77.分断
『霊脈』という名称で一括りにされてはいるものの、その規模は千差万別だ。
ベラルタのように街を一つ作っても有り余るほど集中している場所もあれば山脈の一角だけ、ある湖以外を拒絶するように湖だけが不自然に霊脈だったという状態も珍しくない。何の変哲もない平民の庭で止まり木があるわけでもないのにやけに鳥が集まっていた場所がそうだった、などというケースすらある。
小規模の霊脈やあまりに自然の中にある霊脈は基本的には見向きもされない。
それは霊脈の恩恵がその場にいなければ得られないからだ。
人間が居続けられなかったり、ましてや通う事すら難しい場所に行くくらいならば、すでに開拓されて人の営みが出来上がっている霊脈の恩恵を得た方が都合がいい。
だからこそ、このような場所に国や貴族が目を付けることはほとんど無い。
世を捨てた魔法使いが死に場所として選ぶケースもあるが、それすらも稀である。
ゆえに――
「あっちがしくじったのか?」
「否定する。確かに連絡は受け取った」
「だよなあ? あぁ、めんどくせえ……」
この邂逅はありえない。ましてや他国の魔法使いとなど。
黒い外套はダブラマの刺客だと推測できるが、白い装束の方はどこの人間かわからない。
茶色がかった髪を片手でぼりぼり掻く姿には緊張感が無いが、その気になったらすぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気を漂わせている。
アルムだけではなく、ミスティ達もその白い装束には見覚えがないものだった。
「おいあんたら!」
白い装束は殺気を放っているにも関わらず、世間話でもするかのようにこちらに声をかけてきた。
ルクスがミスティに目配せすると、ミスティは小さく頷く。
「何かな?」
答えるのはルクスのみ。
他はただ白い装束の口の動きと、ナナと呼ばれていた黒い外套を注視する。
魔法使いとしての実力がわからない今、警戒すべきは黒い仮面をしていて口の動きを悟らせない黒い外套のほうだ。
「こっちの黒いのは知らんけど、俺は別に見られて問題無いんだ!
だから俺らと目的が違うんなら見逃してやる!!」
「なんだって……?」
同行しているナナを軽んじているともとれる発言。
その発言を非難するようにナナは白い装束の顔に仮面を向けた。
「おい"マキビ"……! 貴様……!」
「黙ってろ。もしここでやるんだったら予定外の労働だろうが。いいか? 契約はきっちり、仕事もきっちりだ。こっちはてめえらみたいに必死こく理由は仕事以外にねえんだよ」
マキビと呼ばれた白い装束の男が怒気を込めた声でそう言うとナナは黙って引き下がる。
「でー!? あんたら目的は!? 正直殺すの面倒だから目的はここの霊脈じゃないって言ってくれー!」
「!!」
マキビは話を早く済ませたいのか自分達の目的を晒した。
それはシラツユが望む研究と同じ霊脈。
この時点で互いが話し合う事ができないのは確定した。
マキビは片手に持つ魔獣の頭をぶらぶらさせながら返答を待っている。
「違う。観光だ、近くの村で恐れられている噂の場所を友人達と見に来ただけでね」
ルクスは少し考えてそう告げた。
目的が霊脈だと告げればその時点で契約違反。そうでなくとも、霊脈だと言えば戦闘になる。
今アルム達がやるべき事は他国の魔法使いを倒す事ではなく、シラツユを危険に晒さない事。
ならばここは相手が信じようと信じまいと正直に答えるわけにはいかなかった。
「あ、本当か!? よかったー、めんどくさい事にならなくて……」
マキビはルクスの返答を聞くと、安堵したように胸を撫で下ろす、
「とは、ならないわな?」
素振りだけをした。
ルクスの答えなど一欠けらも信じる気の無い笑みを浮かべて。
「だろうね」
この場で鉢合わせた時点で戦いは必然。
互いの利害が一致することなどあるわけがない。
「『蒼髭』」
「『十三の氷柱』」
開戦の合図は二つの魔法。
マキビとすでに備えていたミスティの魔法が顕現する。
ミスティの頭上に表れた人間大の氷柱が十三本。二本の水の鞭を出現させたマキビに襲い掛かる。
「おっと、同じ属性か! 仲良くしようぜ!」
「ちっ……」
戯言を吐きながらもマキビはミスティの魔法を全てその水の鞭で叩き落とす。
瞬間、エルミラはシラツユとベネッタを一歩下がらせて二人の前に盾のように立った。
場所と相手の属性がエルミラにとってよくない。
直接戦闘はアルム達に任せ、不意打ちの警戒と防御に徹する構えをとる。
「あれ? やべえ。殺していいんだっけか?」
何か思い出したかのように今更な質問をマキビは隣のナナに投げかける。
ナナは呆れたように仮面の上からでもわかるようなため息をついた。
「普通の人間は禁じられてる。魔法使いは許容範囲だ」
「じゃあ問題ないな!」
叫びながらマキビは水の鞭をしならせる。
同時に、ナナもその場から跳び、外套の中から短刀を抜いた。
「『強化』『抵抗』」
「出来れば生け捕りがいいね」
「おいおい、無茶を言うな……」
補助魔法をかけながらルクスがぼそっとアルムに要求する。
ただでさえ魔法で劣る自分にさらに命の配慮までしろというのかと。
「『防護壁』」
まずは水の鞭を防がなければと、アルムは防御魔法を唱えた。
アルムの周りに魔力の壁が展開される。
「ぐっ……!」
しなる水の鞭をその壁で受け止める。
しかし壁と言ってもそれは無属性魔法。
