714.到着の陰で
「お帰りなさいませミスティ様。そしてご友人の方々お待ちしておりました」
「お帰りなさいませ!」
「お帰りなさいませ!」
トランス城の城門前に到着するとカエシウス家の使用人がずらっと並んでおり、アルム達が乗った馬車を迎える。
上級使用人であるイヴェットを筆頭に並ぶ使用人達の姿は一糸乱れる事なく、アルム達の到着を歓迎してくれていた。
「ただいまです皆さん、何か変わった事はありましたか?」
「ミスティ様がご心配するような事は何も……強いて言うならばノルド様とセルレア様が仲睦まじく、お二人の世話係となる使用人が担当の度に恋人が欲しいと漏らしている事くらいでしょうか」
「まぁ……うふふ、それは大問題ですね?」
イヴェットがミスティにジョークを交えた報告をする中、他の使用人がすぐさま馬車から全員の荷物を下ろして運び始める。迎えに出ていた使用人は全てメイド服を着た女性だったが……そんな事を微塵も感じさせないほどテキパキと荷物を運び出す。
手伝おうとした馬車の御者が手持ち無沙汰になるほど早く、御者は結局荷物が積み込まれた台の鍵を開けるくらいしかやる事もなかった。
「ではミスティ様。私も業務に戻らせて頂きます」
「あ……うん、私の部屋をお願いね? ラナ?」
「勿論でございます」
馬車に同乗していたラナは馬車に乗っている時もそうだったがしっかり仕事モードに入っているようで、自分の荷物を持って一早くトランス城内へと入っていった。ラナはどこにいようともミスティ付きの使用人である事には変わりない。
ミスティがラナの背中を見送っている中、とことことアルムに駆け寄る一人のメイドがいた。
「アルム様! お久しぶりです!!」
「ああ、ジュリア。久しぶりだな。今回もジュリアが俺の世話係なのか?」
「はい! 去年のような失態は起こさないよう誠心誠意頑張らせて頂きます!」
くすんだ茶髪を後ろに纏めた素朴な印象を受けるメイドが飛び切りの笑顔をアルムに向けているのを見て、女性陣が少しざわつく。
馬車の中であんな話をしていたせいもあるだろう。アルムとジュリアが話しているのを見て、エルミラがミスティに耳打ちする。
「早速女ですけど?」
「じゅ、ジュリアさんは去年アルムの世話係でしたから……」
「ほーん……ずいぶん気に入られてるみたいだけど?」
「あ、アルムは素敵な人ですから……」
アルムとジュリアは数度会話を交わし、アルムの荷物を運び出す。
馬車の中でした話がミスティの頭にちらつく。少し話しているのを見ただけで自分の使用人に嫉妬しそうになる自分を何とか抑えるように深呼吸した。
「お久しぶりですアルム様。使用人一同、お待ちしておりました」
「お久しぶりですイヴェットさん。去年の怪我はもう?」
「ご心配頂きありがとうございます。ジュリアに先に言われてしまいましたが……去年のような失態は見せぬよう、今年は気を引き締めて皆様の御世話をさせて頂きますのでどうぞごゆるりと」
ジュリアと入れ替わるようにアルムに挨拶するイヴェットを見て女性陣が再びざわつく。
使用人を代表していた上級使用人であり、凛とした佇まいと知的な顔立ちが気品さを感じさせる女性だ。何を隠そう……去年アルムをカエシウスにすり寄る悪い男だと勘違いし、ハニートラップもどきを仕掛けた張本人でもある。その事が照れくさいのか、イヴェットはアルムに仕事中には見せないような表情を向けていた。
そんな二人の様子を見てぷるぷると震えるミスティに今度はベネッタが声をかける。
「あれも担当の人なのー? ずいぶん美人な人ばっかりだねー?」
「カエシウスの使用人はみんな可愛らしい方ばかりですから……! そ、それにアルムには去年お世話になったので使用人の方々はみんなアルムに感謝しているので……」
「ほっぺを膨らませながら自分に言い聞かせてるわね……」
「ミスティはちょっとからかうくらいが可愛いんだよねー」
イヴェットはアルムに挨拶すると今度はアルムを含めた全員に一礼する。
「アルム様、ルクス様、エルミラ様、ベネッタ様……お待ちしておりました。カエシウス家上級使用人のイヴェットと申します。滞在中、何かお困りの事がありましたら世話係のメイドか私にお申し付けください」
「遠慮なくお世話になります」
「はーい!」
「ありがとうございます」
イヴェットに連れられてアルム達はトランス城の中へ。
