710.非公式招集2
「……流石だ。ファニア殿が言った通り、俺様が望む人物が揃ってる」
モルドレットと名乗った人物――魔法生命はひりついた空気に満足そうに頷いた。
今にもその首に刃がごとき魔法が飛んできそうな戦意の渦の中、口元で小さく笑う。
「羨ましいぞカルセシス殿。流石は魔法大国と呼ばれるだけある」
「我が国自慢の魔法使いの卵だ。とはいっても、俺が何かしたわけではないから自慢にはならんがな」
「謙遜するな。教育というのは土台と体制が健全でなければ成り立たない。魔法使いという在り方を先人が目指し、改善を重ねた結果だろう。
ほとんどの者が俺様の正体を明かした瞬間、意識が切り替わった。死線を潜ってきた者の目だ。俺に向けられる戦意は礫のようではないか」
ミスティは姿勢を崩さず冷淡な視線をモルドレットに向けており、ルクスとエルミラはすぐに魔法を使えるように魔力を渦巻かせ、ベネッタは杖を握り、カルセシス達を守るために意識を割いている。
ラーニャにも動揺は見えず、妖精が周囲を飛び交い、護衛であるエリンも剣の柄に手をかけていた。
「唯一、お前だけが俺様に戦意を向けていないな。黒髪の」
そんなミスティ達よりもモルドレットが目を引いたのはアルムだった。
ただ一人、敵意も戦意も視線に宿す事無く観察しているように見える。モルドレットの言葉で会議室に集まった全員の視線が一瞬アルムに集まった。
問われて、アルムは当たり前のように語る。
「向ける理由がまだ無いですので」
「ほう? 俺様が魔法生命だとしても?」
「はい」
「マナリルもガザスも"最初の四柱"の被害を受けているはずだが? 何故だ?」
聞かれて、アルムは何故と言われてもと言いたげな表情を浮かべながら答える。
「魔法生命でも俺達の味方をしてくれる連中はいるし、人間でも俺達の敵として立ちはだかった奴等はいる。あなたが魔法生命である事には確かに驚いたが……俺にとってはまだ戦意を向ける理由にはならない。一番大事なのはあなたが味方か敵かどうかでは?」
表情を変えず言い放つアルムに会議室がしんと静まる。
切り裂いたのはモルドレットの堪え切れない笑いの声だった。
「くっくっくっく……! なるほど、こいつがアルムか。確かにそこらの童貞共とは違う」
モルドレットが満足そうにしていると、アルムは怪訝な表情を浮かべる。
「いや、俺は童貞だが……?」
「真面目に答えなくていいわ!!」
耐え切れずツッコミを入れてしまったエルミラの顔は少し赤い。隣に座っていれば頭を叩かれていただろう。
よく見ればミスティも顔を赤らめていて、ルクスは苦笑いを浮かべている。
そんなやりとりのおかげか、図らずも張り詰めていた空気は緩んでいった。
「話は聞いている。俺様がネレイアと対立している間に……大百足と大嶽丸を葬った者がこのマナリルにいると」
「じゃあ、あ、あの男が……いや、あの御方が……!」
「そうだチヅル。お前は人を見る目をもう少し養え。ただ者でない事くらいわかるだろう。まぁ、少し抜けている人間ではあるが」
モルドレットの横に控えるチヅルはぽろぽろとくすんだ橙色の瞳から涙を零し始める。
チヅルは学院で拘束されていた際、アルムと顔こそ合わせているが名前と一致はしていなかった。学院で交わした協力の条件の通り、大百足を倒した人物としてチヅルはようやくアルムと顔を合わせる事になった。
「我が従者の粗相を許してくれ。チヅルは大百足に故郷を土地ごと滅ぼされていてな。常世ノ国に流れ着いたミレルの事件の記事を見てずっと礼を言いたいと言っていたのだ。今回マナリルへの侵入と交渉を志願したのも、どちらかというと仇討ちをしてくれた人物を一目見たいという欲のが強かったろう」
「そんな事……ない……!」
ここが会談の場であるからか、袖でぐしぐしと乱暴に涙を拭うチヅル。
自分の感傷で話を滞らせたくないのだろう。
そんなチヅルの思いを汲んでか、モルドレットは話を進める。
「こいつのように魔法生命に滅ぼされた常世ノ国の生き残り……それが俺様達であり、俺様はその長だ。最近までネレイアに支配されていたのもあって、人数は少ないが、長く対立していただけあって情報は貴殿らより遥かに持っている事は約束しよう。
カルセシス殿。俺様にその目を使ってもいいぞ。呪法の影響はない」
「……信じる事にしよう。ラモーナ、もしもの時は頼む」
「お任せ下さい」
ラモーナに一言告げると、カルセシスの瞳が金色から黒色に変わる。
これこそが今回最小限の護衛と人物だけがここに呼ばれた理由だった。
「まず説明しなければいけないな。宮廷魔法使い全員による感知魔法の展開と会談というにはあまりに最小限の人数だけの場になったのはこれが理由だ。
この俺カルセシス・アンブロシア・ルベールが有する血統魔法の力を使うからに他ならない」
「王族の血統魔法……四大貴族にも秘匿されているあの……?」