鞭の力はミスティの魔法を叩き落としただけあって強く、魔力の壁は鞭を受け止めると割れるような音とともに破壊されていく。
「あ? なんだあの脆さ? 無属性?」
普段なら相手の魔法を凌駕した事に快感を覚えるが、それよりも強い疑問にマキビは片目を細めた。
何故無属性魔法を使ったのか。
同じ制服から余りにレベルの差がある魔法を見せられて一層マキビの目には奇妙に映る。
「ただレベルが低いだけか……? おいナナ! あん中にやべえのいるか!?」
「オルリックの息子とカエシウスの娘」
「どれだよ!」
「オルリックはお前が話していた男。カエシウスは――」
「『執着の水蛇』」
マキビとナナが情報の共有を行う間にミスティが唱えて現れたのは水の蛇。
マキビが出した二本の鞭を合わせてもその太さには敵わず、精巧に蛇を形作る水の造形は美の領域。
緩慢な動きでミスティの周囲に巻き付くように現れてそれは、突如二人に襲い掛かる。
「うおっ!」
マキビは勢いに驚きながらも右に、ナナは左へ跳んで的を分ける。
襲い掛かってきた水の蛇は二人の後ろにあった木どころか、近くにある岩すらもそのまま砕き、残っていた水の鞭までも呑み込んでいた。
「わかったか?」
「嫌でも!」
ならあの無属性魔法のやつは本当に微妙なだけかと、マキビは結論付けた。
マキビは事前にダブラマは以前動いた際に魔法学院の情報を集めていたと聞かされている。
警戒しないわけではないが、明確に脅威と評された二人より意識を裂く必要はないと判断し、次の一手の為に滝つぼの中へと飛び込む。
「『闇夜強襲』」
闇属性魔法の主はナナ。
唱えるとナナの周囲にぽつぽつと絵に落ちる絵の具の染みのように無数の黒い魔力の塊が現れる。
「『炎境界』!」
「『雪花の輝鎧』」
対応するのはエルミラとミスティ。
攻撃の予兆に、エルミラはベネッタとシラツユを含めた自分の周囲に炎の壁を張る。
ミスティはこの魔法を凌ぐだけでなく、これからとる単純な策の為に強化魔法をかけた。
ぱきぱきと凍るような音を立て、輝く鎧が小柄な体を覆っていく。
敵は二人。
この状況でどうすべきかなど子供でも思いつく。
「襲え」
ナナの周りの黒い塊はその一声でその姿を変える。
剣や斧、槍など様々な武器の形へと姿を変えてアルム達に降り注ぐ。
「っと」
「やはり闇属性か……」
ルクスはエルミラの張った魔法の陰まで下がり、アルムは強化によって上がった身体能力でかわしていく。
街とは違って滝壺の周りは場所も広く、周りは自然に囲まれている。
動きやすさという点でアルムのホームといってもいい。
「あちらは私にお任せを」
そんな中ミスティは魔力で作られた武器の雨を強化によって上がった身体能力で無理矢理ナナとの距離を詰めていく。
降り注ぐ魔法は数発命中する寸前までいくも、ミスティがかわし、時に凍らせる事で無力化していく。
「『魚心登竜』」
ナナとの距離を詰める横目に、ミスティはマキビの姿を見た。
滝壺から多量の水を纏ってそれは現れる。
その纏った水の中でマキビはミスティに狙いを定め――鋭い牙と顎を模した水の魔法は中に使い手を含んだまま、突進をかけた。
同じ水属性。違う形の強化。
しかし、勢いはあちらが上。
受け止めるには真正面でも分が悪そうな魔法だ、このまま横から受ければミスティの纏う鎧であっても砕けるだろう。
「なので、そちらはお任せします」
だが、それはミスティが受ければの話。
「『鳴神ノ爪』!」
今まで魔法を使わずに機を狙っていたルクスがここだと横槍を入れる。
生け捕りがいい、と言った口から唱えて作り出したのは帯電した巨大な猛獣の爪。
発生の早い雷属性の魔法はマキビの魔法がミスティに到達する前にマキビへと襲い掛かる。
「がぼおあ!」
瞬時に危険を察知したのかマキビは水の外へ。
水はそのままミスティを狙うが、ルクスの魔法がほとんどを切り裂き、薙ぎ払う。
結果ミスティは頭から少し水を被った程度でダメージには至らない。
マキビの横槍も失敗し、ミスティとナナの距離は無情にも詰まっていく。
「くっ……! 『黒沼』」
「!!」
ナナはミスティから逃れる為、強化されているミスティに呪詛魔法をかけながら森の中へ逃げ込む。
自分達が得意とする暗闇という状況が無い場所で戦っても勝ち目はない。
まずは有利な状況に持ち込もうと、ナナは光の遮られる森の中へと姿を消し、それをミスティが追った。
呪詛魔法によって突然重りをつけられたような感覚に陥るが、それでも強化の恩恵の方が強い。
怯むことなくミスティもそのまま森の中へと入っていった。
「とりあえず分断成功かな?」
「なるほど、そういう作戦だったのか」
敵が二人だからといって二人同時に相手取る必要は無い。二人以上の敵を分断するなど誰でも思いつく単純な作戦だ。
そしてここからはさらに単純。
「『雷鳴一夜』」
「『幻獣刻印』」
ルクスは雷属性の強化を唱え、アルムは自分の手札を一つ切る。
ルクスの体には帯電したような魔力が纏い、アルムは一瞬魔力の光に包まれ、胸の不可思議な紋様から伸びた魔力の線が爪と牙の形を作って獣の姿へと変えた。
「一気に行くよ」
「確かにこれなら無茶じゃないな」
二人だった敵は一人。
明確な数の利を使って正体不明の魔法使いを追い詰める。
ブックマークが多くなってきて沢山の方に読んでいただけることを実感し、嬉しさでいっぱいです。
読んでくださっている方々に改めて感謝を。