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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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76.場所の意味

 小さな山の整えられている山道を超えた先にある茶色の平野を超えた先にある"ニヴァレ村"。

 元々農牧で生計を立てていた村であり、近年はこの村の先にある観光地に行く際の休憩場所となっている。

 栄えた観光地に万全の状態で到着する為に体を休める場所として利用されている村だった。

 だが、侮るなかれ田舎村。

 ただの中継地点だったはずのこの村で振舞われる田舎料理の味はこの村の名前を貴族の間で囁かれることとなる。

 牛や鳥を使った煮込み料理や山で捕れる兎肉のローストは食べた者に舌鼓を打たせ、一部の貴族の間ではこの村に来る事を旅の楽しみの一つにしているほどだ。

 その為、山と平野に囲まれていても観光シーズンともなれば人の行き交いは多くなる比較的裕福な村である。

 

「あー、おいしかったです……マナリルは田舎でもあんな料理が出てくるんですね」


 歩きながら、シラツユはうっとりと頬に手をあてた。

 ベラルタを出発した次の日の昼。

 ニヴァレ村を出発し、アルム達は目的地へと歩を進めていた。


「待ってほしい。そこだけは断固否定させてもらう。普通はあんなのは出ない」


 田舎村出身として聞き捨てならなかったのかアルムははっきりと否定する。

 カレッラではあんなに料理は充実していない。それどころか、来客向けの料亭などあるはずもなかった。


「ニヴァレが特別なだけだよ、噂には聞いてたけどまさかあんなに美味しいとは……次は素朴なジャガイモ料理なんかも頼んでみたいね」

「悔しいが確かにうまかった……」


 シラツユの後ろを歩いているアルムとルクスは並んで出発前に食べた煮込み料理の味を思い出す。


「ほら、観光じゃないんだから気引き締めて」


 会話を聞き、一番先を歩くエルミラが振りかえって忠告してくる。


「あ、ごめんなさい……」

「違う。そこの男二人よ」


 すぐさまシラツユが謝るが、エルミラの矛先はそのさらに後ろの男二人。

 料理に思考を引っ張られているアルムとルクスである。


「すまん」

「面目ない……」

「ルクスくんが怒られてるの珍しいー」


 そう、今回アルム達の目的は観光ではない。

 アルム達が歩いているのはニヴァレ村のさらに東南にある何かに浸食されたかのようなすり鉢状の谷。ニヴァレ村では"穴倉"と呼ばれている。

 ニヴァレ村の住人も視界に入れることはあれど、意図して作られたような谷の不気味さに近づこうとはしない。

 徒歩だけで行くには少し遠く、馬車で谷の入り口まで送ってもらい、そこから魔法を使った足で移動しても時間がかかる距離である。

 観光地へのルートからも外れていて、景観はよくとも人間が住むには不便で通うにも険しい自然の一角に目的地である霊脈はあった。

 

「あなたは別に浮かれてもいいのよ。目的地が近くにあるんだから」

「いいんですかね……?」

「そりゃ研究者なんだからいいんじゃない?」


 エルミラが不思議そうに言うと、シラツユは照れながら頭をかく。


「その……同年代の方々と一緒にという状況に浮かれているんですが……」

「そっちはちょっと知らないけど……というか、あなたも学院時代とかあったでしょうに」


 シラツユは静かに首を横に振る。


「私魔法学院って行ったことないんです」

「へぇ、珍しいわね」

「完全な個人教育ですのね」

「え。そんな事ってあるのか?」


 驚いているのはアルムだけで、他の四人は大して驚きは見せていない。

 ルクスに聞くと、当然のようにルクスは頷いた。


「昔はよくあったらしいよ。最近じゃどこの国でも珍しいと思うけどね、やってるのはよっぽど大きい家くらいじゃないかな」

「へー……」

「私のお母様がそうでしたわ、繋がりは他に作る機会があったからと」


 他に方法を知らなかったアルムにとっては少しカルチャーショックだ。

 でも確かに、学院に行かなければ魔法使いになれないとは誰にも言われた事が無い。

 加えて、平民の自分にはとれない手段だろうな、と何となくだが想像がつく。


「その、魔法学院って必要があるんですかね? 貴族の人なら自分の家で魔法は学べるじゃないですか?

