705.アルムに限ってまさかね
「あんたね……手を握るくらいで恥ずかしがってどうすんのよ……」
「み、見られてなければ大丈夫……だと思うのですが……誰かに見られている中手を繋ぐのは恥ずかしいと言いますか……」
「二人きりでも無理そうだけどー……?」
「うう……」
アルム達五人で食事した後、女性陣は第一寮のベネッタの部屋で泊る事となった。
最近は街の復興の手伝いなどが忙しかったというのもあって、このように夜も一緒に過ごすのは久しぶりだ。
三人は同じデザインで色違いのお揃いのワンピース型のパジャマを着て、ベッドの上に座っている。
アルムとミスティとの関係がホットな話題という事もあり、エルミラとベネッタからアルムへの態度について気にされているミスティの姿は弱弱しい。
「思いを伝えてオッケー貰ったからって終わりじゃないのよ? ちゃんと好意が伝わるような態度を示さないと」
「う……は、はい……」
「関係が変わるっていうのは新しい振舞い方を考える契機でもあるんだから。友達の時みたいに仲良いままなのはいい事だけど、それで友達の時とあんま変わらない、なんて思われるのは悔しくない? 女としてさ」
「そ、それは確かに……自分には魅力が無いのかと気にしてしまいそうですね……」
エルミラの言葉に枕を抱きながらうんうんと頷くミスティ。
関係が変わって以来、アルムの前での態度がどこかよそよそしくなってしまう事を気にしていたミスティにとっては含蓄のある言葉以上に有意義なアドバイスだ。
そういった関係に関してはわずかながら、エルミラのほうが先輩なのである。
「エルミラがミスティにって構図なんか新鮮だねー」
「そうね、普段はミスティのほうが基本上だから……って何言わすのよこの子は」
そんな二人の様子を珍し気に見守るベネッタ。
つい口に出てしまった本音は同性である三人だけだからこその遠慮の無さだろうか。
「エルミラもやっぱり振り向かせようって頑張ったんだー?」
「そうよ、悪い?」
「てことは、ルクスくんと二人の時は結構アピールしてるんだねー」
「黙りなさい……いっでしょ別に」
「まぁ、エルミラって結構甘えん坊だもんねー!」
「うっさい! にやつきながら言ってるのが特にうざい!!」
「ら、らっへー」
「うふふふ」
一人だけこういった方面でからかわれる事の無いベネッタは今無敵と言えよう。
にやにやしていたベネッタに耐え切れなかったのか、エルミラはベネッタの両頬を引っ張り上げる。
そんな光景もまたミスティにとっては微笑ましいのか、楽しそうに笑っている。
「やけに私のほうにくるじゃない……喧嘩売ってる?」
「ほら、エルミラがミスティにいってるからボクはエルミラのほうを攻めてバランスとろうかなって……」
「そういう話が一切無いあんたがただ無傷なだけじゃないのよ!!」
「あ、ばれたかー……とれう! ほっへがとれひゃう!!」
エルミラはベネッタの頬をさらに引っ張り、限界まで伸ばす。
そのままとれてしまえと言わんばかりに。
「そういうベネッタはそういう話無いの? あの文通してるガザスのやつとかは? セーバだったっけ」
「へーははん?(セーバさん?) ふんふうはひへるへどああのともだひだよー?(文通はしてるけどただの友達だよー?)」
「くっ……! こいつだけ何の弱点もない……!」
「まぁまぁ、エルミラ……」
ミスティが宥めるとエルミラはようやくベネッタの頬から手を離した。
限界まで引っ張った影響か頬は少し赤くなっており、ベネッタは頬をむにむにと戻している。
「まぁ、とにかく……思い切り関係性を変える必要はないけど、恥ずかしいからって手くらいのスキンシップを避けてちゃ愛想つかされるかもしれないわよって事」
「アルムくんがミスティに愛想を……?」
「ベネッタの言いたい事もわかるけど、ちょっと黙りなさい」
しっしっと手で払うようにベネッタを一旦蚊帳の外にする。
ベネッタの言わんとしている事もわかるが、本題は危機感を持ったほうがいいという話だ。
「あんた自身に愛想つくって可能性は無いだろうけど、恥ずかしいからって避けてたら誤解されるでしょ。相手はアルムなんだし……そういう態度だと自分の事が嫌になったのかって思ってもおかしくないわよ?」
「そ、それは……!」
「あー、それは確かにー。アルムくんって言われた言葉とかやられた行動とかをそのまま受け取るもんねー」
「そうそう。私が言いたいのはそういう事。わざわざ言わなくても、とかわざわざ何かしなくても気持ちは繋がる、なんてお話の中だけよ。
ちゃんと気持ちを伝えあったり、あなたは特別って態度をしっかり示さないと……別の女と浮気なんて可能性だって有り得なくないわ。自分が意外にもてるってわかった男なら特にね」
エルミラの言葉に、ミスティの全身に電流が走るような衝撃が駆け巡る。
