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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
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764.怪物達の言葉

「ばけ……もの……!」


 ぎりっ、とエルミラは歯を鳴らす。

 こみ上げてくる言葉はいくらでもある中、そう評する他無い。

 魔法生命に対する切り札の一つと言える自分の炎が通じないという現実を目の前では絶望するほうが楽だろう。

 だがその表情には戦意がしっかり残っている。喪失した自信はあれど決して敗北と同義ではない。


『私は人間になりたかった……! あれ……? 私は元から人間なのに……? どうして――!』

「っ! やばい!!」

「ぶえっ!?」


 エルミラは咄嗟にベネッタの後ろ襟に手を伸ばし、無理矢理引っ張りながら背後に跳ぶ。

 次の瞬間、ジャンヌから銀色の魔力光が迸り爆発のように広がった。剣が降り注ぐだけでは崩れなかった建物が轟音を立てながら破砕していく。周囲にはもう花の町の面影しか残っていない。遠くに見える広場が別世界のように遠くなる。


『そう、私は人間だから……! 主の為に! 故郷の為に!!』

「術じゃない! 魔力を解放するだけで上位の攻撃魔法以上の威力になってる!!」

「どうするー!?」

「どうするもこうするも――!」


 相手は"最初の四柱"級の怪物。

 一瞬の迷いは致命の隙を生む。だが次の攻撃は来なかった。


()が見える……! なんで……私は人間なのに……! 見えるべきは神様か天使様のはずなのに……! 何故そこに蛇がいるのですか――!!』

「苦しんでる……?」


 魔法生命としての"現実への影響力"が上がったというのにジャンヌは苦しむようにその場で頭を抱えていた。


「躊躇してる余裕はないわ! 核を狙う! 私の炎で魔法生命の外皮を破壊して集中するわよ!!」

「う、うん!」


 ベネッタが瞳を開く。

 見定めるのはジャンヌの魔法生命としての核。

 銀色に輝くベネッタの瞳は胸の辺りで輝く一点を見つけた。


「核は胸! 大きい! エルミラ」

「追撃よろしく! "炸裂(アネロ)"!!」


 エルミラは灰を操りジャンヌの胸部部分への集中させる。

 声と共に集まった灰は爆発し、空気を震わす轟音が鳴り響いた。


『もっと糧を……この空腹さえ満たせば蛇は消える……! 消えてくれる……!』

「――は?」


 その一撃はジャンヌが纏う甲冑を破壊するも、肝心のジャンヌ本人はその爆発を受けてもびくともしなかった。

 ジャンヌは爆発があった事すら知らない様子で、うわ言のように呟きながら二人のほうを睨んでいる。


「外皮が固い……? いや血統魔法が弾かれた……!?」

「ま、まさか……さっきの剣の力まで取り込んでるんじゃ」

「そ、そんな……! どうやって……倒せば……!」


 エルミラの血統魔法の一部を消し、ベネッタの魔法を切り裂いた剣の力。

 武器として使われたならばまだともかく、本体があの力を持っているとなると流石のエルミラにも絶望がよぎる。

 魔法使いが魔法を封じられて、どうやって魔法生命に対抗すればいいのか――


『お願いだから肉塊になって』

「ボクがやる! 『守護の加護(シールド)』!!」


 ジャンヌが手を掲げると同時に空から降り注ぐ剣。

 咄嗟にベネッタが前に出て防御魔法を展開する。


「う……ぐう……!」

「威力が上がってる……! 踏ん張れベネッタ!!」


 ジャンヌの"現実への影響力"が上がった影響か、個々の術の威力も上がる。

 先程までならベネッタの防御魔法で防げただろうが……一撃一撃の重さがベネッタの防御魔法をひび割れさせる。


『【光を走る白馬(ラヴィサンシュヴァル)】』

「っつ――!」


 ジャンヌが二人を指差し、銀色の光が瞬く。

 突風が二人の間を駆けてベネッタの防御魔法は衝撃と共に砕け散った。

 防御魔法で受け止めきれなかった衝撃が二人の体を軋ませ、その場に立ち続ける事を許さず後方へと為す術無く吹き飛ぶ。


「が……はっ……!」

「あぐっ……!」


 咄嗟にベネッタを庇ったエルミラは二人分の体重をもって壁に叩きつけられた。

 瓦礫の壁に叩きつけられた激痛に歯を喰いしばりながら二人は石畳の道に転がる。

