769.休暇明け2
「あ、アルム先輩!!」
学院長室に向かっていたアルムが振り返るとこちらに小走りで向かってくるベラルタ魔法学院の一年生であるセムーラとその後ろを同じく一年生のフィンとリコミットが歩いてきた。
この三人はパルダムで魔法生命の襲撃を受けた三人であり、セムーラは怪我の影響かまだ足の動きがぎこちない。よく見ればリコミットも腕を固定していてフィンに至っては全身の動きがぎこちない。まだ治り切っていない傷が痛むのだろう。
「セムーラ、フィン、リコミット、傷は大丈夫か?」
「私は腕だけなんで二人に比べたら全然……フィンくんとかまだ全身痛むみたいだし、セムーラさんもまだ足が動かしにくいみたいですけど」
「も、もんだいねえ……!」
「はい! ばっちりというわけじゃないですが、魔法を使うには問題ありません! あ、あの、休暇明けも練習会に顔を出してくださいますか!?」
アルムに問いながら詰め寄ってくる勢いのセムーラ。
足を怪我しているというのに元気がいい。休暇明けで少し緩む生徒もいるものだが、セムーラはそんな事はないようである。
「ん? ああいうのは慣れてない入学当初だけがいいと思ったが……他の一年生も魔法儀式に備えてこっそりやりたいんじゃないか?」
「そんな事ありません。先程、休暇前に参加していた人達に確認をとって……アルムさんや他の先輩方がいらっしゃるならもう少し参加したいと言っている生徒がほとんどでした。私もその一人です」
「え? 俺が一年生の時は魔法儀式に備えてみんな警戒しまくってたんだが……勉強会優先だなんて今年の一年生は真面目だな……」
アルムは目の前で期待するようなセムーラを見ながら感心するが、実際はただ真面目だからというわけではない。
休暇前の練習会に参加していた一年生はアルムや他の先輩に教えて貰った事によって自分の技術が明確に向上した事を実感している。それだけ先輩の教え方がいいという事を理解したのだ。
アルム達がいない練習会に不参加なのはいい。だがアルム達がいる時に自分が不参加になるという事はつまり、練習会に参加している他の一年生に差をつけられる事になるのだと気付いている。
同学年での魔法儀式を考えると、参加して手の内を晒すデメリットよりも不参加で他がどう伸びているかが不透明なままのリスクのほうが遥かに高いと判断したのだ。
ゆえに、アルムや他の先輩がいるなら参加したい、と言う。
警戒の形は変われど、今年の一年生も強かに魔法儀式の戦績のために互いを牽制し合っているのである。
「なら顔を出そう。休暇前のように頻繁にとはいかないけどな」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「大袈裟だな。趣味みたいなものだから気にするな」
「魔法見たいだけの変態だもんな……」
「こらフィンくん!」
リコミットに怒られるフィンをアルムはじっと見る。
フィンは何故見られてるのかわからないからか、それとも気恥ずかしさからか目を逸らした。
「フィンは来るなら見学だな」
「え? は? な、なんで?」
本当に怒らせたと思ったからか、フィンの表情に焦りが出る。
入学当初では有り得なかった事だろう。だがフィンの意識はパルダムの一件で変わったと言っていい。
自分の成長の実感を掴みかけている今こそ、何かアドバイスが欲しいと本気で思うくらいに魔法生命ジャンヌとの実戦は彼の精神に変化を促していた。ただ生意気なだけの新入生はもういない。
「パルダムでの話は聞いた。今見る限り、フィンは魔力を絞り出しすぎて体の中がずたずただ。その状態で練習しようものなら治るものも治らない。簡単な魔力操作だけにしておけ」
「な、なんでそんな事わかるんだよ? 一応治癒魔導士の人に動いても大丈夫なくらいには治してもらったんだぞ」
「わかるよ。俺やベネッタも同じ状態になった事があるからな」
アルムは怒るどころかいつもの無表情とは違って微笑んでいた。
「俺達みたいに一月近くボロボロになるほどじゃないだろうが、後数日は様子を見ておいたほうがいい。練習会は限界までやる奴とかいるからな。そういう熱に当てられて無理をして……また治るのが遅くなったとなってしまうほうがまずい」
