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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ
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737.俺が下だ

(マナリル式は"放出"時の詠唱の段階でほとんど軌道が見切られる……て事はラフマーヌの古式魔法も初見は少ないはず。このガキはガザスとも関係があったからガザス式も把握されてるか? カンパトーレ式を中心に組み立てないと魔力の無駄遣いって話か)


 グライオスは苦い顔で唇を噛む。

 アルムは危険指定(ネームド)のリストに載っていた情報よりも遥かに面倒な相手だと思い知る。

 才能があるという点において、圧倒的に自由なはずの自分が目の前の少年に戦い方を制限されている事実が苛立ちを生む。


("星の魔力運用"によって魔法の三工程を通常の何倍も繰り返し、無属性魔法っていう基礎の技術の塊を極めた結果……俺達が少しでも"現実への影響力"を高めるために魔法のイメージに一瞬を割く中、このガキは頭の中にしまってる属性魔法の知識を引き出せる。自分では使えないが、相手の魔法の軌道や狙いを一瞬で見分けて、いくらでも対応してくるって寸法か)


 魔法の形状、使い手の視線、挙動……それらを見てアルムは後の先のように相手の魔法に対応できる。

 磨き上げた基礎の土台の上にある知識と眼力、そして対応できる身体能力と反射神経。

 それは全て積み重ねによるもの。幾度も繰り返した反復の結果。

 才能の無い身でどれだけ無属性魔法を唱えてきたのか。

 どれだけの魔法書を読み漁ったのか。

 どれだけの模擬戦を重ねてきたのか。

 ――どれだけ、死地を潜り抜けて来たのか。


 アルムは名高い上級貴族などではない。

 厄介な血統魔法を操る魔法使いでもない。

 手が付けられない狂暴化した魔獣でもなく、"現実への影響力"が不明な自立した魔法でもない。

 使うのは単純な無属性魔法であり、戦闘方法も単純明快。

 ――ただそれだけが、こんなにも手強い。

 知識と経験、そして極めた基礎技術が魔力量という唯一の長所を武装させて……アルムという平凡を隙の無い怪物に仕立て上げている。

 魔法未満と言われる欠陥なはずの無属性魔法ですら、今のグライオスには汎用性(はんようせい)()んだ万能の魔法に見えた。


(わかってきたなぁ……何で今までこいつに他の奴等が勝てなかったのか)


 属性持ちの魔法使いは実力の差こそあれど貴族の間ではありふれている。

 だが、アルムはこの世界で唯一の無属性魔法の使い手。当然、アルムの相手をする者に無属性魔法を相手する心得などあるはずがない。無属性魔法を使うことそのものが有り得ない上に、無属性魔法の使い手など魔法が生まれてから今まで存在などしていなかったのだから。

 アルムにとって敵の魔法使いはある程度魔法の予習ができる敵。

 反面、敵にとってアルムは完全な未知。だというのに所詮平民という油断や侮りがおまけでついてくる。

 精神が魔法に大きく影響する魔法使いにとってこのスタートラインの違いは致命的だ。目の前の平民が決して油断してはいけない相手だと気付く頃には大勢は決してしまうだろう。

 普通に戦って、ここまで手強いのだから。


「……あ?」


 そこまで考えて、グライオスは自分の思考に嫌悪を抱く。

 アルムに集中していた視界を自分自身に。うっすらと抱いた自分への嫌悪を頼りに自分を客観的に見つめなおす。


「おいおいおいおい……そりゃねえよ俺……」

「……?」


 何かに失望したようなため息を吐くグライオス。

 アルムからすれば何を自問しているかわからない。


「普通に戦って……普通に戦ってってなんだ……?」


 グライオスは気付く。

 先程アルムを値踏みしていたこと。部下に欲しいなどと思った事。

 そして今、普通に戦っていたと内心で言ってしまった事。

 自分が無意識に目の前の相手をどう思っていたかを嫌でも思い知らされる。


 ――俺、まだこのガキのこと見下してないかい?


 自分の馬鹿さ加減にグライオスはつい乾いた笑いを浮かべてしまう。

 相手は数々の魔法生命を葬り、あのグレイシャを倒した少年。

 それがわかっていながら、何故自分は死に物狂いでこのアルムという敵を殺しに行かないのか。

 グライオスはこちらの出方を観察しているであろうアルムに視線を向ける。

 自分の愚行に気付かされて、まず最初にやるべき事は決まっていた。


「悪かった」

「ん……?」


 突然の謝罪にアルムは困惑を隠せない。

 ただ一つだけわかった事がある。空気が変わった。


「お前の事を侮ってないつもりだったがしっかり侮ってた。あの女(グレイシャ)に勝ったとか魔法生命を倒しまくってるとか色々情報聞いてるってのに……俺ぁ、どこかで、でも平民だろ、なんてしょうもない考えがあったんだなぁ」


