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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ

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726.自分が受け取っていたものを(前)

 アルムという少年は基本的に物静かな性格だ。

 無表情で読書が趣味というのもあいまって、何も知らない者からは冷たい印象を受ける事も多い。

 幼少の頃より師匠の師事で白い花園で自分の魔力の流れを感じ取るまでに無言で集中し続けたり、シスターと一緒にやる山での狩りでは息を潜めて気配を消す。

 帰った後もシスターに文字の読み書きを習い、習う事が無くなれば自室で本を読んで過ごすのがアルムの日常だった。

 なによりカレッラという魔獣が周囲の山に住んでいる環境が声を張り上げて騒がしく過ごすなんて事を許さない。

 物静かなのは幼少の頃からの当たり前であり、アルムにとっては普通の事だった。


 しかし、彼は口下手というわけではない。

 アルムは相手の話が長くともしっかり聞くし、話が弾むことも多ければ状況や間柄に応じた言葉遣いを選び、受け答えも考えてするのだ。

 後輩が教えを請えば最後まで面倒を見るし、エルミラのどうでもいい話にも付き合う事もあればベネッタとのゆるい雑談を無駄に広げる事もあり、ルクスには知らない事をよく相談して頷いたり、ミスティとは小さく笑いながら朗らかな時間もよく過ごす。

 知らない事が多く周りを驚かせる事もあるが、何人かからは聞き上手と思われていたりもする少年だ。


 そのせいか、アルムが何かに気を取られて意識が割かれてしまっている状態というのは隣に歩く彼女にとってはあまりにわかりやすかった。


「ふふ、悩み事ですか?」


 スノラのとある通りを歩いていると、そんなアルムの様子に気付いたミスティがアルムの顔を隣から覗き込む。

 報告の不安や問題を解決したのもあってその表情は晴れやかで、アルムと二人でいるからか嬉しくて仕方ないといった感じだ。一切の穢れがない白い頬は隠し切れない興奮からか少し紅潮している。

 そんなミスティを行き交う人々は振り返ったり横目で見たりと視線が少し忙しい。注目を集めないよう白を基調としたシンプルな服装なのだが、周りの人々にはそんなもの関係ないようだった。


「ああ、すまん。悩み事ってわけじゃないんだが……気付かれたか」

「当たり前です。これだけの付き合いになれば、むしろアルムはわかりやすいほうなんですから」

「そうなのか?」

「うふふ、そうですよ」


 アルムはミスティ達からはわかりやすいと言われるが、自分ではどこがそう見えるのかはわからない。

 加えて……友人からはわかりやすいと言われたかと思いきや、まだ距離のある一年生達からは褒めているのか問題点を指摘されているのかわかりにくいと言われる事もある。最後までちゃんと聞いてようやく長所を褒められてる事に気付くという後輩もまだ多い。セムーラやカルロス辺りからはそれなりにわかってきたと言われているが、本人は別に意識していないので違いがわからないのである。

 

「悪いな、せっかく出掛けているのに……楽しんではいるんだ」

「私のほうこそ私が行きたい所ばかりで退屈ではありませんか?」


 情けない話だが、今のアルムにはデートの予定を決める甲斐性は無い。

 というよりもスノラはミスティのが圧倒的に詳しいので当然ミスティ主導のコースになる。

 アルム一人では入らないであろう洋裁店(ブティック)や宝石店を初め、魔石を使った補助具を取り扱っている隠れ家的なアクセサリーショップなども回り、カフェでお茶を終えて再び歩き始めたところだった。


「そんな事無い。服の良し悪しはわからなかったが、繊細なデザインが施されているのを見るのはイメージの向上にも繋がって勉強になったし、宝石は予想したより輝きとカットが綺麗で魔石とは違う方面で発展した技術だって再認識できた。前は宝石職人と魔石職人で別れる理由は魔力の有無だと思っていたからな。