「け、けどよ……」
それでもフィンが不満を隠せないでいると、
「あれだけの事をやれて何を焦る必要がある?」
アルムはその不満ごとフィンを諭した。
「パルダムでの話は聞いたと言っただろう。三人共凄い事をしたんだ。実戦で自分が何をやれるかを確かめられた今、焦る必要なんてない」
「わ、私も……ですか?」
「当たり前だ。女の子を助けたと聞いたよセムーラ」
自分を指差すセムーラにアルムは笑い掛ける。
じん、と目頭が熱くなる。
尊敬する人に自分の行動を認めてもらうのはこんなにも誇らしい事なのかと。
「い、いや、俺はほら……あの二人が来なかったらそのまま無駄死にだったわけだし……」
「お前がどう思うかはどうでもいい」
「え」
「お前が自分の行動をどれだけ無駄や無意味と思おうが、俺はそうは思わない。お前は凄いよフィン」
あまりに不器用で乱暴な褒め方にフィンは目を丸くする。
本人が抱く自己評価すら参考にしない。
自分が思った事だけを飾りなく伝えるその純粋さが、お世辞だと思わせる隙すら与えない。フィンはもう逆らおうとも思えなくなっていた。
「ま、まぁ。当たり前だ! わけわからないまま何であんな事をしたのかもよく覚えてないっつうか? それでも俺の魔法使いとしての才能がそうさせちまったっていうか? 俺は根っからいいやつだからな!」
「ならなおさら凄いな」
恥ずかしさをおどけて誤魔化そうとするがアルムはそれすら許してくれなかった。
まるで豪華すぎるプレセントを直接受け取るまで突き出されているかのような。
「自分の支えもどう在りたいかもわからないままお前は立ち上がったんだ。凄い事だよ、俺にはできない」
「お、おう……」
このまま恥ずかしさで誤魔化し続けても無駄だとようやく気付いたフィンは気恥ずかしそうに一言だけでそう答えた。嬉しくありつつもただの生意気な新入生だと思われてたほうがやりやすかったな、とほんの少しだけ後悔する。
「駄目ですよアルムさん……フィンくん調子に乗っちゃいますからその辺にしておいてください」
「お前は俺の親かよ」
「そうか? ならここら辺でやめておこう。三人のことはエルミラとベネッタも褒めてたから続きが聞きたいならそっちに引き継ごう」
「褒めの引き継ぎって斬新な……」
セムーラが苦笑いしていると、自分がアルムを引き止めてしまっていた事に気付く。
「引き止めてしまってすいません! どこかへ行かれる予定でしたよね?」
「学院長に呼ばれててな。後でいつもの実技棟に行くから」
「はい! お待ちしています!」
アルムはそのまま学院長室へと上がる階段へと歩いていった。
学院長室に呼ばれる生徒というのは珍しいが、アルム達三年生とあれば特に驚きもない。
「……何の用事でって聞くのは流石に立ち入りすぎよね?」
「セムーラさん気にし過ぎだよ……多分もっと気楽に接してもアルムさん気にしない人だよ……」
「駄目よ! 初めて尊敬する人なんだもの! 万が一嫌われでもしたら!!」
「そんなの気にするなら帰郷期間に誘おうとすんなよ……いいじゃねえかもうカエシウスとくっついてんだからそんなの気にしなくて……」
セムーラに睨まれながらフィンの足は実技棟のほうへ。
今日も練習会があるのならば三人が寮に帰る理由もなくなった。
「あなたに何を言われようといいわ……私は褒められた言葉だけ噛み締めるから」
「フィンくんもいっぱい褒められてよかったね?」
「ばっ! 俺は別にあんな平民なんかに何言われようが知らねえよ!」
「あ……でもちょっと変だったね」
リコミットがそう言うと二人が同時に振り向く。
その視線が説明を求めている事に気付き、リコミットは人差し指を立てる。
「ほら、フィンくんのやった事は俺にはできないって褒めてたから……変な言い回しだなってさ」
「ああ、確かに……言われてみると謙遜し過ぎよね」
「そんくらいのリップサービス誰でもやるだろ」
「そういう事とは縁遠い人ではないと思うけど……」
疑問に思いながらリコミットは振り向く。
アルムの背中はもう見えなくなっていた。
「自分にはできないなんて……そんなわけないのにね?」