今更学院で基本を繰り返して何が違うのかって。

どんな形であれ成功した親という魔法使いがいるわけですし、わざわざ外で学ぶ必要もないのではと思っちゃうんですけ……ど……」


 少し早口に、そして少しだけ低い声。

 そこまで言ってシラツユの言葉がそこで止まる。

 いつの間にか前を歩くエルミラが足を止めていたからだ。

 エルミラだけではない。

 他の四人も自然と歩みが止まり、シラツユの意見に耳を傾けていた。

 周りの様子が変わった事に気付き、シラツユはようやく自分の発言が失言だという事に気付く。


「ご、ごめんなさい! 失礼でした!!」


 シラツユは今までにないほど思い切り頭を下げる。

 聞く者が聞けば、意味が無いのに何で行ってるのかと馬鹿にしているように聞こえるだろう。

 その声からどこか偏った考えであるように感じた。

 僻んでいるのとは違う、羨む気持ちが混じっているような。それでもそれを否定したいようなそんな微妙な声色。


「……」


 アルムは考える。

 確かに何故と聞かれると師匠に薦められたからとしか答えられない。

 意味。

 自分は平民で、魔法を学ぶという点では貴族より意味があるのかもしれない。

 だがそれは、故郷で師匠に教わっていても同じだったのではないか……?


「確かに、そう思うかもしれないね」


 一番最初にまた歩み始めたのはルクスだった。

 ルクスは変わらぬ表情でシラツユの意見を受け止める。

 話ながらエルミラに変わって前に出る。


「貴族である以上、個々の家では魔法使いとしての教育は幼少の頃から行われてる。

魔法使いとして活躍している親がいて、その気になれば他から魔法使いを雇ったっていい。

貴族同士の繋がりだって無理に構築しなくても魔法使いとして認められれば後ろから着いてくる」

「あの、気分を悪くされてたら――」

「それでも魔法学院という場所があるのは、魔法使いにとっての"故郷"を作る為なんだと僕は思います」

「故郷……?」


 疑問を含めたシラツユの声にルクスは頷く。


「パンフレットを見れば、ベラルタ魔法学院の理念は魔法儀式(リチュア)という魔法使いの決闘を推奨することで競争による魔法使いの質を向上するのが目的とは書いてあるけどね。

けど、魔法学院という場所が作られたのは新しい故郷を作る事だって僕は考えてるんだ」


 今度はルクスを先頭にしてアルム達も着いていく。

 ルクス達はすでに"穴倉"と呼ばれる谷の領域に入っている。

 時折聞こえる魔獣の声と、谷にある滝の音がここまで届いて静かではない。

 それでもルクスの声はやけに鮮明だった。


「貴族同士の交流そのものは学院の外でも機会はある。

けれど、同じ街に住んで、同じ場所に通って、同じ店でたまにご飯を食べて、同じ制服に袖を通す。

実地依頼で離れてもそこに帰ってくる。こういった毎日が大事なんだと思うんだ」


 ルクスは続ける。

 全員を先導するように歩きながら。


「魔法は精神力の影響が大きい。魔法の強度や安定性、魔力の消費にも関わったりする。

いつか恐怖で自分の心が揺れるその時、ただ一人、自分だけで魔法を学んだ記憶が果たしてその揺らぎを止められるだろうか……?

同じ日を過ごした人、戦った人、自分と同じ場所で自分と同じように魔法使いを目指した人。

そういう時期があったんだと懐かしんで、そういう誰かがいたんだと思い出して、そうした場所で今も誰かが同じように魔法使いを目指してる事を少し嬉しく感じられたら……それはもう故郷だと僕は思います。

故郷で一緒に学んだ仲間を思い出して、今も別の誰かが同じ時間を過ごしているのだと、国を守る魔法使いとして自分を奮い立たせる日がきっと来る。だから今の時間はきっと無駄なんかじゃない」