「そうだミスティ。常世ノ国の長であるこの者は魔法生命……魔法生命の被害が多いマナリルではその言葉を手放しに信用するわけにもいかない。だが情報が少なすぎるせいで我が国が身動きがとりにくいのもまた事実。ならば確実に情報を信用するためにと、俺の血統魔法を介する事にした。
今まで魔法生命に対抗してきた信頼に足る君達と……ラーニャ殿をな」
他国とは違い、マナリルの王族であるカルセシスの血統魔法は秘匿されている。
四大貴族どころか宮廷魔法使いすら知らぬ者も多い中、この場に集まる者には公開するというのだからカルセシスがどれだけ魔法生命の情報について重要視しているかがわかる。
ラーニャもまさかカルセシスの血統魔法が知れるとは思わず驚いているようだった。
「我が血統魔法は常時放出型の魔眼【栄光はこの真実と共に】。瞳の色によって人の心情や真実を見抜く血統魔法だ。
今の黒の瞳はその発言が真実かどうかを見極める力を持つ。この力を使い、常世ノ国の長であるこの者の情報が嘘かどうかを判定する」
カルセシスは自身の血統魔法の力を開示するとモルドレットのほうを向く。
「貴殿を疑っているようで悪いが、マナリルは魔法生命の出現も多く特に情報が少ない。この国の長としても必死なのだ。マナリル王族の血統魔法を開示したのが信頼の証だと思ってくれると助かる」
「問題無い。これで同盟を結んでもらえるのなら、国とも呼べない有象無象の集団であるこちらとしては貰いすぎなくらいだ。ネレイアと対立していた頃に比べればただ疑われるだけなら優しいくらいだとも」
カルセシスもモルドレットも互いに納得した上でこの場は作られている。
互いに疑うのは当然。だが互いに手を結びたい状況なのも間違いない。
魔法生命と人間であっても、歩み寄り方は変わらない。互いに有益さと誠実さを示し合うのが最初の一歩である。
「聞きたい情報は何でもというわけにはいかないが、答えられる質問には答えると誓おう。その代わり……こちらが欲しい情報にも答えてくれ。ずっとネレイアに見張られていたものでね。常世ノ国には情報がほとんど入ってこなかった。情報が足りないのはこちらも同じだ」
「じゃあこれはみんな疑問に思ってるだろうけど……"最初の四柱"が何で人間側についてるの?」
遠慮なく切り出したエルミラの問いにモルドレットは頷く。
そりゃ当然の疑問だ、と言いたげに。
「さっきも言ったが、俺様は元人間の魔法生命だ。そのせいか……他と違って人間を餌として見れなかったし、霊脈を喰らうという感覚も無かった。ただそれだけだ。ほとんどの魔法生命が間違っているとは思えないが、だからといって虐殺を見過ごすほど割り切れるわけでもなかった。だからつい人間を助けてしまったってわけだ。
要するに、甘ちゃんだったのが最大の理由だな。そういう魔法生命は弱い……だからネレイアと対立して、常世ノ国に残ったままだったのさ」
「弱いって……"最初の四柱"なのに?」
エルミラの疑問はもっともだ。今まで見てきた"最初の四柱"はどれも怪物。
エルミラは大百足と遭遇した時の恐怖は忘れられない。人生で初めて死を覚悟した瞬間があの時だった。
「そりゃそうだ。貴殿らも魔法生命と戦ってきたのなら魔法生命がどうやって"現実への影響力"を底上げするかわかっているはずだ。
人間も霊脈も食っていない鬼胎属性の魔法生命が全盛期の力を取り戻せるはずがない。"最初の四柱"だから他の魔法生命より地力があるにはあるが……大百足や大嶽丸みたいな本物の怪物には全く届かないし、一対一なら今残っている魔法生命達のどれにも勝てないだろうな」
暗に自分は貴重な情報源ではあるが、戦力としては期待するなと強調するモルドレット。
鬼胎属性の魔法生命が"現実への影響力"を取り戻す方法は主に三つ。人間や霊脈の捕食、霊脈の接続、人間の恐怖の三つだ。どれも行っていないモルドレットは確かに怪物とは程遠い魔法生命なのだろう。
「俺様以外にも人間に味方した魔法生命がいたはずだ。魔法生命を復活させていた魔法組織コノエも一枚岩では無かったからな。ほとんどが人間の敵だが、中立を選んだ者も、人間の味方を選んだ者もいる」
「あなたは味方を選んだ、と」
「そうだ。まだこの場では信じられていない者もいるだろうがな」
モルドレットの言う通り、まだモルドレットを信じている者はほとんどいない。
それを十分理解しているのか、モルドレットはマナリルが最も欲しい情報であろう話を切り出す。
「だからこそ信用してもらうためのこの場だ。まずは弱者の立場である俺様達が同盟相手として相応しいかを情報で示さなくてはいけないな。まずは貴殿達が知りたいであろう大蛇という魔法生命について知っている事を伝えよう」
モルドレットは少し間を置いて語る。
「……単刀直入に言おう。大蛇は、人間には斃せない」




