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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部後編:白光のルトロヴァイユ
868/1050

752.切り裂く落雷

 昼を歪ませる黒煙。

 太陽を遮る曇天。

 軋んだ扉が開く音と共にその二つは訪れる。

 快晴の空は濁り、風は急速に冷えていく。

 異界の伝承とこの世界が魔で繋がり、周囲を侵食していく。


「……これが魔法生命か」


 周囲の変化とは違い、唱えたノブツナの変化は一瞬だった。

 唱えた瞬間そこにもう人間はおらず、黒煙が形を作る。

 現れた怪物はどこかで見たようで一度も見た事のない姿をしていた。

 虎? 猿? 蛇? 狐?

 熊? 狼? 象? 馬?

 黒煙に塗れながら現れたのは見知った動物全ての特徴を取り入れたかのような現実味の無い生物だった。

 虎のような模様、猿のような顔、蛇のような尾、狐のような眼。

 熊のような爪に狼のような牙、象のように肥大した肉体に馬のような毛並み。

 これが(ぬえ)。雷鳴を喉に飼う呪詛の怪物。

 子供の頃に読んだ幻想文学の挿絵をクオルカは思い出すくらいだった。


(この怪物に誘われるかのように空に雲まで……何と異質か)


 しかし現れたのは幻想ではなく圧倒的な現実だ。

 二十メートルを優に超えるであろう現実味の無い獰猛な生物が、雷鳴のような唸り声に殺意を込めて鳴らしている。

 魔法生命の話を事前に聞いていなければもう少し驚きも大きかったであろう。

 呼吸するだけで呪詛を垂れ流し、そして現れただけで()を遮れる生命体。

 およそこの世界の常識とはかけ離れた存在。死を経て現れる異界からの来訪者。

 それが魔法生命である。


『嗚呼……(ぬえ)の姿を見ても揺るがない。強がりではない。怪物(ぬえ)を見ても怯まぬ平安の武士(もののふ)を思い出す』

「先程の男がいないが……君の中かね?」

『さあ、どこかに隠れたのではないかな? 何せ……鵺(ぬえ)が出たのだからね』


 互いの距離は二十メートルもない。

 戦意も見せぬ会話をしながら、鵺の持つ蛇の尾がクオルカ目掛けて飛び掛かる。人間と怪物では肉体のスペックも射程距離も違う。

 普通の人間の肉体ではこの尾の一撃すら耐えられまい。牙には当然のように毒。尾そのものは当たり前のように走る黒雷を帯びている。


「『煌雷の戦士(サンダーブリンク)』」


 クオルカは強化を唱えて不意打ちに近いその尾をかわす。


(確か……魔法生命は名前を口にしてはいけなかったな)


 ルクスとエルミラに聞いていた知識を思い出しながら魔力を"充填"する。

 事前に聞いていなければ呪法を受けていただろう。

 しかし魔法生命についての知識を聞いていてもなお解せない点もある。


「『抵抗(レジスト)』」



 ――何故わざわざ墓地に来たのか?

 確かにここにも霊脈は通っているが、わざわざ自分の目の前に姿を現す理由がわからない。

 クオルカは二人の話から魔法生命は霊脈に接続してさらに高次元の生命体になるのが大体の目的と聞いていたゆえに、鵺の目的が読めていなかった。

 邪魔者を排除するために孤立している自分から殺しに来たのか? それとも魔法生命を倒した経験のあるルクスを避けたかったのか?

 いずれにせよ魔法生命と接触した経験がないクオルカには鵺の目的が見当つかない。『抵抗(レジスト)』によって少しましになった思考でも答えは出なかった。


『【雷無(かみなき)】』

「!!」


 頭上で何かが光る。

 雷鳴のような唸り声と頭上からの光。そして曇天となった空。

 雷属性であるクオルカには何が来るのかすぐに気付く。


「『雷獅子の鬣(ライトニングクレスト)』」


 クオルカの予想通り頭上から黒雷が降り注ぐ。

 頭上に展開した(たてがみ)を模した巨大な防御魔法の"現実への影響力"は黒雷を上回っており、そのまま軌道を逸らす。

 魔法ではないが魔法のような術を前にクオルカは機を窺う。

 この攻撃が終わる間隙を突き、攻撃魔法を"変換"しようとするが――


『【雷無(かみなき)】』

「!?」


 にやりと笑う鵺の表情。動物のようなのに感情の発露となると人間らしく、それがまた不気味さを加速させる。

 鵺は悪意の込められた表情を浮かべながらクオルカに黒雷を落とし続けた。


『【雷無(かみなき)】【雷無(かみなき)】【雷無(かみなき)】【雷無(かみなき)】』

「ぬ……ぐおおおお!?」


 クオルカはそこでようやく魔法生命の能力と魔法が全くの別物である事を実感する。

 魔法は人間が生み出した神秘を生み出す技術だとすれば、魔法生命の能力は現象だ。

 魔法生命の使う能力は生命としての機能であり人間の魔法のように創造の工程は踏まない。

 ゆえに、必要なのは"現実への影響力"としての力を持たせるための唱える一工程のみ。

 人間が手足を動かすのに一々思考を巡らせないように……鵺の黒雷は鵺にとっての当たり前の現象であり隙など生まれるはずもない。空に雲があれば、それだけで鵺の雷は自由に降るのである。

