743.遺すのは……?
「いいんですか? 『氷狼』グライオスの首ともなれば……間違いなくあなたの輝かしい実績の一つとなりますよ……?」
グライオスが死亡し、同時にスノラから聞こえる轟音も収まった。
カンパトーレの部隊員達はグライオスの死亡によって偽隊長であった女隊員であるルイーズが指揮を引き継ぎ、撤退を決意する。
作戦開始時から部隊員の数は七人に減っており……中にはアルムを険しい表情で見つける隊員もいるものの、グライオスの最後の命令に逆らう気は無いらしい。
グライオスの遺体の扱いに関して、ルイーズがアルムに問うもアルムは首を振った。
「そんなもの必要ありません。この人からは十分頂きました」
グライオスの表情はあまりにも満足気で、部隊員達がアルムに復讐しようという気すら失せるくらいの笑みを浮かべている。呪法によって体を蝕まれたとは思えない表情だった。
アルムはそんなグライオスの表情を見て、小さく微笑む。
最後の語らいで、アルムは自分には無い"後悔"を貰った。
それはきっと味合わないほうが幸福なのかもしれないが、アルムにとっては自分自身の人生を誇るために必要な痛みだった。
同級生から、自分自身を肯定された。
敵だった魔法使いから、人生を肯定された。
その経験がアルムの無表情を崩させて穏やかにさせる。
「この人は……グライオスは故郷が好きだと言っていました」
「……はい」
「故郷で眠らせてあげてください。貴方達の国の偉大な魔法使いとして」
そんなグライオスの首を自分の実績のためにどうこうするなどアルムには考えられない。
アルムの穏やかな表情とグライオスの笑みを見て、ルイーズはぐすっと涙ぐむ。
「ありがとう、ございます。"魔力の怪物"……いえ、マナリルの魔法使いアルム」
二人の表情から二人がこの短い間にどれだけ互いを尊敬し合ったのかを知って……ルイーズもまたアルムをただの危険指定ではなく、魔法使いとして認めて感謝の言葉を贈る。
そんなルイーズの姿を見てか、アルムに敵意を向けていた部隊員達の敵意も薄れていった。
「私達……いえ、少なくとも私は今回の作戦をもって蛇神信仰の作戦を離脱しようと思います……。グライオス様がいらっしゃらないとあらば私達のような魔法使いは捨て駒にされるだけでしょうから……」
「呪法は大丈夫なんですか?」
「ご心配ありがとうございます。ですけど、私達は幸い大した情報を持っていないので呪法を受けていませんから大丈夫です」
「よかった……」
「あなたこそ、私達を見逃して大丈夫なんですか?」
アルムはルイーズ達とトランス城を交互に見る。
ルイーズの質問は単純だ。トランス城を襲ったルイーズ達を逃がしていいのか。
「自分はミスティを狙った作戦を阻止しました。非難されるかもしれませんが……俺はそれで充分です。それにあなた達と今ここで戦ったらグライオスが故郷に帰れなくなる……それは嫌ですから」
「……そうですか」
ルイーズはアルムに頭を下げたかと思うと、何かに気付いたアルムはポケットから紙を取り出した。グライオスから貰った地図である。
「そういえば、グライオスからこれを貰ったんですけど……何の事かわかりますか?」
アルムは地図に印が着いている部分を指差す。
ルイーズはその地図を見てぴくっと反応する。
「ああ、ここ……すいません、カンパトーレの機密事項に関してなので私の口からは言えません。あなたと戦う気はないですが私はカンパトーレの魔法使いですから」
「それもそうですね……すいません」
「ですが……早めに行ったほうがいいですよ。グライオス様はあなたに……ヒントをくれたみたいです」
「え?」
「それでは私達はこれで。私達はそこに寄ることはないのでご心配なく」
ルイーズは背筋を伸ばして左手を背中に回しながらアルムに頭を下げる。
それがカンパトーレ式の敬礼だとは知らぬまま、アルムもルイーズに小さく頭を下げた。
他の部隊員は流石に敬礼まではしなかったが……迷彩服のフードをとって最低限の敬意をアルムに示すと、グライオスの遺体を担ぎながら山の向こうへと消えていった。
「……ヒント……?」
アルムを地図を広げて首を傾げる。
グライオスはこの印は仮拠点の一つだと言っていた。何故グライオス達の仮拠点が自分にとってのヒントになるのだろうか?
「いっづ……」
完全に一人になって、ようやく戦闘の痛みを自覚する。
グライオスから受けた傷は当然軽いものではなかった。
叩きつけられたせいか体の芯から来るような痛みと、爪に切り裂かれた傷が熱をもってアルムを襲う。軽く止血したとはいえこのままではいいはずもない。
「っ……! まずは、イヴェットさんに治癒してもらってからだな……」
アルムは傷を庇いながらトランス城を目指す。
周囲には戦闘の痕が広がっている者の、山は元の静寂を取り戻していた。
『馬鹿な犬だ……これでかえしうすを滅ぼすのは数年遅くなるが、我等にとって支障は無い。くだらない誇りと夢に死ぬがいい』
「『何を言っているんです……? ここから私に勝てるとでも?』」
スノラ南門付近。
ミスティと大蛇の戦闘の決着はついた。
本体ではない大蛇の力ではミスティの血統魔法を破れず……ミスティの到着後から人的被害は無し。大蛇は氷漬けになり、氷の中から黄金の瞳だけがぎょろりとどこかを覗いている。
『いいや、この霊脈は一先ず貴様らに預けよう。なに、早いか遅いかの違い……千五百年の眠りからすれば数年など刹那に過ぎない。いずれ手に入るものを我先にと慌てるほど気は短くないのでな。こうした抵抗もまた我等が星を統べた際には無くなると思うと……戯れるのも悪くない』
「『どんな言い方をしようと、ここにあるのは今あなたが負けたという事実だけです』」
『おうおう……仮初めの勝利がそんなに嬉しいのか?』
「『あなたこそ、負けを認める度量も無いのですか?』」
「ががががが! 存外、気の強い女だ!」
氷漬けになっている大蛇の姿が消えていく。
魔力の限界か、それとも他の要因か。
いずれにせよミスティの勝利には変わりないが……氷の中で大蛇は笑う。
『貴様らを我等の腹に入れる時が楽しみだ。その時になれば舌で存分に嬲ってやろう。呪いに焼かれ、尊厳を剥がされる女の悲鳴は心地よいだろうな……ここにいた人間共よりも甘美な悲鳴をあげるのを期待するぞ?』
「『――!!』」
ミスティが怒りのまま拳を握り締めると、氷漬けにしていた大蛇ごと氷が砕け散る。
消えかけていた大蛇の体は粉々に別れ、魔力となって霧散する速度が速くなっていく。
『千五百年の時があってなお星を統べられる個体すら生まれない脆く矮小な生命達よ……精々抵抗し続けるがいい。貴様ら餌が抗えば抗うほど、我等がこの星を統べた時の絶望と恐怖は増すであろう。そして絶望のまま我等の名を綴る新たな伝承を語るといい。
我等の伝承はこの星に永劫をもたらし……宙に掲げるに相応しい神話となるのだから』
ばらばらになった大蛇は最後の言葉を遺して消えていく。
誰が見ても怪物の敗北。ここにあるのは白銀の冠を戴く王の勝利。
だが大蛇の最後の言葉には……自身の未来への期待しか込められていなかった。
読者の皆様あけましておめでとうございます!!
正月も終わったので更新となります。
今年で白の平民魔法使いは完結となりますので、一層頑張っていきます!応援よろしくお願いします!
 




