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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ
849/1050

736.覚えている

「『海流の境界(カレントスライス)』」


 水の刃による横一閃。不意打ち気味に放たれた魔法は周囲の風景を切り裂く。また鏡の魔法を展開され、同じ状況にさせるわけにはいかないグライオスが打った手は単純に周囲の掃除だった。

 アルムは四足歩行の動物のように屈んでその刃を躱す。


(ん……?)


 グライオスは一瞬アルムの動きに違和感を抱く。

 それが何に対してかわからぬまま、そして考える間もなくアルムが向かってくる。

 景色を両断した魔法を見せても、その目に恐怖は無い。

 向かってくるアルムの目はまるで獣のように見開かれている。


「『十三の氷柱(トレイスカクルスタロ)』!」

「『防護壁(プロテクション)』『準備(スタンバイ)』『魔剣(セイバー)』」


 後ろに飛び退くグライオスの周囲に展開される十三本の巨大な氷柱(つらら)

 グライオスが一つの属性魔法を唱える間にアルムは三つの無属性魔法を唱える。

 だが、いくら展開したところで無属性魔法の防御魔法で水属性の中位の攻撃魔法は防げるわけもない。

 かわせる数本はそのままかわし、かわしきれない軌道の氷柱は防御魔法で角度を逸らしながら突き進む。元から敵の魔法を防ぎきる気はなく、当たるその一瞬に攻撃魔法の軌道を逸らすためだけに展開された防御魔法はあっけなく破壊されていく。

 パリイン、と防御魔法が砕ける音を立てながら……氷柱の雨に晒されたアルムは結果的に無傷でグライオスに向かっていく。


「いかれてんのか――!」


 山道でも、氷柱の雨を浴びせても速度を落とさず突っ込んでくるアルムにグライオスは舌打ちする。

 アルムの手には無属性魔法とはいえ剣を模した魔法。斬りつけられればそれなりのダメージを受ける。防ぐには新たな魔法を唱えるのが無難ではあるが、あまりに割に合わない交換に顔をしかめた。

 相手は"魔力の怪物"と名付けられた敵。無属性魔法に一々属性魔法をぶつけていたらこちらの魔力が先に尽きる。魔力が無くなれば平民だろうが貴族だろうが関係ない。


 一瞬でそこまで思考して、グライオスはアルムの一見無茶な戦い方の利を理解する。

 無視するには鋭いが、普通に対応するには弱い無属性魔法の連続……弱くても無視できないのであればアルムの敵は後者を選択せざるを得ない。

 しかし、魔法同士の衝突になれば魔力量が膨大なアルムに利がある。一見無茶に見える突進も魔力の削り合いに持ち込むためと考えれば納得がいく。

 問題は……その作戦にアルムが敵の攻撃に対応できる保証が無いこと。

 確かに魔力の削り合いは圧倒的な魔力差があるアルムにとっては利点だが、それはアルムがこちらの攻撃に対応している理由にはならない。


「ぐっ――!」


 アルムが剣を横に薙ぐのをグライオスは後ろにかわし、氷を纏った足で斬撃を繰り出す。

 近距離で放たれる魔力の刃をアルムは予測していたかのように体を半身にして最小限でかわし、バランスの崩れかけたグライオス向けて踏み込みながら剣を振り下ろす。


「『魔弾(バレット)』」


 グライオスの体勢がほんの少し不安定になったのを見た瞬間、剣を振り下ろしながらアルムは即座に攻撃魔法を唱える。

 剣を持つアルムの手に展開される五つの魔弾。氷を纏った足で剣を防ごうとすれば五発展開されている『魔弾(バレット)』はどこを狙っても直撃させられる。他の魔法でも同じことだ。

 迎撃でも防御でも出来た瞬間に五つの魔弾を叩き込む一手に対して、グライオスが選ぶ手は?


「『海の抱擁(マリンエンブレイス)』」

「!!」


 グライオスが選んだのは防御でも迎撃でもなくアルム本人の拘束。

 アルムは危険を察知し、水に取り囲まれる前に強化された脚力に任せて思い切り横に跳ぶ。

 グライオスが周囲の木々を切り倒したお陰で障害物は少ない。何かに衝突することもなく、アルムはグライオスの魔法から逃れた。

 いくら『魔弾(バレット)』を叩き込んだところでアルムが拘束されれば有利もなにもあったものではない。


「ちっ――!」

(また……)


 アルムは舌打ちし、グライオスは怪訝な表情でアルムを見る。

 仕切り直しとなった距離を挟んで、グライオスは両手を向けた。


「『流撃の双鞭(ルシェッロフェッテ)』」

「操作か」


 木のように太い二本の水の鞭をグライオスはアルムのいる場所に叩きつける。

 片方は剣で受け、もう片方の攻撃は動いてかわす。

 当然、『準備(スタンバイ)』で強化されていたとはいえ『魔剣(セイバー)』で作った剣では受け止めきれず、アルムが持っていた剣は砕け散る。

 かわした水の鞭が少しだけアルムの腕をかするが、制服を少し傷付けただけで決定打にはなっていない。

 

「『海竜の咆哮(ドラコブレス)』!」


 間髪入れずにグライオスは攻撃魔法を唱える。

 グライオスの拳からアルム目掛けて真っ直ぐ放たれる水流の砲撃。

 間に木々があれば薙ぎ倒しながら突き進むような速度の魔法だったが、アルムはなんなくその軌道を見切り、半身になるだけでそれをかわした。


「……お前」


 アルムは次の攻撃に備えて構えていたが、飛んできたのは攻撃ではなく言葉だった。

 何かの作戦か、とアルムは油断せずに魔力を"充填"して反撃の用意をする。

 だがグライオスのほうは何か見てはいけないものを見たような視線でアルムを見ていた。


「本当に、平民か?」

「……?」


 今更な問いの意図がアルムにはよくわからなかった。


「いや、平民のはずだよな……じゃなきゃこんな馬鹿みたいな縛りで戦うわけないって話だ……」


 馬鹿と言われたものの、今まで浴びた悪口とは少し違う意味を含んでいるように見えた。

 グライオスが何を言いたいのかアルムにはわからない。


「お前……どこまで(・・・・)把握(・・)してる?」


 またも意味がわからない問いにアルムは眉をひそめた。

 仲間が来る時間稼ぎのために会話しているのか?

