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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ

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759.花の町パルダムで2

「いっでえ……」


 音が止み、ぱらぱらと降ってくる砂利を払いながらフィンは立ち上がる。


「なんだよ……これ……」


 辺りを見ると先程まで歩いていたパルダムの町がまるで戦場のように様変わりしていた。

 周囲の建物は斬られたような傷痕が無数につけられ、歩道や馬車道にも剣が何本も突き刺さっている。

 幸い、フィン達の周囲にいた人々は逃げるのが一歩早かったからか人の被害は少ないものの……それでも建物の中への避難が間に合わなかった店員や観光客は何人か無残な姿で倒れており、そこら中から痛みを訴えるうめき声が聞こえてくる。

 フィンは自分の体を見下ろして、擦り傷程度で済んでいる事に安堵した。


「そうだ! リコ……ミット……」


 フィンは真っ先に確認すべき幼馴染の無事を確認すべく自分の近くを探す。

 幸運なことに、彼女達はすぐに見つかった。


「……」

「フィン……くん……大丈夫、だった……?」


 右腕の肉をずたずたに引き裂かれているリコミットと全身から血を流すセムーラの姿を見てフィンは絶句した。

 空に浮かぶ無数の剣が降ってくるその瞬間、女の子を抱きかかえたセムーラはフィン達のほうに飛び込み、リコミットはそんなセムーラに向けて必死に手を伸ばした。

 結果がこの惨状。セムーラはギリギリ間に合わず、手を伸ばしていたリコミットは右腕を引き裂かれながらもセムーラの体を建物のほうへと引き寄せた。

 そして見事、セムーラの腕の中にいる女の子は無傷のまま。衝撃で気を失っているだけですんでいる。


「お……い……おま……え……」


 セムーラの体は血で濡れて、自慢の金髪も半分以上赤黒く染まっていた。

 だが倒れているセムーラの体は小さく動いていて、まだ呼吸しているのがわかる。

 リコミットは大きな怪我は右腕だけだが、いかんせんその右腕があまりにも状態がひどい。元通りになるのか素人ではわからないほど変な方向を向いていた。

 この二人だけではない。周りを見ればそんな怪我をしている


「リコミット……」

「だ、大丈夫……えへへ、私は動けるよ……フィンくん……! それよりセムーラさんをここから避難……させないと……。観光地なら治癒魔導士の人もきっと……いると思うし……ね?」

「―-っ!」


 明らかに強がった笑顔を見せるリコミットを見て、どくん、とフィンの鼓動が鳴る。


"君はいつ動けるようになる?"


 記憶に残り続けていた声が蘇る。

 チヅルという侵入者に襲われた後に言われた言葉。

 自分が今も動くことが出来なかったという事実が嫌でも突きつけられる。

 ――俺が防御魔法を使えばもっとこいつらの怪我を軽く出来たんじゃ?

 もう取り戻すことができないもしもすら想像している余裕もなく、災害はその声を見せた。



「あら……流石に今まで食べてきた村と違って頑丈な建物ばかりですね」



 もしもの想像は一瞬にしてかき消される。

 背筋が凍るような声に、現実を直視せざるを得なかった。


「もうほとんどの糧が逃げてしまっている……剣で町は無理でしたか……」

「なんだ……あい、つ……。何舐めて……」

「うぶ……おえええ!」


 リコミットは地面にその場でしゃがみ込んで嘔吐する。

 赤茶色の長髪を揺らして現れた女性が舐めているのは人間の眼球だった。

 口の周りは赤く、ここに来るまでに何を口にしていたかは想像もしたくない。


「舐めても変わりませんね……やはり味がしないまま」


 残念そうに眼球を口の中に放り込むその女性を見てフィンは確信する。

 ――こいつだ。

 背後の空気が歪むような死臭を纏い、惨劇の中を堂々と闊歩する女性を見てフィンの体が震え始める。

 この惨劇を作り上げたのはこいつだと本能が警告していた。

 人間にしか見えないがこの女は人間ではないと。


「あら? おいしそうな糧がいらっしゃいますね?」

「え……」

「魔力が豊富ですね。こんなに魔力が豊富な糧をいただけるのは初めてかもしれません」

「食べ……?」


 こちらに歩いてくる女性が何を言っているのか理解が及ばなかった。 

 しかし口を血塗れにしたその女性の視線がセムーラとリコミットのほうに向いている事は嫌でもわかった。

 惨劇は終わってなどいない。降り注ぐ剣の雨などただの序章に過ぎなかったのだと気付かされる。


「おい、リコミット……逃げ――」

「あ……ぁ……」


 支えていた心の糸が切れたようにリコミットは座り込んでしまっている。

 惨劇や痛みまでならば耐えられたが、鬼胎属性と死臭を纏う未曾有の怪物を前に自分の精神を一人で支えるには限界があった。

 恐怖で痛みは加速し、嘔吐してもなお拭えない異物感がリコミットを縛り付ける。

 倒れて動けないセムーラはいわずもがなだ。


「主よ。私に日々の糧を今日も与えてくださった事を感謝致します」


 女性は食前の祈りを捧げながら今まで食べた事のない食事に向かってくる。

 当然だが、食事は動かない。

 ならば女性の歩みはただテーブルに向かうだけに等しかった。


「なん……で……?」


 答えの返ってこない問いをフィンは声にする。

 小さな女の子を庇って全身血塗れの同級生。

 俺を引っ張ってくれたのに右腕をずたずたにされた幼馴染。

 なにもしないで擦り傷だけの自分。

 自分はきっと逃げられる。なにもしなかったのに?

