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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ
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725.一足先に

「私も思う所がないわけではないのよ?」


 自室から窓から外を眺めながら、ミスティの母セルレア・トランス・カエシウスは呟く。

 紅茶とお茶菓子を用意するイヴェットはその声に背筋を正した。


「カエシウスの中でも特にずば抜けているミスティと才能の無い平民では……不釣り合いと考えるのが自然だもの。いくらイヴェットが気に入っていてもね。

家の事を考えれば疑問を抱いてみっともなく反対するのが正解だと思う人もいるかもしれない。そっちのほうが大多数になるのかしら?」


 今からでも中傷の声と無数の陰口が聞こえてきそうだった。

 カエシウス家もこれで終わりかと薄ら笑いを浮かべて言う者もいるだろう。

 常識で考えれば才能の無い平民を家に向かえるのは愚行の他ない。


「ですが、私達がそれを理由にあの子達の未来を奪う権利も口出しする権利もないのよね。

グレイシャに私を人質にとられて動けなかったあの人(ノルド)や、眠ったまま何もできなかった私が……どの口でこの家を救ってくれたアルムさんの事を反対する事ができましょう」

「……家の事を思えば正しい選択になるのではないでしょうか」

「あらあら……そうかもしれないわね」


 ただ主人に同意するだけでなく、客観的に意見を述べられるイヴェットはやはり自分のお付きとしてこれ以上無い人材だ。

 セルレアはイヴェットのありがたみを感じながら微笑む。


「けど、何かを成し得た人間に階級だけを偉そうにちらつかせて不義な選択を迫るような人になりたくないもの。少なくとも、私はそんな人間に貴族の資格は無いと思うわ」

「素晴らしいお考えだと思います」

「うふふ、ありがとう。それに、才能が無いことだけをやり玉に挙げて反対するなんて彼の実績を無視した都合のいい話だもの。それこそ理屈に合わないわよね」

「とはいえ、私も元貴族だったので信じ難くはありますね……才能が無い平民がここまでの功績を残すなんて……」

「……才能が無いからこそここまで来れたのかも」

「どういう意味ですか? セルレア様?」

「うふふ、さあ? 彼の人柄を考えたらそうかなってね」


 セルレアの意味深な言葉にイヴェットは疑問を抱く。

 答えを教えてくれる様子はないので、謎は謎のままだった。


「……あら? 見て見てイヴェット」


 セルレアが手招きすると、イヴェットも同じように窓から外を見る。

 下のほうを見ると、トランス城の門には丁度出掛ける所なのかアルムとミスティがラナに見送られている。

 少し歩いて門から離れると、アルムの腕にミスティが自然と自分の腕をするりと絡めていた。

 自分の娘が顔を真っ赤にしながらやっていると微笑ましい。自然とセルレアの顔は綻んだ。


「ミスティがあんなに……普通の女の子みたいに……嬉しそうにしてるわ」

「はい、お幸せそうです」

「最初から、あの子のやりたい事に反対なんてできるわけないのよね……ミスティに全部背負わせようとした私なんかが」

「そ、そのような事は……」


 並んで歩く二人がトランス城から離れていくのを見ていると、自分の手元から娘が離れるような気がしてセルレアは少し寂し気な表情を浮かべる。

 最初に生まれたグレイシャは最初から自分の手元などという小さな場所にはいなかった。

 ミスティとアスタは自分の手元でいつまでもと思っていたが、そんなはずはない。

 子供というのはこうして普通に、自然と親から離れていくものなのだ。


「……さ、イヴェットのお茶が飲みたいわ」

「はい、どうぞセルレア様」


 セルレアは二人の背中を見送って、テーブルにつく。

 イヴェットが気を利かせて淹れてくれたのはミスティの好きなミルクティーだった。

 勿論、ミスティが子供の頃から一緒に飲んでいたセルレアにとっても好きなものだった。







 





「アルムがずっと考え込んでたって?」


 東部へと向かう馬車の中でエルミラが声を上げる。

 昨日の夜に宣言した通り、ルクスとエルミラ、ベネッタの三人は午前中のうちにスノラを出た。

 滞在したのは一週間にも満たなかったが、旅行と考えれば十分な滞在期間だろう。

 スノラで買った土産をたんまり乗せて、オルリック領へと馬を走らせている。


「うん、もうミスティ殿のご両親にも許可を貰ったはずなのに……どこかぼーっとしているというか、ずっと考え事をしているような感じなんだよね」


 ルクスが言うには噂が収束した後もアルムの様子はあまり変わらなかったらしい。

 もうアルムとミスティの関係を阻むものはないはずなのだが、一体何を考えているのだろうか?


「アルムくんって考え事すると黙る時あるよねー」

「何かあるのかしら? せっかくミスティにとって大事な時なのに……ルクスは何か聞いたの?」


 ルクスは小さく首を横に振る。


「いや、真剣そうだったからね……邪魔になりそうだったから自分の部屋に帰ったよ。深入りしていいかどうかもわからないし、何より何を考え込んでいるのか想像つかなかったからね」

「ふーん……ま、大丈夫でしょ」

「そうだねー」

「ん? どうしてだい?」


 ルクスが何故そんな事を聞くのかわからないと言いたげにエルミラとベネッタは顔を見合わせる。


「そりゃミスティがいるわけだし」

「ミスティならアルムくんが考え事してるって事くらい気付くよー」

「アルムと二人で浮かれてるだけって子じゃないんだから任せりゃいいのよ」

「……確かに。僕が不安に思っていても仕方ないか」


 ルクスは納得したように肩の力を抜く。

 今更自分が心配した所でどうこうなるわけでもない。

 こういう事は今一緒にいるミスティに任せればいいのだ。

 ルクスは一先ず気になっていた事を置いておいて、残りの帰郷期間の過ごし方について考え始める。


「ベネッタは途中で降りるんだっけ?」

「うんー、ずっと一緒だと流石に邪魔でしょー?」

「いや、そんな事は無いよ。なんなら一緒にオルリック領に来て貰ってもいいよ?」

「いやいや駄目に決まってるでしょー、ね? エルミラ?」


 ルクスの提案にベネッタは首を横に振り、隣のエルミラに振る。


「私に言うな……別にあんたがいたっていいわよ」

「いやいやいやいや……それは駄目だよー」

「なんでよ?」

「とにかく駄目なのー!! 駄目ー!!」

「わけわかんないわ……」


 こうして騒がしい三人――実際に騒がしいのは一人なのだが――を乗せて東部行きの馬車はスノラを離れていく。

 数日後、ベネッタと別れて二人で東部に向かう中……ルクスの通信用魔石にとある連絡が来るその時まで馬車の空気は楽し気なままだった。

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