 二人が立ち上がるのを待つはずもなく……ジャンヌは再び二人に指を向けた。


「し、『守護の加護(シールド)』!!」

『【光を走る白馬(ラヴィサンシュヴァル)】』


 もう一度、空気を叩きつけるような衝撃が走る。

 ベネッタの防御魔法は粉々に砕かれて、背後の瓦礫ごと二人は衝撃を受け止める他ない。

 風属性魔法にも似た見えない衝撃が意識を揺らし、骨が軋む。

 叩きつけられた体は強化をしていても全てを耐えられるわけではない。二人を襲うジャンヌの術は着実に二人の体を追い詰めていく。


「ごほっ……! あ、ぐ……!」

「エル……ミラ……!」

「わだじは……いい!! 自分の身を守りなさい!!」


 当然、先に戦っていたエルミラのほうが限界が近い。

 血統魔法を維持し続けるために張り詰めていた精神力が体に走る激痛によって一瞬綻びを見せた。

 魔力が十全に近いベネッタはまだ相手を見極める余裕がある。


『撃て』

「――!!」


 弱っているほうを狙うのが常識と言わんばかりにジャンヌの矛先はエルミラへ。

 いつの間にかジャンヌの両脇に現れた大砲がジャンヌの声で自動で動き、二発の砲撃を放つ。

 人型魔力の操作がなくなった分、タイムラグがない。厄介に見えた戦闘を仕掛けてくる人型魔力でさえジャンヌにとっては発展途上だったという事か。


「"炸裂(アネロ)"……!」

『戦士が崩れる時というのは見ていていい気持ちではありませんね……』


 二発の大砲を受け止める灰の爆発。

 振動が空気を走る中、爆炎と煙を裂くように空から剣が降り注ぐ。

 エルミラもそれに気付いて自身を炎に変えるが……当然、腕の一部だけが変化させられないのは変わっていない。

 降り注ぐ剣のほとんどを燃やして灰に変えるが、一本はエルミラの腕にその剣先を突き立てた。


「が……ぐぁああああああ!!」

「エルミラ!!」

『まずは右腕』


 鮮血を撒きながら、エルミラは剣が突き刺さった腕をそのままジャンヌに向ける。


「ぐっ……! 『炎竜の息(ドラコブレス)』!!」

『勇ましい。やはりあなたこそ私の運命の糧……!』


 エルミラが放った得意魔法はやはりジャンヌの外皮に弾かれる。

 阻むのは"現実への影響力"の差ではなく、ジャンヌという魔法生命の在り方による概念。

 ……元いた世界において聖女と呼ばれるジャンヌには異端の神秘は届かない。

 この世界においては殺戮者であるが、彼女が元いた世界において彼女は救国の英雄……人々に祭り上げられた伝承と現実を生きる存在。

 異端だと排斥した。

 後に人々は間違いだと気付いた。

 恐怖によって伝承にされたのではなく、語り継がねばという人の意思が残し続ける彼女の歴史は魔法生命ジャンヌを支え続ける。たとえ彼女の意思が異国の神獣たる大蛇(おろち)に浸食されていたとしても……彼女を二度と見捨ててはならないという意思が世界の境界を越えて、ジャンヌの"現実への影響力"になり続けた。


「エルミラ! こっちに!!」

「このおばか……! 狙いは私よ……! 別れて戦うの!!」


 ベネッタは手を伸ばすが、エルミラはその手を拒絶する。

 壁に叩きつけられ骨を折られても右腕を刺されても、エルミラは戦闘における判断は間違わない。

 二人固まれば相手の思うつぼ。自分が狙われている間に何とか攻略しなければと、エルミラは体に鞭を打って囮となるため駆け出した。


「このままじゃ削り殺されるだけよ! 何とか突破口を見つけるの! こいつに霊脈と接続されたら今度こそ勝てなくなる!!」

「わかってる……! わかってるけどー……!」

「わかってるなら動けベネッタ! 私が心配だったなんて言い訳で死んだらぶん殴るわよ!!」


 ベネッタの瞳が映すのは魔力ある命。それに付随してその魔力量もある程度がわかってしまう。

 エルミラは何てことない様子を見せているが、エルミラの魔力がもう残り少ない事がベネッタには見えてしまっていた。

 ずっと血統魔法を使ってジャンヌと戦っていたからだろう。ただでさえ自分の体を炎と同化している血統魔法だ。維持とコントロールのための魔力消費と精神力の消耗は他の比ではない。

 それをわかってか無意識か……エルミラはずっとベネッタを庇っている。

 二年前ならともかく経験を積んだ今ならわかる。エルミラは限界が先に来る自分よりもベネッタを被害を最小にしようと動いているのだ。


(どうしたら……! どうしたらいい……!)


