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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ

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742.狼は星に吠えられなかった3

「カンパトーレはな……雪山に囲まれてて……冬は寒すぎるけど……たまにオーロラとか見えちゃったりしてな、綺麗な場所なんだよ……。一番好きなのは、霧氷(むひょう)って言ってな……枯れ木に氷が咲いたみたいに……俺はそれが子供の頃から、好きで……鼻がもげるんじゃねえかってくらい寒い日でもそれが見たくて外に出て……」

「それは、とても綺麗なんでしょうね」

「ああ……朝はみんなでシャベル持って雪かきしてさ……。そりゃ不便で仕方ないけど……それでも……好きだったんだ……俺は……。だからもっと、いい国にしたかった……」


 グライオスの瞳に映るのは子供の頃から見続けた故郷の姿。

 自分の一番好きだった景色。木々が纏う氷の花が並ぶ山に目を輝かせていた。

 故郷が世界で一番好きだった時の記憶が瞳の中に蘇っていく。

 自分の口から出る理想は濁ってしまったけれど、その思い出が濁ることはない。

 

「なあ、俺は間違ってるか?」

「いいえ」

「俺の理想は、間違ってるか? お前やグレイシャの理想に比べたらちっぽけかもしれないが……俺の夢は間違ってるか?」

「いいえ、俺はそうは思いません」

「ああ、そうだ……俺の夢は間違ってなんかいない……」


 グライオスは力強く断言しながらも、目を伏せた。

 故郷の光景はその瞳から消えていた。


「けどな……方法を間違えちまったんだよ……。自分達でやり方を探すわけでもなく、何かきっかけがあれば、なんて甘っちょろい事考えて……突然目の前にぶら下げられた魔法生命っていうでかすぎる力に、誇りを捨てて、縋りついちまったんだ。頼るんじゃなくて、ただの物乞いみたいに……縋っちまったんだよ……。

結局どうこうする前より先に、あの蛇にいいようにされて……ははは……」


 グライオスは自分を嘲るように薄ら笑いを浮かべる。

 アルムは笑わない。


「魔法使いならきっと、あの蛇神(じゃしん)が姿を現した時に……戦わなきゃいけなかったんだ……。本当に国のためを思うなら……一人でも……! 俺は求めていたきっかけを間違った形で……受け取っちまったんだよ……」


 後悔。後悔。後悔。

 グライオスの言葉はそのどれもが後悔に塗れている。

 それでも思い残すことがないように、言葉にしているようだった。

 アルムという聞き手が絶対に自分を笑わないという事に甘えて。

 グライオスはひとしきり吐き出して……アルムのほうを見る。手に持つたばこはもう半分を切っていた。


「お前が、カンパトーレに……生まれてくれりゃあなあ……!」

「!!」


 その甘えのまま、グライオスは再び涙を流す。

 自分に理想を他人に見るのが間違っているとわかっていながら、目前まで迫る死がグライオスを止めさせない。


「俺と弟と、クエンティや他の奴等も巻き込んで……くそみたいな中身を変えられたかもしれない……才能が無くてもできるんだって……平民のこいつができてるんだぞって、ちっとはましによ……!」


 才能が足りない。才能が違う。

 幾度も言われたやらない言い訳の数々を否定するアルムの存在。

 何でマナリルに生まれたんだ。何でカンパトーレに生まれてくれなかったんだ。

 そんな思いが言葉と涙となって零れ落ちていく。

 その涙を見ながら、アルムは首を横に振った。


「見知らぬ俺の母親になってくれた人がいた。泣き虫の俺の師匠になってくれる人がいた。平民の俺と友達になってくれる人達がいた……俺の事を愛していると言ってくれる人がいた。この国に……マナリルに生まれたから、俺は特別を貰ったんだ」