 クオルカは防御魔法が手数で削られていくのを実感しながら、一撃一撃に込められた呪詛に耐えていく。


『にゃららららら! どこまで耐えられるか見物だ! (ぬえ)に見せてくれ! 限界はどこだ!? 後数十降らせば息絶えるか!?』


 苦悶の声を漏らし始めたクオルカに鵺は喜悦を帯びた笑みを浮かべる。

 鬼胎属性の魔法生命の本質は呪詛だ。

 人間の恐怖と不安がその"現実への影響力"を増幅させる。

 目の前の老体がどこまで耐えられるのか。

 自分の存在に耐えている精神がどこで折れるのか。

 鵺は呪いらしく人間をいたぶる選択をする。


「…………いぞ……」

『にゅあ?』


 だがクオルカは苦しみこそあれど降り注ぐ黒雷に恐怖も不安も抱いていない。

 頭上に展開した防御魔法が崩れる中……鵺の視線を射抜くように顔を上げた。


「うるさいぞ、と言ったのだ。我が妻の前でゴロゴロゴロゴロと……不快である」


 クオルカの手の上には黄色い魔力の雫。

 崩れ落ちる防御魔法の中、その雫だけが天へと掲げられた。

 墓地を荒らされたクオルカの怒りと共に。


「来い――【雷光の巨人(アルビオン)】」


 降り注ぐ黒雷を弾くような雷鳴。

 歴史を集約させた魔法の名は声を重ねて不吉を裂く。

 魔力の雫が呼び水となり、天に開いた門からそれは現れた。


 現れたのは全身に雷属性の魔力を走らせ、その巨躯を鎧で更に武装した巨人。

 降り注いでいた黒雷を全て弾きながら鵺と同等のサイズの巨人が着地し、その振動で大地を揺るがす。

 オルリック家の血統魔法――雷の巨人が(おもて)を上げた。


"ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!"


 クオルカの怒りに呼応し、巨人の咆哮が周囲に轟く。

 呪詛の込められた黒雷などこの巨人の前ではもう意味が無い。

 それを悟ってか鵺も黒雷を続けて放とうとは思っていなかった。


「とおおおおうっ!!」

『なんだ……?』


 クオルカは気合いの籠った声を上げながら跳躍し、【雷光の巨人(アルビオン)】の中心に飛び込む。

 【雷光の巨人(アルビオン)】は当然のように主であるクオルカを内部に受け入れて……クオルカは巨人と同じ構えをとった。


「これこそがオルリック家最大最強の血統魔法! 【雷光の巨人(アルビオン)】の内部から操作する事で使い手への攻撃を許さぬ攻防一体の構え! 普段ならば蹂躙だが、【雷光の巨人(アルビオン)】と同サイズの貴様相手に遠慮はいらぬな」


 血統魔法の内部でクオルカが振りかぶると同時に雷の巨人も剣を振りかぶる。

 操作のタイムラグは無く、魔法と視界を共有しているため間合いの誤認もない。

 

「無論、血統魔法は覚醒している。精々気を付けながら敗北するがよい」

『――っ! 【黒煙絵巻(こくえんえまき)象ノ章(ぞうのしょう)】!』


 鵺は咄嗟に防御の術を展開する。

 自分と同サイズの象を模した黒煙。

 上位の防御魔法の更に上に位置するであろう"現実への影響力"だが――

 

「ぬえあああああああああ!!」

『が……ぐ……じゃああああああああ!!』


 ――その一撃はその"現実への影響力"をさらに上回る。

 ただ剣を一振りする。それだけがまさに必殺。

 鵺が前面に展開した呪詛と黒煙を纏う防御の術ごと、雷の巨人は剣を薙ぎ払うように振り抜く。

 その衝撃に耐えきれず、二十メートルを超す鵺の巨体は剣が発する稲妻とともに墓地の外へと吹っ飛んでいく。

 その様はまさに横に走る落雷。呪詛ごと切り裂く雷鳴が鳴り響いた。


「おっといかん……核を狙わねばいけないんだったな……」

いつも読んでくださってありがとうございます。

寒波が凄いらしいので皆様外出の際はお気を付け下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルクスは雷光の巨人を変幻自在の雷と捉え、クオルカは巨神兵(乗り込み型のロボット)的な物と捉え、血統魔法を覚醒させたんですね。 ていうか、クオルカの覚醒の方向がオルリック家では一般的なもので、…
[良い点] クオルカさん、強っ……! 流石、4大貴族当主ですね! [気になる点] 4大貴族現当主の魔法使いとしての力量の順番的に、クオルカさんは1位なのだろうか? [一言] ここから鵺がどうクオルカを…
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