 降り注ぐ剣を率先して受け止めに行くエルミラの背中を見ながらベネッタは思考を振り絞る。

 このままじゃ自分の一番大切な友人が殺される。

 魔法生命の突破口も開けぬまま……魔法が効かないという馬鹿げた反則に押し潰される。


「う……ぎ……! ぎ……ぁああああ!!」

『その炎ごと食べて差し上げましょう……あなたの炎から生き残り、私は人間だと証明された! 今度こそ神の試練を! 神の御声を頂ける!!』


 血統魔法を維持するのも限界なのかエルミラは先程よりも押されていた。

 ジャンヌの魔力が刃のように襲い、エルミラの手に足に斬撃のように舞う。斬りつけられた炎の上から血を流し、そのまま地面に投げ出された。

 そこでうずくまらないのがエルミラ。

 即座に瓦礫の陰に跳び、追撃の剣をかわす。


「ぜぇ……! ぜぇ……!」

『奥底に輝くあなたの魔力も後僅か……どうか使い切るまで諦めないで。私はあなたという戦士を喰らわなければいけないのだから』

「だれ、が……! 後三日は戦えるっての!!」


 次の瞬間、エルミラを隠していた瓦礫を爆風が襲う。

 ジャンヌの両脇に置かれた大砲の一撃だった。


「ごぶっ……! げほっ……! ぜっ……! ぇっ……!」

『休ませない。あなたという戦士を私は甘く見ません。戦場を知っている……私と同じ血を知っている目を。安心してください。あなたの体は骨一本すら残さず私がたいらげましょう』

「同……じ……? 私のがかわいい……でしょうが……!」


 余裕を見せるように軽口を叩くが誰が見てもエルミラの限界が近いのがわかる。

 瓦礫の破片で切ったのか瞼から血を流し、炎に変えられない右腕は刺された傷と爆風で飛んできた破片が埋まっていて痛々しい。所々動きがぎこちないのは骨が折れているからか。

 圧倒されるのではなく、徐々に追い詰められていく。

 そんなエルミラの痛々しい姿を見ながら、ベネッタは思考を続ける。


(考えろ考えろ考えろ……! 無敵なんて有り得ない! 今までだってそうだった!)


 今まで魔法生命を見てきた経験を思い出し、ベネッタは突破口を模索する。

 魔法生命は理不尽な災害のような存在ではあるが倒せない相手でない事は自分達が一番よく知っていた。

 大百足のような圧倒的な存在であっても傷はつけられたし、無敵に見えた鬼の怪物である大嶽丸(おおたけまる)の守護も武器を順番に破壊するという突破口があった。

 人間からすれば確かに対峙して心が折れるような怪物だが、桁違いなだけであって魔法のルールと生命という枠組みの中に必ずいる存在なのだと自分達はよく知っている。


(怪物……?)


 今まで見た魔法生命を思い出して、何かが引っ掛かる。

 大百足に畏怖した記憶。大嶽丸に殴りつけられた記憶。ミノタウロスと戦った記憶。

 今まで対峙した魔法生命達の姿を思い出しながら――


"儂こそはかつて一国を、神すら震え上がらせた大百足"

"我が身はミノタウロス。神に手を伸ばす迷宮の支配者なり"

"余は大嶽丸! 天上に至り! 神の座に届く鬼の王なれば!!"


 ――今、目の前にいる魔法生命ジャンヌの姿を見た。


"私は……人間だああああああ!!"


 ベネッタは絶望にすら見えた目の前の光景に光明を見る。


「……もしかして」


 そう呟きながらベネッタは無意識に駆け出していた。

 エルミラが作った時間を無駄にしないため……そう思った体は考えるよりも先に動いていた。

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