718.彼は何を思う?
「と、いうわけだ。話はそれで保留になった」
ノルドの執務室での話が終わったアルムはルクス達と自分の客室で合流し、どんな話があったのかを話した。
ミスティは一度執務室に帰ってきたものの、アルムと多く会話を交わす事無く急ぐようにどこかへ出掛けて行ってしまった。
アルムの部屋に集まったのはミスティを抜いた四人である。
ルクスとエルミラはアルムの話を聞き、複雑な表情で唸っている。
「……流石に私達でどうこう言える事じゃないわね」
「何とか力になりたくて付いてきたけど……問題がそこだとね……」
「そういうものか」
アルムも協力して欲しくて話したわけではないが、二人の様子を見て難しさを感じ取る。
ミスティの為にここまで付いてきてくれるような二人が自分達では無理と断ずるのだからやはりこれは他人が動いて解決できるような問題ではないのだろう。
「ノルド殿の話の通りならミスティ殿の母君であるセルレア殿が反対するのはカエシウス家の跡継ぎの問題……二人の子供が出来た時に才能をどう引き継ぐのかを危惧されての事だ。
跡継ぎの才能は家の進退に繋がるし、貴族として至極真っ当な心配だからね。アルム本人を嫌悪していたり、アルムの実績や能力を疑っての事じゃないから僕達も擁護しようがない」
「アルムに才能がないのは本当の事だからね……アルムはその才能をカバーする能力を鍛え上げているだけだからこういう話になると何も言えないもの」
アルムをただ平民だからと嫌悪したり、難色を示すのなら実績や能力を挙げていくらでも擁護できるが……ノルドの話はカエシウス家の跡継ぎに関しての話だ。
アルムが今どれだけ実績を積み、能力を証明した所で未来の子供の才能に関してはどうにもできない。アルムに才能が無いのは純然たる事実であり、才能が無いからこそここまで突き進んできた少年である事は疑いようがない。
だからこそ、ミスティの次にカエシウス家の跡継ぎになるであろう子供の才能に不安を覚えるのは当然と言える。これはミスティの不安のような友達の問題ではなく、カエシウス家という貴族の問題だ。カエシウス家が受け入れられるかどうかの問題に、部外者であるルクスとエルミラが介入できるはずもない。
「ボク達の役目……終了?」
「まぁ……そうなるわね」
「アルムの人格や実績を問題にしていない分、シンプルに家の問題になってしまって口出しできない……情けないけど、本当にやれる事がない。アルムへの心証を少しでもよくできるよう色々考えたけど意味が無かったな……ごめんアルム」
「何言ってるんだ。不安がってるミスティと一緒にここまで来てくれただけで十分すぎる」
ルクスは力になれそうにないことを本気で申し訳なさそうに思っているようで顔色が暗い。
アルムの言う通り、帰郷期間を削ってわざわざ着いてきてくれただけでも十分すぎるのだが……ルクスとしては円満な結果を期待していたらしく、アルムがそう言っても表情は浮かないままだ。
「わかってはいたが、やはり貴族にとって才能は何よりも大切ってことだな」
「そりゃね……才能や能力が無ければ私の家みたいに没落するんだもん。なにより血統魔法が継げない可能性が一番やばいわ。血統魔法が継げなかった瞬間どれだけ家に力があっても魔法使いとしては終わりだから無視できるわけもない」
「創始者の家系ですら血統魔法を継げなくて今は別の血統魔法を編み出して細々と家を維持していたり、そのまま滅んでしまったり……血統魔法は魔法使いの切り札であると同時に正当に家名を継いだ証明でもあるから」
血統魔法とは家の歴史そのものであり、家名と共に受け継いで家を守る力そのもの。
血統魔法を継げないという事はそこで家の歴史が途絶えるという事でもある。そして血統魔法を受け継ぐには当然魔法の才能がいるのだ。
四大貴族カエシウス家の血統魔法は千年の歴史を積み上げたマナリル最強と名高い血統魔法……血統魔法に愛される事は難しくても、絶対に次代が受け継がなければいけない力である事は間違いない。
「うーん……でもミスティが他の男の人とって……割り切れないんじゃないかなー……?」
ベネッタの声はどちらかというとミスティを心配するような声色だった。
なにより今までミスティを間近で見てきたからこそ、交際を認める条件として他の男と跡継ぎを作るなんて話を受け入れるとは思えず首を傾げる。
「念願叶ってようやく想いを伝えられて喜んでたのに、他の男なんて言われたらそりゃね……あの子、一途だし。いざ他の男とそうなった時錯乱しちゃいそうでちょっと恐いわ……」