トランス城はまだ北部がラフマーヌという名前の国だった時に作られた歴史的にも重要な古城だ。
窓に柱、壁は勿論扉や天井に至るまで花をモチーフにした装飾や意匠がこらしてあるラフマーヌ建築であり、上品な華やかさと童心のような可愛らしさが共存する。
荘厳でありながらまるで花畑のような華やかのバランスに、ルクス達の視線も少し忙しい。芸術を少しかじっていればトランス城の素晴らしさがわかるだろう。
「ではまずはお部屋にご案内させて頂きます。長旅でお疲れでしょうから、湯浴みの準備をさせて頂いておりますが……ご利用になられますか?」
「なられます! なられますー!」
「ベネッタ、気持ちはわかるけどその前にノルド様にご挨拶しないと」
ぴょんぴょん跳ねるベネッタを制止してルクスがそう言うとイヴェットがにこっと笑う。
「ノルド様から落ち着いてから案内するようにと言伝を預かっておりますのでご安心ください。夕食までならいつでもと」
「そういう事なら……僕からもお願いします。正直馬車に揺られてくたくたでして」
「はい、かしこまりました」
「トランス城の風呂ってどんな感じなのかしら……」
「ベネッタ、一緒に入りましょうね」
「うん!」
イヴェットの提案をありがたく受け入れるルクス達。
スノラが観光地とはいえ長旅は長旅……まずは馬車に揺られ続けた疲労を癒す事にした。
「おいおいおいおい……まじかい? それ?」
マナリル北部・廃棄された集落。
男はベッドに横たわりながら、酒瓶を片手にげんなりした表情を浮かべる。
部屋に入ってきた部下の報告が予定にないものだったゆえに。
「はい……馬車に乗車していた人数は六人……。先程トランス城に入っていくのも確認したと報告が入っています」
「かっー……全然予定と違うじゃねえの……」
男は酒を一口飲んで起き上がる。彫の深い顔で鼻筋が通っていて高く、整った顔立ちの男だが……整えていないであろう無精髭のだらしなさがその良さを半減させている。
部下からの報告を寝転びながら聞いていたのも相まって、どこか隙のありそうな雰囲気を醸し出す男だった。
「予想では二人と使用人一人のはずだったろ? なんでそんな面倒な事になっちまうのかね……」
「はい、どうやら友人も一緒に連れてきたようで……いかがいたしましょう?」
「どうしましょうって言われてもねぇ……その六人の中に危険指定は?」
男に聞かれると部下は急いで書類を取り出してめくり始める。
「危険指定は『魔力の怪物』アルム、『白銀の王』ミスティ・トランス・カエシウスは予定通りですが……恐らくはもう三人、ベラルタで魔法生命を討伐した『雷獣の血』ルクス・オルリック、南部でトヨヒメを捕縛した『灰姫』エルミラ・ロードピス、そしてダブラマの国民から支持の多い『魔眼の聖女』ベネッタ・ニードロスが同行していると予想されます」
「いやぁ……その面子相手に飛び込むのは無理だな。大蛇様だって首一つじゃきついんじゃないのか?」
「恐らくは……楔と連絡をとりますか?」
「そうしとけ。場合によってはこの作戦は失敗って事で一時撤退しようじゃないの。特に聖女様がきつすぎて作戦が成立しないだろこれ」
男はため息をついてまた寝転がる。
それどころか酒瓶を置いて毛布を被り、完全に寝る態勢へと変わった。
「しばらく動けないだろうから俺は寝るわ……帰郷期間内に他三人がどっか行くのを祈ろうや」
「では我々は引き続きトランス城の見張りを続け、随時報告を」
「あー、程々にな。聖女様の目に引っ掛からないようにしろよ。あれがいっちゃんきちい。後は作戦実行に備えてみんなちゃんと寝とけ寝とけ。君、隊長にもそう言っといてくれる?」
「ははは! そう伝えておきますグライオス様、ではこれで」
「あいあい、おやすみ……あー、危険指定の情報見とくからそのリスト置いてって」
「了解しました」
グライオスと呼ばれた男の部下は手に持ったカンパトーレの危険指定のリストをベッドのわきに置いて部屋を出る。
グライオスは寝転がりながらリストを手に取り、ぺらぺらとめくった。
「魔力の怪物、か……」
カンパトーレの魔法使い――グライオスはアルムのページに辿り着いてめくる手を止める。
アルムのページを見るその視線は先程までの気怠さも酔いが回った様子も無い。
射殺すように鋭く、それでいて敵に向けるには複雑な感情が含まれていた。