 アルムにはグライオスが何を言いたいのかよくわからず、黙ったままで受け止めた。


「いや、これじゃ意味わかんねえか……あー……そうだな、お前……何で俺の魔法の"現実への影響力"がわかる?」

「何で、とは?」

「お前、属性魔法を使えないんだよな……? だったら何故、俺の使う水属性魔法の効果をほとんど把握してる? 妙だと思ったんだお前の動き……俺が魔法を唱える寸前から動き出してるパターンがある……」


 アルムと戦って感じた違和感を、グライオスはようやく言語化してアルムへと問う。

 まるでどんな魔法だったかわかっていたかのような回避の仕方、一見博打のように見えて攻撃の軌道を見切っているような紙一重の動き。

 同じ属性の使い手ならば百歩譲ってわからなくもない。だが目の前にいるのはどの属性魔法も使えない少年……それが一体何故そんな動きを見せているのか。

 一方、アルムは何故そんな事を聞くのかと言いたげな微妙な表情で答えた。


「そんな大層な事はしていない。知ってる魔法だったり似ている魔法から"現実への影響力"を予測しているだけだ。三年の友人やもういなくなった同級生……それと敵が使った魔法とかベラルタ魔法学院の本に載ってる魔法は友人にねだって唱えて貰ったり……だから特別な事はしていない。全部覚えてるだけの話だ」


 アルムの答えにグライオスの表情が険しくなる。


「『十三の氷柱(トレイスカクルスタロ)』や『海の抱擁(マリンエンブレイス)』はミスティの得意魔法だし、さっき周りを斬った『海流の境界(カレントスライス)』はマナリルの魔法書に載ってる。

水流の渦(アクアストリーム)』は一年の時から水属性の同級生が使ってたし、さっきの水の鞭はあんたの両手の動きから操作系の魔法だってわかるし、魔力の砲撃みたいなのはエルミラの得意魔法に似てるから同系統の魔法だと推測できる」

「……」

「さっき見せてきた氷の牛とかは初めて見たが……あれも操作系だろう? あれは視線で誘導してるタイプだ。魔鏡の位置を特定してから唱えてたからな。

こんな風に魔法系統とか系統ごとの分類、似てる魔法とかにあてはめて推測してるだけだから、特別な事はしていない。模擬戦だけなら三百回以上やったから魔法を見る機会も多かったし、ベラルタ魔法学院の図書館はでかいからな。色んな魔法が載ってて色んな魔法を知れるんだ」


 グライオスは生唾を飲み込むと、改めてアルムに問う。


「全部、ってのは……」


 友人が使う魔法、三百回以上こなした模擬戦で使われた魔法、図書館にある魔法書に載る魔法、そして敵が使っていた魔法。

 全部とは一体、どこまでを全部とみなすのか。


「全部と言う以外に……どう言えばいいんだ?」

「――――」


 純粋に答えるアルムを見て、グライオスの喉が一気に干上がる。

 無茶に見えた突進も、紙一重でかわす危なげな回避も、アルムにとっては全て知識に基づいた合理的な行動だと知って。


 無属性魔法は他属性に比べて圧倒的にバリエーションが少ない。属性が無い単純な魔法の形態は、才能の無いアルムにとっては都合が良く……その技術は磨く方向性も決まっている。

 だからこそ、アルムには知識に費やせる時間があった。他の属性魔法の使い手が自身の属性の扱いに四苦八苦する中……アルムはひたすらに魔法を知識として取り込み続ける。

 自分が使えない魔法だとしても、魔法に対する好奇心を隠さぬまま……子供の頃から抱く羨ましいという感情のまま貪欲に求め続けた。

 師匠やシスターが買ってきた本の魔法に憧れ続け、入学すれば誰かが魔法儀式(リチュア)をやっていないかと探し、挑まれた魔法儀式(リチュア)には全て応え、敵の魔法にすら憧れながら戦った。

 魔法が使えないからこそ、アルムの魔法に対する羨望はいつまでも止まらない。


「おいおい……縛らなきゃいけないのは俺もかよ……」


 グライオスは額に浮かんだ冷や汗を拭う。

 ふと、カンパトーレが名付けた"魔力の怪物"というアルムを指す名が脳裏に浮かぶ。

 今のグライオスにとってアルムは膨大な魔力量を持つ者というよりも……こちらに魔法を使わせ続け、こちらの魔力を根こそぎ喰らう怪物という意味にしか聞こえない。

 グライオスの問いの意味がまだよくわかっていないのか……アルムは訝しげな表情を浮かべて首を傾げている。

 敵対するグライオスにとって、その純粋さすら怪物が見せる邪悪な仕草に見えた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

今年ももうすぐ終わりですね……。

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― 新着の感想 ―
しかもまだ幻獣刻印すら出していないという
[良い点] 好奇心と羨望から来る知識欲による他属性魔法の知識取得時間の確保をアルムの無属性しか使えない欠点により創出され、結果として膨大な知識による推測で戦闘を優位に進めれている。 良いですねぇ………
[一言] ここにきて初めて師匠が想定した対魔法師対決になってんな
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