補助具は自分では使ってないけど、意識を集中させるために触れる物が多いって気付いたのも面白くて……」

「アルムらしい楽しみ方ではありますが……買い物としての楽しさも味わってほしかったですわ」

「すまん……元々物欲があまり無くて……。ほら、あんな高いの普段見ないからな……」

「……私が服を試着していた時、他に何も思わなかったのですか? 服のデザインにしか目がいきませんでした?」


 ミスティがいじけ気味にそう言うとアルムは即座に否定する。


「いや、そんな事は無い。二番目と五番目に着てたのが特にミスティに似合っていてよかったな」

「え!? な、何でその場で言ってくれなかったのですか!?」

「いや、ミスティだからどれも似合ってたし、あくまでお洒落とは縁遠い俺の感性だからな……買う参考にはならないかと……」

「うう……あなたの感性が一番大切なんですってばぁ!」

「ご、ごめん……」

「いえ……でも安心しました。ちゃんとそう思ってくれていたのですね」


 二番目と五番目……とぶつぶつ言いながら真剣な表情で脳内にメモをするミスティ。

 後日、というよりも明日にはその服を買いに行くのは間違いないだろう。


「申し訳ありません。話を逸らしてしまいましたが……アルムの考え事は私に話せそうなものですか?」


 ミスティは満足気にしながら話を戻す。

 アルム本人としては考え事をしている事すら表に出していないつもりだったが、気付かれてしまっては話すしかない。

 二人で出掛けている中、別の考えに気を取られていたというのにここで隠すのは更に失礼というものだろう。


「ミスティの御両親について考えてた」

「お母様とお父様……?」


 意外な答えにミスティは目をぱちぱちとさせる。

 しかし、すぐにはっと思い当たる節に気付いたのか恐る恐るアルムに問う。


「……やはり言葉だけの謝罪では許せませんか? 私からお父様に言っておきましょうか?」

「いや、十分だよ……あの日から夕食を一人でとらされてるんだろ……?」

「そのくらいの罰は当然です。アルムへの誤解やトランス城の使用人の方々に不名誉な噂を流したきっかけになったのですから……私だって少しくらいは怒りたいくらいですわ」


 ミスティは頬を少し膨らませ、ぷいっとそっぽを向く仕草を見せる。

 帰ってきた瞬間、アルムとの間に軋轢を生むような噂がトランス城内に流れていたのだからミスティからしたら当然かもしれない。


「どちらかというと俺が気になったのはセルレアさんのほうなんだ」

「あ、アルム……! お、お母様がいくら美人だといっても妙なお考えは……!」

「いや、そうじゃなくてな……。今回の事をあんまり怒っていないというかある程度平静でいられたのはミスティと一緒に報告した時、反対したっぽく見えたセルレアさんがシスターと同じ顔をしていたからなんだ」

「シスターさんと……?」

「ああ、だからノルドさんの話も今更だけど完全に信じたわけじゃなかったんだ。

でもセルレアさんの様子がシスターが俺を叱ってる時と一緒だったから……ミスティにそんな事を強要するのか? とも思ってた」


 アルムは思い出す。自分の事を真剣に想って、嫌われる覚悟を持ちながらも子供を正そうとするその姿を。

 自分を叱るシスターは幼少の頃のアルムにとっては恐かったかもしれないが、今の自分の土台の一つでもある。

 今回の一件でアルムがエルミラほど取り乱さず、考え事をするだけで過ごせたのはそんなシスターの姿とセルレアの様子がだぶったからだった。


「子供を心配して怒る母親の姿は一緒なんだって……びっくりしてたんだよ」

「お母様は厳しい人ではありますがその厳しさは私の為でもありますし、優しい時はとびきり優しい人なんです。

母親が子供を心配するのを当たり前という言葉で一纏めにしてしまうのは少し思う所がありますが……それでも、そんな当たり前の、普通の愛情を受けられるのはとても恵まれた事ですわ」

「当たり前、か」


 アルムは呟く。


「はい、それが当たり前であってほしいという願いでもあります。ですが当たり前であっても感謝する必要がないと言う意味ではなく、当たり前の愛というのは子供である自分が恵まれていると感じられて毎日をありがたく感じられる身近で素敵な事だと思うのです」

「ああ、そうだな。凄いことだ」


 ミスティの言葉にアルムも頷く。

 親が子供を愛するのは当たり前であってほしい。

 それは誰もが願う事だろう。大人であっても子供だった時代が必ずあったのだから。

 親からの愛は当たり前で、普通の事。そうあるべきなのは間違いない。アルムもそう思っている。

 ……けれど、一つのきっかけが当たり前だと思っていたものを、当然のように受け取っていたものについてを考えさせる。


"大きくなったね……! 本当に、大きくなった……!"


 自分の成長を喜び泣きじゃくるシスターの声が。


"アルム……君をずっと、愛してる"


 自分に愛を(のこ)す師匠の最後の声が。


 生まれた時から親と子供だったのなら、当たり前でもいいのかもしれない。

 だが、そうでなかった自分と二人は?

 自分が受け取っていたものは多分、当たり前でも普通のものでもなかった。

 他の母親と子供の形を見て……捨てられていた、血の繋がっていない子供であった自分がどれだけかけがえのないものを貰っていたかを気付く。

 きっと普通なんかじゃなかった。当たり前なんかじゃなかった。

 ただ拾った子供に、ただ泣いていただけの子供に……惜しみなく愛を与えるだなんて当たり前であるはずがない。


「俺はずっと……"特別"を貰ってたんだ」


 呟きは小さく、周りにかき消されてミスティには聞こえない

 自分の腕に腕を絡ませる隣のミスティをちらっと見る。

 自分の受け取ったものはまた、違う誰かの人生に繋がっている。

 見捨てても誰も責めなかったのに。

 "特別"を自分に渡す生き方を選んだ二人を思い浮かべて、アルムの鼓動が早くなる。


 自分も誰かに……この世界に"特別"を返さないと。


 思えばずっと自分はずっと色々な特別を貰っていた。

 親に、友人に、周りの人達に、自分を取り巻くこの世界に。

 アルム達は今年で学院を卒業する。

 魔法使いという夢が目の前に見え始めた今……その夢はまた大きくアルムの中で膨らんだ。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 多分ですけど、どこかのタイミングでアルムが創始者として覚醒して、何かを可能にするような理をつくると思うんですけど(アルムの性格的に何かを不可能にする理は作らないはず)、どんな内容なんだろうか…
感想一覧
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