 もう一度、納得できない現実に理不尽を感じて問い掛けた。


「なんでだよ……」


 この中で死ぬべきだとすれば自分だろう、と本気で思う。

 不幸なことに誰も頷いてはくれなかった。

 納得いかずに、だってなにもしていないのは俺だけなんだから、と根拠まで呟く。

 セムーラみたいに女の子を助けてもないし、リコミットのように友達を助ける為にやるべきこともしていない。

 自分はただリコミットに手を引っ張られるがまま避難して、見知らぬ女の子を助けるセムーラを馬鹿みたいに呆然と見てただけなのだと。


「逃げて……フィンくん……」

「いや……お前も……」


 立ち尽くすフィンにリコミットはボロボロと涙を流しながら逃げるよう促す。

 動けるフィンでさえ恐怖でどうにかなってしまいそうなのに、座り込んでしまっているリコミットの恐怖は相当だろう。


「わだし……だめだぁ……」


 恐怖で引きつったリコミットの精一杯の笑顔にフィンの鼓動が再び鳴る。


"今年? 来年? 卒業した後? それとも、誰かが死んだ時かな? ……僕達にはきっと、そのどれもが遅いんだ"


 助けられるだけで動けなかった自分に突き刺さった助言かそれとも非難か。

 いや、今ならよくわかる。この言葉はきっと助言だったのだろう。

 だって今……こんなにも響いている。


「遅いんだ……」


 今ならわかる。

 まだ一年生だから動けなくても仕方ないとかそういう事じゃきっとない。

 仕方ないと自分を納得させて何もしなかったら本当に遅いのだと。


「なんでじゃ……ねえよ……!」


 何もしなかった俺が何故助かるのか。

 誰かに対して問うまでもないことだった。


「そんなの……決まってんだろ……!」



 ――俺が何もしなかったからだろ!!

 


「……『召喚(サモン)土人形(クレイマン)』」

「え?」


 セムーラとリコミットの傍に召喚陣が展開され、そこから人間大の土の人形が現れる。

 土の人形は倒れているセムーラとその腕で気絶している女の子、そして座り込むリコミットを抱えるとゆっくりと走り出した。


「フィンくん!? フィンくん!!」


 リコミットの声に一瞥すらせずフィンはその場に残り、歩いてきていた女性の前に立つ。

 口の周りは血塗れで、よく見れば服も元々は赤では無かったのがわかる。

 どれだけの人間の血を浴びればこんな姿になるのかわからない。


「あら……糧がいってしまいます……。なるほど、食卓は向こうなんですね」


 フィンを無視して土の人形のほうに向いた女性の前に、フィンは再び立ち塞がった。

 数多の人間を喰らい、その能力をほぼ限界まで底上げした魔法生命の前に。


「……何をしているのですか? 私から糧を取り上げて……そんな事をしていいと思っているのですか?」

「リコミットは基本うるさいけどよ……いなくなったら静かすぎてきちいんだよ」

「……はい?」

「セムーラは立派な奴だ。家の事情で当主になれないってのに腐らずに努力してるし、あの怪我だって人助けの結果だ」


 重圧で死にそうになりながら声を言葉に変えて自分を奮い立たせる。

 言葉が恐怖で干上がる前に、そして逃げ出したくなるような本能を否定して。


「素晴らしいですね。糧がおいしくなる理由は千差万別……もしやあなたはここの牧場の方ですか?」


 たとえ言葉が通じないような化け物相手でも意思を突き通せるようにフィンは両手を構えた。

 二人を運ぶ土の人形はもう結構遠くにいっただろう。

 だからもう格好をつける必要もなさそうだと。


「か、か……が……」

「……か?」

「ひっ……! っ……! が……が、がっでごい……!」

「先に食べられたいだなんて……殊勝な糧ですね」


 食欲を向けられてようやく、怪物の標的が自分に切り替わったのを悟る。

 目の前にあるのは女性の形をした自分の死。

 次の瞬間には惨たらしく殺されて、食われているであろう絶望的な戦力差。

 耐え切れず溢れてくる涙と体の震えは止まることなく、生物としての本能は逃亡を叫び続ける。

 それでも、その足が二人がいる後ろに退く事は無い。

 幼馴染だから守りたい? 立派な友達だから救いたい?

 ……きっと違う。



"君はいつ魔法使いを目指すんだい?"



 恐怖に震えながら言われてもっとも痛かった言葉を思い出す。

 ここで退いたらもう、二度と目指せなくなる気がした。

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