708.探偵は無理みたいです
「アルムが浮気!?」
「アルムくんが浮気!?」
「しっー! しっー!」
人気のない図書館前でエルミラとベネッタの声が響く。
フロリアが慌てて人差し指を口に当てて静かにするようジェスチャーをすると、二人は慌てて自分達の口を塞いだ。フロリアの隣にはネロエラと、面倒臭そうに一緒にいるグレースもいる。
フロリアは悩んだ結果、昨日の夜アルムとフレンが抱き着いたシーンと尾行で見た待ち合わせの事をミスティに直接知らせるのではなく、一番近い友人である二人に話す事にした。
ミスティはいつも校門前でアルムを待つために残る。そこで二人となったベネッタとエルミラを校門の先で待ち伏せしたのだった。グレースはついでに捕まった。
「私達三人、昨日の夜見てしまったのよ……アルムがピンク色の髪した女と抱き合ってる所を……!」
フロリアの言葉にネロエラはこくこくと頷くが、グレースは眠そうに欠伸をしている。興味が無いのか関わりたくないのか……恐らくは後者だろう。
ピンク色の髪と言われてエルミラは首を傾げる。
「アルムの知り合いでピンク……? マリツィア……?」
「それはないよー。マリツィアさんはアルムくんの事は狙ってないもんー。それにマリツィアさんが来てるならボクが気付く気付くー」
「それもそうよね……誰かいたかしら……?」
「ほら、二年のフレンさんじゃないー?」
「あー! あの子も確かにピンクだわ!」
すぐ思い出せないのも無理はない。ロベリアとライラックを通じて何度か会っているアルムと違い、エルミラとベネッタはあまりフレンと関わりが無い。フレンとまともに会話したのはネレイアが起こす大津波を止めるためにマットラト領を拠点にしていた時くらいなものだろう。
だからこそ、二人には疑問が残る。
「それは……何かの間違いじゃない?」
「うんー、フレンさんそんな感じの子じゃないよー?」
「アルムから言い寄るって事はもっと有り得ないだろうし……」
「確かに昨日の夜、ボク達もそんな話はしたけどねー」
「あれは半分冗談みたいなもんだったし」
ミスティ含めた三人で過ごした昨日の夜、確かに浮気について話したものの……あれはアルムの常識と価値観がずれている事を誇張したジョークのような話題だった。
真面目に語るのであれば三人共アルムが女性に言い寄る姿は想像できないし、アルムが言い寄られるがままミスティ以外と関係を持つのも想像できない。
あるとすればマリツィアのような腕利きに無理矢理そういう状況を作られる、くらいなものだが……多少とはいえ知っている相手なのでその可能性も有り得ない。
「私もそんな事する男とは思ってはいないけど、確かに見てしまったのよ!」
とはいえ、フロリアが嘘を言っているようにも見えない。ミスティが悲しむような嘘をつく人間ではないのはよくわかっている。
何か事情があるのだろうか、とエルミラとベネッタは頭を悩ませる。
「ほら、だから勘違いなのよ。もういいでしょ?」
「あなたはどうでもいいからでしょうグレース!? 万が一本当に浮気だったらミスティ様が悲しむのよ! そして本当に浮気だったらアルムがミスティを裏切った事になるわ! そんな事をミスティ様が……ミスティ様を……悲しませたら……! 許してなるものか……!」
「途中から趣旨変わってるじゃない」
ミスティへの愛ゆえに少し暴走しかけるフロリア。
グレースは心底面倒臭そうに眼鏡をかけ直す。まだ目が完全に開いてない。
「それに本当に浮気でも不倫でも本人同士の問題じゃない……あんたが怒っても引っ掻き回して迷惑なだけでしょ」
「くっ……グレースったらそんな正論を……!」
「あ、正論ってわかってるんだー」
「意外に冷静じゃない」
早く終わらせたいだけのグレースの正論にフロリアはぐうの音も出ない。
ネロエラはそんなフロリアを哀れむような目で見ながら筆談用のノートにペンを走らせる。
《さっきミスティ様に報告すべきかどうか悩んでた時に一周回って冷静になったみたいだ》
「なるほどねー」
「アルムがもし本当に浮気してたら許せないって感情でぐちゃぐちゃしてるわけだ」
実際フロリアもどうしたらいいかわからなかったからエルミラとベネッタに相談しようと思ったのだろう。
不確定な情報でミスティを悲しませたくもないが、もし本当だった場合に備えて意見を貰いたいというせめぎ合いが生んだ折衷案といえなくもない。
「仕方ないでしょう? あんな所見かけたら……もしミスティ様を傷付けるような事をしているのかと思ったら心の中がぐつぐつと煮えたぎって――」
「ん? 朝から図書館で何やってるんだ?」
その声にフロリアがばっと勢いよく振り返る。
声の主は話の中心人物の一人でもあるアルムだった。制服の上着を抱えるように持ちながらエルミラ達のほうへと歩いてくる。
そしてその後ろには自分が話題の中心になっているとは思いもよらないフレンが着いてきていた。
「お、おはようございます先輩方!」
緊張した面持ちでエルミラ達に朝の挨拶を投げかけるフレンに、フロリアの表情が強張る。
どう対応したらいいのかわからないのだろう。他の全員は特に気にする事無く朝の挨拶を返している。
どう話を切り出したものか。本人が二人目の前にいるとなると聞き出したい衝動に駆られていく。
「アルムくん、フレンさんと何してたのー?」
(そんなストレートに聞いちゃっていいの!?)