 グライオスが最初に見せた冷酷さは今完全に消えている。

 だが戦意が消えているわけではない。相変わらずグライオスの雰囲気は張り詰めている。


「お前が強かったんじゃなくて、お前と戦った奴等が何かへまをして……それが理由で負けて……どっかでお前を大したことないやつに思いたかったんだなぁ。

だからこうして緩い魔法ばかり使って……今まで俺に負けた奴等と同程度だって、自分を納得させたかっただけだったのかもしれない。何が本物だ……未熟(ペディ)ちゃんは俺のほうだったってわけだ」


 グライオスは先程までの自分を嘲る。

 自分を自分で貶めているものの、その表情はどこか爽やかでこの山の空気のような清涼さがあった。


「無意識に力が入ってたんだなぁ……お前は俺にとって、弟を失敗させたやつだから」

「弟……?」

「ああ、いや、わかってるよ。お前は弟と戦ったわけでもないから知らないだろうな……さっきも少し言ったがただの逆恨みだから気にしないでくれ。目が、濁ってたんだな。貴族として上にいすぎたせいもあるかもな……気付いたら上から目線。それに加えて私情で敵の力量を見誤りかけた大馬鹿者だ俺は。

お前を倒すにはそんなもん全部捨てて、お前を対等な"魔法使い"だと認めなきゃ勝てるわけがない」


 グライオスの視線に籠る殺意は先程までと違って透き通るようだった。

 冷酷さや他の感情を削ぎ落して、純粋な生き物としての殺意が宿る。


「いや、対等じゃない。俺が下だ」


 この場にいる自分の立ち位置を再認識する。

 想像の中の自身を切り替える。

 見下すような傲慢を捨て、濁りを消す。


未熟(ペディ)ちゃんは卒業しなきゃな。格下が出来ることなんて決まってるって話だよ。死に物狂いで、全部の力注ぎ込んで……全霊でお前に向かっていかないとな」


 アルムの背筋に寒気が走る。

 葉の間からまだ日が見える時間だというのに何故か感じる夜気。

 北部だからか。山の中だからか。

 ――それとも、目の前にグライオスがいるからか。

 ふと、自分の吐く息が白くなっていた事にアルムは気付く。

 異変に気付いたその瞬間、グライオスは乱れた髪を掻き上げて――自身の持つ歴史の鍵を開いた。



「【月狂の使徒(セリアンアポストロス)】」



 唱えたその声には遠吠えのような穏やかさがあった。

 指揮者の不在を嘆くわけもなく、重なる歴史の声は自由を描く。

 夏を殺す冷気。冬を制する在り方。

 変貌する使い手の姿がそれを証明するように変貌していく。


 服を破って体は膨れ上がり、青い光を織り込んだような白毛(はくもう)が風に揺れる。

 頭部は骨格を変えて肉食の獣のように。裂けたような口から鋭い牙を覗かせて、手足は細長くありながらも力強いバネのような筋肉を皮膚の下に隠し持つ。

 手足の指にはその姿に似合う剣のような爪が並び、青白く光る瞳は変わらぬ殺意を(たた)えていた。

 その姿は人と獣を融合させたような獣人。白い狼と人を混ぜ合わせたような魔法の形。


『ああ……なんだこりゃ……!』


 変貌を終えたグライオスの口から、青い魔力光を帯びた呼気が吐かれた。同時に、グライオスの足元がぱきぱきと凍り付く。


『どうなってるんだこれぁ? 今日唱えたやつが……一番いい』


 裂けたような口から聞こえる喜びの唸り声。

 変貌を見届けたアルムの表情には驚愕が張り付いている。

 ……いつもは、アルムがそちら側(・・・・)だった。

 強敵を前に恐怖を殺し、自身の理想のために壁を乗り越え、誰かの為に自身の全てをかけて前へと進む。アルムが今まで相手してきたのは未曾有の怪物や格上の敵……それが出来ていなければ今日のアルムはここにはいない。

 だからこそ、アルムにとっては初めてだった。

 敵である相手が、"魔法使い"としての壁を一つ乗り越えた瞬間を見るのは――!

 

『俺はグライオス・マーグート……そこをどいてもらうぞマナリルの魔法使い』


 瞬間――白くなった空気だけを残してグライオスの姿がそこから消えた。

 ここは山。人間よりも魔獣や動物の領域。

 であれば必然――変貌したグライオスの"現実への影響力"は跳ね上がる。

 自身に向かってくる殺意を認識する前に、アルムは咄嗟に魔法を唱えた。


「『幻獣刻印(エピゾクティノス)』!!」


 アルムがいた場所向けて轟音と冷気が響き渡り、同時に白い魔力の爪が砕け散る。

 凍り付く夏の空気。割れて砕ける林の木々。

 新たに生まれた氷のオブジェが血に濡れながら山を飾った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

第十部前編はギリギリ今年中には終わらなそうですが、一月の頭くらいには終わります。

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