 ルクスの答えは厳密にはシラツユの疑問に対する回答にはなっていない。

 学ぶ場として意味があるかどうかという質問に対する答えはパンフレットにも載っているベラルタ魔法学院の理念の部分だけだ。

 それでも、真に重要なのはそこではないのだとルクスは語る。

 精神力が魔法に影響を与えるというのなら、記憶や思い出はきっと魔法使いの力になるのだと、ルクスはそう信じていた。


「それは……確かに大切な、大切なことですね」


 噛みしめるように繰り返して、シラツユは微笑む。

 何か大切なものを抱えるように胸元で手をぎゅっと握りながら。


「流石オルリック家……そんな事考えてるのね」

「はは、柄にもなく語っちゃったね」

「いや、まんまよ。アルムにしつこく謝罪させてくれって言ってた時の真面目に熱いルクスのまんま」

「え、そ、そうかな?」


 エルミラの茶化すわけでもない自分の人物評にルクスは珍しく少し顔を赤らめる。

 そんな風に見られていたとはルクスは夢にも思っていなかったが、あの時門の前にいたアルムとミスティもルクスへの人物評は概ね同じものだった。


「そんな事あったのー?」

「そうそう、ベネッタには話した事無かったわね。シラツユも聞いていきなさい」

「是非聞かせてください!」

「いや、ちょっと、改めてとなると恥ずかしいな……」

「うふふ! 恥ずかしがることありませんわ」


 一番後ろで着いていくアルムはそうして話す皆をじっと見る。

 目的地に着くその時まで。




 ルクスの話で少し盛り上がってしばらくした後、アルム達は目的地に到着する。

 途中までを馬車で、途中から魔法使いの足でも少し時間のかかる自然の中にある霊脈。

 それは見た目でも他と違う事がわかる谷の奥にある滝だった。

 ドドドドド、と水が落ちていく音は体の奥に響くほどであり、辺りは飛沫が霧のように舞っていた。

 他の滝と違うとわかるのはその水。

 その滝に流れる水は流れる過程で一瞬ながらも光を帯び、その後滝つぼへと落ちていっていた。

 その光は間違いなく魔力の光。

 補助魔法を使う際、魔力が巡る事によって人体でも起きる魔力が発光する現象がこの水に起こっている。


「……あんなのどうやって調べるのよ?」


 水が途中で光を帯びるところを見ると霊脈は恐らく滝の裏にある。

 ベラルタのように人の手が加わっていない場所なため霊脈は剥き出しだろうが、それでも難易度が高い。


「気合いです!」

「あなた本当に研究者なの?」


 ふん、と鼻息を鳴らして滝を見据えるシラツユ。

 一番に出てくるのがそれなのかとエルミラは少し呆れる。


「すっごー……」

「ミスティが凍らせるってのはどうだ?」

「いえ、流石に滝は……凍らせても次から次へと水が来るわけですし……」


 アルムの無茶ぶりに流石のミスティも苦笑い。

 湖のような場所ならともかく、常にとてつもない重量の水が落ち続ける滝を凍らすのは難しい。

 いくらミスティでも滝を凍らせるのなら血統魔法を使わない限りは不可能だ。


「とりあえず近寄れるとこまで近寄るかい?」

「はい、そうしましょう!」

「いざとなったら一番頑丈そうなアルムに突っ込ませるか……」

「エルミラ? 作戦が雑になるの早くないか?」


 ルクスの提案で滝つぼ近くまで歩き始めたその時、


「む」

「あ?」


 不自然な出会いを果たす。

 アルム達とは別ルートで来た霊脈への来訪者。

 一人は妙な白い装束を、一人は黒い外套を纏う二人組。

 ここはニヴァレ村の者は近付こうとしない谷。人と人が出会う場所ではない魔獣と自然の世界。

 出会った白い装束の手には魔獣の頭が握られていた。


「おいおい勘弁してくれ……"ナナ"、お前の待ち合わせ相手か?」

「否定だ」


 白い装束の疑問に黒い外套が答える。

 その外套の隙間から見える黒塗りの仮面。

 黒い外套と黒い仮面。見た瞬間にアルムは連想した。

 自分をベラルタの街で襲った三人組――ダブラマの刺客の姿を――。


「ちっ」


 白い装束が面倒くさそうに舌打ちする。


「ったく……誰も来ないって話はどうなったんだよ」


 隠さぬ殺意を振りまきながら。

いつもありがとうございます、

感想書いてくださった方、見てくださっているようであればここで改めて感謝を!

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