「アルムくんへの罪悪感で潰されちゃいそう……」
「というか、それもあって受け入れないでしょうね」
「うん、ボクもそう思うー……アルムくんに不義理な事は死んでもしたくなさそうだもん……」
問題なのはミスティがその話を受け入れたのかどうか。
次期当主が確定しているミスティにとっては受け入れるのが正解なのかもしれないが、ミスティ本人がそんな話をよしとするはずがないという確信もあった。
「実は言うと僕もミスティ殿がそんな提案を受け入れるはずがないというか……そういうイメージが湧かないんだよ……」
「変態。ミスティの何想像してんの」
「ルクスくんのえっち」
「提案を! 受け入れるイメージ!! 提案を受け入れるイメージが湧かないんだ!!」
「……?」
エルミラとベネッタの冷ややかな視線につい声を荒げてしまうルクス。
アルムはよくわからないままルクス達のやり取りを不思議がっている。
「ミスティ殿がアルムをどれだけ想っていたかは周りからすればあまりにもわかりやすくて、その想いがどれだけだったかもわかっているつもりだ」
「わかりやすかったのか……」
「馬鹿ね、アルム以外みんなわかってたわよ」
「そうか……」
周りは全員気付いていたという事実に驚愕するアルムはエルミラに頭を小突かれる。
エルミラの言う通り、気付いていない人間のほうが少なかったのだから小突かれて当然かもしれない。
「そんなミスティ殿が他の人と跡継ぎをなんて提案を受け入れるとは思えないし、なによりミスティ殿が当主になれば何の拘束力も持たない。確かミスティ殿は卒業と同時に当主を継ぐはずだから……卒業まで待てばいいだけの話だよ。ミスティ殿も同じことを思ってるんじゃないかな」
「じゃあ何でミスティ帰ってこないのー?」
「今日わざわざ報告に来た理由と一緒さ。当主になればそもそも報告なんてする必要がなかったのを報告しに来たのはご両親にも認めてもらって、祝福してもらいたかったからだろう。今もご両親……母君のセルレア殿を説得しているんじゃないかな。理屈では大丈夫でも感情としてはまた別の話だろう」
「そっか……じゃあボク達はミスティを応援するしかできないねー」
「そうだね、特にエルミラとベネッタの言葉はミスティ殿の支えになる……戻ったら少し話を聞いてあげるといいんじゃないかな」
「うん、ミスティと会ったらそれとなく話してみるねー」
ルクスの言葉に納得し、ベネッタの表情に出ていた不安が少しだけ晴れる。
元々ミスティの不安を和らげるためにスノラまで着いてきたのだ。自分がやれる事をやろう、とベネッタは改めて決意する。
「……アルムは大丈夫?」
話の顛末を話し終わってから口数が少ないアルムを心配してかエルミラが声をかける。
「ああ、直接反対されたわけでもないし……むしろノルドさんは申し訳なさそうだったから」
「そう……あんたも何かあるなら言いなさいよ。何もミスティだけが心配で着いてきたわけじゃないんだからね」
「ありがとうエルミラ、とりあえず俺の事は心配しなくていい」
心配しなくていいとアルムは言ったが、エルミラの目にはアルムが少し考え事をしているように思えた。
自分の中で何かを考えているのか、万が一を呑み込もうとしているのか判断つかないのが歯痒かった。
直接言われなかったからといってその場で難色を示されたアルムが大丈夫なわけがない。
エルミラは無表情なアルムの奥底を探りたかったが、今は退くことにした。アルムにも整理する時間が必要だろうと考えて。
「ともかく……僕が言った通りそんなに深刻に考える必要もない。せっかくスノラに来たんだから気分転換も兼ねて少し観光でもしにいかないか? 部屋でうんうん唸っていても仕方ない。すぐにどんな結果になるかわかるような事でもないから嫌な想像はしないほうがいいさ」
「それもそうね。アルムの部屋であーだこーだ言った所で何も変わんないわけだし……気分転換にでも行きましょうか」
「うん! 行こう行こうー!」
ルクスの提案に乗ってエルミラとベネッタも立ち上がる。
観光のためというよりはアルムの気分転換のためだろう。
「じゃあ各自準備してトランス城の門の前に集合だ。外出する旨は僕が伝えておくよ」
そう言ってアルムの部屋に集まっていたルクス達は出掛ける準備のため、自室へと戻っていった。
「……」
アルムはルクス達が出て行ってからも何か考え事を続けるように……ただ空を見つめていた。




