706.美人探偵フロリアちゃん
「いい? 私達には目撃者として責任があるわ。昨日の夜のあれが一体どういう事なのかを調べる責任が……!」
次の朝。ネロエラの部屋では力説しながら自分の制服に袖を通すフロリアがいた。
聞かされているのはこくこくと頷くネロエラと興味無さそうで目をこするグレースの二人。
昨日は三人で放課後を過ごし、あの後解散の予定だったのだが……アルムとフレンが第二寮の前で抱き合っている姿を見てしまい急遽ネロエラの部屋に泊まる事となった。
ネロエラはフロリアの熱量についていっているのだが、朝日が出たばかりの早朝に叩き起こされてグレースは若干不機嫌なようだ。
「……まだ全然寝れるじゃないのよ」
「何言っているの! 遅いくらいじゃない! アルムの動向を見張らないと!」
《そうだそうだ!》
フロリアと一緒に熱くノートに書き殴るネロエラ。
グレースは鬱陶しそうに耳を塞ぐ。
「というか、私達には関係無いんだからいいじゃない……アルムとミスティ様の問題なんだから放っておけばいいのよ」
「ミスティ様の問題だから私達が動くのよ! もしもアルムが本当に浮気していたとしたら殺し……いや、ミスティ様以外の女の子に気があるような素振りがあるなら殺……とりあえミスティ様を悲しませるような事をするなら殺し……とにかく成敗しないと!」
「滅茶苦茶殺したがってるじゃない……」
フロリアの本気の目にグレースは若干引いてしまう。
フロリアがミスティに対して並々ならぬ感情を持っているのはグレースも知ってはいるが、いざ目の前で暴走されるとあまりの熱量に理解が追い付かない。
ともかく冷静さを失っている事は間違いないようだ。抑えようにも、隣のネロエラもアルムの事だからかやる気満々で二対一という構図がグレースのやる気を削ぐ。
「あのね……落ち着きなさい。あのアルムって男がミスティ様に隠れてこそこそ浮気できるような奴に見える? そんな器用な奴じゃない事は私よりあなた達のほうがよく知っているんじゃないの?」
「わからないでしょ……ミスティ様からの告白をきっかけに女たらしに目覚めたのかもしれないわ」
「あなたの目にはそんなケダモノに見えているわけ?」
一応考え直すように言ってみたものの、やはり無駄だったのでグレースは諦める。
なにより……こんな早朝からやる気満々で制服に袖を通してメイクもばっちりなフロリアを止められるわけがない。美人の意思の強さと圧というのは外見に現れるのだろうか。いつもと変わらない平日だというのにやる気に満ち溢れている。
とはいえ、グレースはそれに付き合う気にもなれなかった。
「二人で勝手にやっていて。私はまだ寝るわ。ネロエラ、部屋は勝手に使っていいんでしょ?」
《いいよ》
「ちょっとグレース?」
「あー、ほら、あれよ。私はアルムの事信じてるから。それじゃあおやすみ」
グレースはネロエラの許可を貰うとてきとうな言い訳を残してそそくさとベッドの中に潜り込んでいった。
「何て清々しい棒読みなの……仕方ない。行こっかネロエラ」
《うん》
ネロエラもフロリアに遅れて制服に着替えて、黒いフェイスベールを着けると二人は待ち伏せすべく共有スペースに向かった。
「来たな浮気男……」
共有スペースで隠れるフロリアとネロエラの前にアルムの姿が現れる。
フロリアの頭の中ではアルムがすでに浮気した事になっているのか、アルムを見る目付きが鋭い。
「ま、まだ浮気と決まったわけじゃないだろう」
「ふん……じゃあこんな朝早く出る理由は何?」
「そ、それは……勉強とかじゃないか?」
フロリアの言う通り、学院に行くにはまだ早い時間だ。
二人が共有スペースに隠れてから三十分程しか経っておらず、部屋に残したグレースはまだネロエラの部屋で爆睡しているだろう。
不自然に早い時間であり、昨日の今日である事も相まって疑念はどんどん膨らんでいく。
「そ、それよりこれはばれないんだろうな……?」
「フロリアちゃんの魔法を信用しなさい。こういうのは闇属性魔法の十八番なんだから」
小声で耳打ちするネロエラにフロリアは自信満々の笑みを浮かべる。
二人は今、フロリアの闇属性魔法『見えない嘘』によって共有スペースの角に隠れている。
中位の補助魔法であり、ある程度の声や気配を隠し、肉眼で見えにくくするだけの魔法であるが……下位の感知魔法を欺けるという性質を持つ魔法である。
闇属性ならではの"現実への影響力"を持つ魔法であり、五感を欺くタイプの魔法はフロリアの得意分野だ。