「そう、か……そうだな……」


 グライオスを慰めるわけでもなく、アルムはあくまで真摯に応え続ける。

 それは敗北したグライオスをアルムが一番、対等に見ているからだった。

 これから死に行くのだとしても、下手な誤魔化しや慰めをかけるのは魔法使いグライオスを貶める行為だと。

 グライオスの涙が止まり、再び強い意思が戻る。

 ここまで曝け出してもなお対等に話してくれるアルムに対して、グライオスも最後まで対等な相手である事を決めた瞬間だった。


「アルム、お前は間違えるなよ」

「……はい」

「間違えるなよ、アルム」

「はい」

「……俺は、お前が羨ましい」


 初めて言われた言葉に、アルムは耳を疑った。

 応える声すら消えて絶句する。

 こちらを見るグライオスの瞳がその言葉を真実だと語っていた。


「羨ましい。自分を貫ける……お前が、心の底から……羨ましいんだ……!」

「――――」


 喉から手が出るほど欲しい才能。多彩な属性と"変換"を行う魔法の才能。

 自分では一生かかっても手に入らない血筋という宝。

 成果の出ない鍛錬の中、何度思ったかわからない。自分に才能があったら。

 何度も夢見た。何度も思い描いた。何度も、有り得ないと思い知らされた。

 どれだけ実績を積んでも、どれだけ無属性魔法に磨きをかけてもその羨望は止まらなかった。

 いつもこちらが羨む側だと思っていたのに。

 ――才能が無い自分を、羨ましいと言ってくれる人が目の前にいる。

 それはまるで、今日まで生きてきた人生の成果を認められたようで……アルムは誇らしさすら覚えた。


「――!!」

「……っ!!」

「っと……俺の部下が来たな……」

「みたい、ですね……」


 二人だけの静寂が終わる。

 グライオスの敗北を通信で知ったカンパトーレの部隊員の声が聞こえてきた。

 声がするほうを見ると、遠くからこちらに向かってくる影がいくつか見えている。感知魔法でグライオスの居場所を見つけたのだろう。


「悪かったなぁアルム……付き合わせて」

「いいえ、こちらこそありがとうございます」

「お礼に……ほい」

「……?」


 グライオスはズボンの後ろポケットから一枚の紙を取り出してアルムに手渡す。

 アルムが開くとそれは地図だった。とある場所に印がつけられている。


「俺達の、仮の拠点の一つなんだが……行ってみな。そこには常世ノ国(とこよ)の――」


 どろっ、と突然グライオスの頭や目から血が流れる。

 アルムの攻撃の傷によるものではない。

 えずいたかと思うと、グライオスの口の端からも血が流れ始めた。


「グライオス!?」

「あー……呪法、か……。かんげい、ねえなあ……!」


 グライオスは背にしていた木に寄り掛かりながらよろよろと立ち上がる。

 呪法で痛む体に鞭を打って、最後に自分がやりたい事を通すために。


「グライオス様!!」

「"魔力の怪物"――! きっさまああああああ!!」


 目を血走らせ、強化された身体能力で突っ込んでくるカンパトーレの部隊員達。

 アルムも立ち上がって身構えるが、グライオスが制止するように部隊員達がいるほうに手を突き出す。


「手ぇえ出すなぁあああああああああああ!!」

「――っ!?」


 山を揺るがすようなグライオスの命令に部隊員達は寸前で立ち止まる。

 何故そんな命令を下すのか部隊員達にはわからない。

 しかしその命令を破れば、喉元に噛みつかれそうな……そんな迫力がグライオスにはあった。今にも死んでしまいそうなほど真っ赤に染まっているのに。


「俺に恥をかかせる気か……? こいつとは真剣勝負をして……俺は負けたんだ……! この『氷狼』グライオスに恥をかかせたいやつがいるなら前に出ろ……道連れにしてやるからよ」

「グライ……オス様……!」


 部隊員の中の一人――偽隊長役を任されていた女隊員であるルイーズは泣きそうな表情でグライオスを見ながら止まるしかなかった。

 それはこの作戦において、グライオスが下した最後の命令。

 背けばグライオスの顔に泥を塗る。逆らってアルムを殺して敵討ちをしようものなら魔法使いとしての名前にまで恥を塗る。動けるはずがない。


「悪いな、こんなおっさんでも結構尊敬……してくれてるやつがいるんだ……」

「あなたなら当然です」

「詫びに……教えてやるよ……」

「……?」

「よく聞け……あの蛇の能力は、ベラルタや今回のスノラみたいな首を七回……まで……! ごぶっ……!」

「何を!?」


 グライオスは全身の血管がノコギリで削られているような痛みの中、グライオスは口を動かし続ける。

 魔法生命【八岐大蛇(やまたのおろち)】の能力をアルムに伝えるために。


「なながい……まで……。霊脈を、通ジデ……! 顕現、させられ……る……! 仮の、宿主の命を……づがっで……! 本当の、宿主はわからない……! 地図の場所に……ゴウ、ほ……! が、残りは、五回だ……! 凌げば、本体……! ガ……! 出て、こざるを……!」

「もう喋っちゃいけない! 何やってる!?」


 目から、鼻から、口から、ゆっくりと流れる血。命が蝕まれていく感覚。

 もうグライオスの視線の先にアルムは見えていなかった。

 呪法が声に反応し、グライオスの命を蝕んでいく。すでに瀕死だったグライオスは気力だけで立っているようなものだった。


「言ったじゃねえか……雑種だって、吠えられるってよ……」

「え?」

「負け惜しみくらい……吠えてもいいだろ……」


 ふらふらとグライオスは体を動かしてスノラのほうを向く。

 全身を走る激痛と共に、頭の中には大蛇(おろち)の声が響いていた。


【グライオス……貴様裏切ったか】

「裏切るぅ……? はっ……元から、気に食わなかったんだよ……」

【……残念だ。我等と共に在れば星の果てを見せてやったというのに】


 グライオスはスノラの方向――大蛇(おろち)がいる方向へ中指を立てて、にやりと笑った。



「とっととくたばれ糞蛇。(ひと)に負ける馬鹿な捕食者っていうエンターテイメント……特等席からげらげら笑ってやるから、いい肴になれるように頑張ってくれよな」



 グライオスの体からひしゃげるような音が鳴り、かろうじて立っていた体は今度こそ完全にその力を失って崩れ落ちる。

 立てた中指はそのままに、表情に一切の恐怖は無く、してやったぜと笑みを浮かべて。


 後悔に塗れた人生の最後の最後。

 敵だった少年のために、或いは少年に後悔せずに生きた自分の未来を見て。

 狼は高らかに、星に向かって吠え切った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

早いもので今年も終わり……そして今年最後の更新となります。

年末年始に体を壊さぬよう健やかにお過ごしください。体調を崩されてしまった方は体調が良くなったらまた読んでやるかと思いながらご自愛ください。

来年も白の平民魔法使いを応援よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
最高に面白くていい展開だった。 気になる点 グラシオスの血統魔法について詳しく知りたいです。 単にカエシウス特攻みたいなのを何年も続けたからということ でしょうか?それとグラシオスが覚醒させてみたい…
[良い点] こういう漢いいですね
[一言] 786部のヴァルフト君はノーカンってこと? 劇中だからかな?ちょっとかわいそう
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