何の含みも無いベネッタの質問にフロリアははらはらと内心で焦る。
アルムが嘘や誤魔化しが苦手なのはここにいる全員がわかっている。今聞けばほぼ確実に真実がわかるのだが……フロリアにはまだ真実を聞く覚悟が出来ていない。
もし……万が一本当にやましい事があるのだとしたら――!
「ああ、昨日の夜フレンに相談されて魔法の練習に付き合ってたんだ」
「はい、噂通りアルムさん教えるのが上手くてびっくりしました! ガザスの留学メンバーになれなかったのが不安で迷惑を承知でご相談したんですけど……そんな不安も紛れました!」
アルムのやましい事などあるわけない普通の表情と、フレンの明るい表情がフロリアの疑心を照らした。
嘘を言っているわけでも、誤魔化しているわけでもないとわかる二人の様子がフロリアを固まらせる。
「ほら……だから言ったでしょう」
そう言われながらグレースに肩を叩かれると……しっかり自分の誤解だった事を突き付けられたかのように、フロリアは冷や汗をだらだら流しながら腕を組む。
「そ、そうよね! あのアルムがそんなはずなかったわ!」
「俺……? 俺がなんだ?」
「ううん、何でもないから気にしないで! あははは! 皆様お騒がせしました! じゃあ私はこれで!!」
フロリアはいたたまれなくなったのか急いでその場を離れようとするが、その肩を一つの手が力強く引き止める。
フロリアが振り返ると肩を掴んでいたのはネロエラであり、事前に書いていたのか筆談用のノートをフロリアのほうに見せてきた。
《フロリア……一緒に正直に謝ろう?》
「……はい」
その文字とネロエラの表情を見たからかフロリアは観念し、よくわかっていないアルムとフレンの二人に全てを話して謝罪する。
フレンには顔を赤くしながら逆に謝罪されてしまい、アルムには呆れながら、いくら俺でも浮気が駄目な事くらいわかるよ、と苦笑いをされてしまった。
「ご、ごめんなさい~!」
誤解された二人が一番困ったような表情を浮かべていたのが一層申し訳なく思わせたのか、フロリアは改めて二人に謝罪する。
こうして人騒がせな誤解はミスティに伝わる前に無事解決したのであった。
王都アンブロシア・王城執務室。
次期王妃であり側近である宮廷魔法使い筆頭でもあるラモーナは一つの通信を通信用魔石から受け取った。
会話の間、マナリル国王カルセシスは厳しい表情を浮かべながらその通信が終わるのを待っている。
感知魔法や魔法生命の能力による盗聴の警戒か、暗号混じりの会話が短く終わると……ラモーナはすぐさま座るカルセシスのほうへと振り向いた。
「カルセシス様、一時通信が途絶えていた宮廷魔法使いファニア・アルキュロスから連絡がありました」
「そうか、部隊に損耗は?」
「ないようです。現在は常世ノ国の残党を纏める王と共に王都へ向かっているとの事」
「ではあのチヅルという者は本当に敵ではなかったという事か」
「いえ、それが……」
「何だラモーナ?」
困った様子のラモーナはこそこそとカルセシスに耳打ちする。
側近としても魔法使いとしても優秀であるラモーナが何故困ったのかはすぐにわかった。
何しろ、聞いたカルセシス本人もどうするべきか迷ったからである。
この情報が本当ならば確かに判断に困る一件だ。
「いや、想定するべきだったか……そりゃそんな事もあるか……」
「いかがいたしましょうか? 通信用魔石を介した会談に変更しますか?」
「予定を変える必要はない。どちらにせよ呼ぶ予定だったからな……あいつらを招待すれば問題ないだろう」
「それではすぐに?」
ラモーナが確認するとカルセシスは頷く。
「ああ、アルム達を呼べ。帰郷期間前で多忙な所悪いが……どちらにしろ色々と知る権利があるだろう」
いつも読んでくださってありがとうございます。
謝れて偉い。