「ふっふっふ……! 無属性魔法に感知魔法は無いからね、アルム相手にばれる事はまずないわ!」
「生き生きしているなフロリア……悪い笑顔だ……」
悪い笑顔を浮かべるフロリアと尾行に罪悪感を感じるネロエラがアルムを観察していると、アルムは一度厨房のほうへと行って朝に似合う香ばしい匂いを引き連れて戻ってくる。
その手にはカップが握られていて、香りの正体はコーヒーのようだ。
「へぇ、意外……コーヒーとか飲むのね」
「た、たまに見かけるぞ」
「そうなんだ……なんにせよ好都合だわ。この魔法香りは誤魔化してくれないから」
アルムはそれ以外には特に何かするわけではなくコーヒーを飲み終わるとカップを片付ける。
厨房でカップを洗ったり、洗面台で歯を磨いたりなどすると……カバンを持って第二寮を出た。ゆっくりとはしていたもののまだ学院に登校するには早い時間だ。
「が、学院の方角じゃないな」
「ええ……ますます怪しいわ……」
学院のほうに向かうと思いきや、アルムが向かう方向は微妙に違う。
路地や街灯に隠れながらネロエラとフロリアは一定の距離を保ちながらアルムを追い掛ける。
魔法で隠れているとはいえ、少し違和感を持たれれば尾行は失敗に終わる可能性が高い。真相を突き止めたいフロリアとしては慎重にならざるを得なかった。
「フロリアはやっぱり凄いな。探偵? とかにもなれるんじゃないか?」
「美人魔法使い探偵フロリアちゃん……話題性としては悪くないかも。助手のネロソンくんと一緒に魔法を駆使して事件を解決していく美人探偵なんて素敵だわ」
「ネロソン……?」
「あ、曲がったわよ……ますます怪しい……どこに行くの?」
やはり学院に向かうのではなく、他に寄り道する場所があるようだ。
わざわざ学院とは違う方向へと歩いていくアルムへの疑念はさらに膨れ上がっていく。
急いでアルムが曲がった通りまで小走りで近付くと、見慣れた大きい建物が目に入った。フロリアとネロエラもお世話になっているベラルタ魔法学院の寮の一つだ。
「こ、こっちは第四寮の方向だな」
「ええ、そうよね……第四寮って今は二年生が使ってるんだっけ?」
「ああ……」
フロリアとネロエラは見えた寮の姿を見ながら、アルムが曲がった通りを覗き込む。
「え」
「っ!?」
フロリアは大きな声を上げかけたネロエラの口を塞ぐ。
表情に現れる驚愕の思いは疑っていたフロリアよりもネロエラのほうが大きい。
二人がアルムの曲がった通りを覗き込むと……第四寮の前で待ち合わせしているかのように立っている昨日見た桃色の髪をした二年生の女子生徒フレンとそのフレンに駆け寄るアルムが見えた。
「ほ、本当に……? まさか本当にミスティ様という人がありながら……?」
「…………」
疑ってると言いつつもどこかでそんなわけないと思っていたのかフロリアも信じられないといった表情を浮かべる。ネロエラも釘付けだ。
何を話しているかまでは聞こえなかったが、アルムとフレンの二人はやはり待ち合わせをしていたようでそのまま一緒に学院のほうへと歩き出す。
疑いが深まった事でこれ以上尾行するのが恐くなったのか、フロリアは二人を追い掛けようともしない。
「ど、どうしようネロエラ……本当に本当かも……?」
「き、昨日と同じ人だったな……」
「そうよね? どうしよう。ミスティ様に何てご説明すればいいのか……」
「何というか……ショックだな……」
「あ……そうよね。アルムが好きなあなたにもショックな光景よね……」
フロリアは混乱しながらもネロエラの頭を撫でる。
ネロエラの想いを知っているからこそ、今は自分の混乱よりもネロエラのショックを慰めなければいけない。
そんな想いでフロリアはネロエラの頭を優しく撫でていると……ネロエラは複雑な表情を浮かべながらフロリアのほうを見上げた。
「ショックはショックだが……どういう形であれ私にもまだチャンスがあると考えれば悪くない気がしてきたような……?」
「いやあなたそれは……。何か本当に吹っ切れたというか……ポジティブになったのね……お姉さん少し複雑だわ……。でもいつか悪い男に騙されそうだからその考え方はやめなさい?」
「やっぱり駄目か」
「ええ、駄目よ」
フロリアはネロエラを窘めると、自分を落ち着かせるように自分の髪をいじりながらどうしたものかと頭を悩ませ始めた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
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