまえ」
「はい、ありがとうございます。ただ……」
「ただ? 気になる事があれば言ってくれたまえ。現状君に対してが一番情報を喋ってくれそうだから君の印象は大事だよ」
アルムは考えるように口元に手を当てる。
オウグスはアルムの考えが纏まるのをしばらく待った。
少しすると、アルムは難しそうな表情で頭をかく。
「その、笑わないでほしいんですが……冗談には思えなかったんです。あの女性の言葉が……」
「君の嫁になるとかがかい?」
「はい、会ってもいないのに……少なくとも自分に会えて喜んでいるかのような感じはしました……」
「ふむ……?」
見知らぬ女性が自分を慕っているのが嘘とは思えない。
言う者が言う者なら自意識過剰にも思える発言だが、言っているのがアルムとなるとオウグスは少し引っ掛かりを感じた。
アルムはむしろ自己評価が低い傾向にある。教師であるヴァンがアルムの意識を危惧していたのも知っていた。
「もしかすると、本人にとっては重要なのか……?」
「そこまではわかりませんが……」
人質が同情を得るための策かと思って笑い飛ばしていた認識を改める。
本人にとって重要な部分であるならば、むしろそこが情報を引き出しやすくなるきっかけになるかもしれないと考えた。
「よしアルム」
「はい」
「君、あの女の人口説けたりは――」
「無理です」
「んふふふ! 無理かぁ!」
オウグスは情報を引き出す近道になるかもと提案するがきっぱりと断られる。
そう確かに……アルムが嘘をついたりやりたくない事を誤魔化すのが死ぬほど下手なのは学院では有名な話。好きでもない女性を口説くというのはアルムにとってあまりにもハードルが高い提案だった。
「そういえば……今日はヴァン先生は?」
思い出したようにアルムが問う。
今日はヴァンを見ておらず、学院長室にも同席していない。
「ああ、来週会えるさ。少し問題が起きて王都にいるからね」
「ふぅ……流石にからかいすぎたわね……」
学院が終わった帰り道、ベネッタと一緒に歩くエルミラは流石に反省を口にしていた。
ミスティをからかうのは面白いが、しっかりとラインは見極めなければこのように返り討ちにあうといういい教訓だった。
「アルムくんのお嫁さんにって話、冗談だと思ってたんだけど、ミスティのあの様子だと結構カヤって人が本気っぽいのかなぁ……?」
「まじ? 同情策じゃなくてって事? それはそれで意味わかんなくない?」
「そうなんだけどー……ミスティがあそこまで怒る理由なくないかなー? だってどう考えてもミスティのほうが優勢というかアルムくんが家に挨拶まで行っててもう秒読みなわけでしょー?」
「そりゃあね、アルムの相手が当然ミスティって思ってないとあんなからかい方できんでしょ」
エルミラとベネッタも考え無しにからかっていたわけではない。
あんなからかい方をしたのはミスティがアルムの隣にいるのが揺るがないと本気で思っているからこそだ。二人の関係が良好なのは目に見えて明らかで、アルムは今回の帰郷期間でカエシウス家にまで挨拶に行っている。
アルムの性格を考えてもここから大逆転など起きるはずもない。ミスティはもう少しどんと大きく構えてもいいくらいだ。
「まぁ、今回は許してくれたしねー」
「私三日分の晩御飯約束させられてるんだけど」
「ボクは二日分ー」
「何で私のが一日多いんですかベネッタ裁判官」
「裁判官も罰を受けてるのでわかりませんー」
話しながら、こつこつ、とベネッタの手の杖が石畳を叩く音が小気味よく鳴る。
前まではベネッタと一緒に帰ってもこんな音は聞こえなかったが、エルミラはなんとなくこの音が好きになっていた。
目を失った不自由よりも、ベネッタの功績が聞こえてくるようでどこか誇らしくもある。
「今日はルクスくんいいのー?」
「あいつは実技棟。別に恋人だからって四六時中一緒にいなきゃいけないことないでしょ。今日はあんたと一緒に帰りたいの」
「えへへ……そうー?」
「そうよ」
あと半年もすればベラルタ魔法学院も卒業だ。
大蛇との戦いやその他のトラブルを考えれば、こうしてゆっくりと帰れる時間はそれ以上に少ないだろう。
空の日が夕焼けに変わり始める帰り道。寮まで一緒に歩くたった数分が今になって少し愛おしい。去年くらいまではこの時間がずっと続くと思っていたが、そんなはずはない。
「もう少しで卒業かぁ」
「だねー」
他愛ない話題のつもりで話を振るが、ベネッタは短くそれだけだった。
「来年のボクなにやってるかなー?」
ただ今を名残惜しむのではなく、来年の自分を想像しようとするベネッタがエルミラには少しだけ大人っぽく見えた。
「卒業できなかったりしてね」
「えー!? ボク成績いいよ!?」
「冗談よ」
少し悔しかったのでほんの少し意地悪をしてみるエルミラ。
ベネッタの住む第一寮が見えてきた。
「どうするエルミラー? 今日泊まってくー?」
「は? 急ね……いいの?」
「いいよー、おいでおいでー! あ、呼んだらミスティもくるかなー?」
「来るでしょ。ああ見えて寂しがり屋だし」
「だよねー!」
寂しがり屋は一体誰なのやら。
心の中を見抜かれたようなベネッタの提案にエルミラは力無く笑う。
ベネッタからすればお見通しという事なのだろうか。
「サンベリーナさんとかフラフィネさんとかも呼んで女子会しちゃおうか! グレースさんは……来ないか。フロリアとネロエラも呼んじゃう!?」
「いや部屋に入らないわよ……てか、今日一度も見かけてないけどあいつらいるの?」
休暇明け初日だというのに自分達五人以外の三年生を今日は見かけていない。
まだ休暇先でのんびりしているのかトラブルで帰るのが遅れているのか。
「あ、そういえば……じゃあやっぱり今日は三人でいちゃいちゃしようかー」
「言い方! ったく……じゃあ着替え持ってくるついでにミスティ呼んでくるわ」
「はーい! また後でねー!」
「はいはい」
エルミラは小走りでミスティの家へと向かう。
途中で道行く人達の視線を感じた理由はきっと、外から見てもわかるほど足を弾ませていたからではないのだろう。そんなに浮かれてはないはずだ、と。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラはこういうとこある。