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ想像してしまったのだ。アルムが別の女性と手を繋ぐ姿や、腕を組んで二人きりで街を歩く姿を。
ただの想像に過ぎない。普通に考えればアルムに限って有り得ないだろう。
しかし、その想像はミスティの心を揺さぶるにはあまりに破壊力がありすぎた。
「いや……。いや……です……」
自分の想像が想像以上に悲しかったのかミスティはポロポロと涙を零し始める。
エルミラは静かに泣き始めたミスティを見て、ぎょっとした表情で一瞬固まった。
「違う違う違う! 私はあくまで一般的な最悪のパターンを言っただけだから!」
「あーあー……ミスティ泣かしたー……」
「黙んなさい! ああ、もう……」
エルミラは罪悪感を表情に浮かべながらポロポロと涙を流すミスティを抱き寄せる。
ミスティをあやすようにエルミラはその背中をぽんぽんと優しく叩く。
泣かした事に罪悪感こそ抱いたが、ミスティのこんな姿を見れたのは初めてだったので色んな姿を晒してくれる事にほんの少しの嬉しさもあった。
「ごめんごめん……危機感を持たせようと思って言ったんだけど、変な想像させちゃったみたいね……。」
「ごめん、なさい……!」
「よしよしー」
エルミラは背中を、ベネッタは頭を撫でてミスティが泣き止むまで続ける。
少ししてミスティが泣き止むと、二人の前で泣いた事が少し恥ずかしかったのかばつが悪そうに目を逸らしながらエルミラから離れた。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
「いや、元はといえば私のせいだから……悪かったわね」
「いえ、エルミラの言う通り……しっかり好意を示し続けなければそうなってもおかしくはありませんから。ありがたくアドバイスとして受け取らせて頂きますね」
「でも自分で言ってなんだけど……実際アルムが浮気って想像できないし、無用な心配だとは思うのよ」
「そ、そうですよね!!」
力強く肯定するミスティんの横でベネッタは少し難しそうな表情を浮かべる。
「うーん……どうだろうね」
「あんたね……そういうからかい方は流石にたちが悪いわよ」
「いや、違うよー! ミスティを不安にさせようとしてるとかじゃなくてー……ほら、アルムくんの基準ってボク達と違って山での暮らしとか価値観でしょー? もしかしたら恋人とかの価値観もボク達と違うのかなーって思ってさー」
ベネッタの言う事を即座に否定しようと言葉が出かかったが、直前で止まる。
アルムは普段生活している分には大して問題ないのだが、学院に来るまで山で暮らしていた影響か……知識が極端だったり変わった価値観を持っているのは間違いない。
視線が痛いと言えば痛くないぞと真面目な表情で否定し、ホットケーキという食べ物をケーキを温めたものだと思っていたり、娼館は未だに会話相手を作る場所だと思い込んでいる。
狩猟が日常だったからか命に対する価値観も少し違っていて、命を奪う奪われるという事に関しては善悪とは違う場所にあったりと……二年以上暮らしていてもどこかずれていると感じる時があるままだ。
そんなアルムとの記憶が、ベネッタの言葉を即座に否定させてくれなかった。
「まさか……いくらアルムでもねぇ?」
「ほら動物の世界だと一夫多妻なんてよくあるしー……人間だって愛人とか作るじゃんー? 血統魔法を極力外に出そうとするべきじゃない貴族だって妻二人とかやるんだよー?」
ミスティとエルミラは顔を見合わせる。
「いやいや、まさかね」
「ですよね。いくらなんでもあり得ません。……………………よね?」
不安がこみ上げてきたのかうるうると瞳に涙を滲ませ始めるミスティをエルミラはまた抱きしめた。
「遅くなったな……」
五人での夕食の後、アルムはルクスとミスティ達に対抗するように男二人だけで話してから第二寮へと帰ってきた。
もっとも、男二人だからといって深い話をしたというわけではないのだが……。
ともあれ、ルクスと別れたアルムは街灯が並ぶ大通りを歩いて第二寮へとようやく帰宅する。
すると、第二寮の前には見た事のある人物が立っていた。
桃色の髪を巻いた女子生徒……二年生のフレン・マットラトだった。同じく二年生であるロベリアやライラックの友人であり、その二人を通じてアルムとも交流がある。
アルムが帰ってきたのに気付いたのか、フレンは俯いていた顔を上げる。
「あ、アルムさん……」
「フレン? 珍しいな」
ロベリアかライラックと一緒じゃないのか? と聞きそうになったが、あの二人が現在ガザスに留学中であり、ベラルタにいるはずもない。
アルムが駆け寄ると、フレンは目尻に涙を浮かべる。
そしてアルムがどうして第二寮に来たのか聞こうとする前に、フレンはアルムの胸に飛び込んできた。
「アルムさん! 私……わたしぃ……!」
「どうした? 何があったんだ?」
アルムはわけもわからず、飛び込んできたフレンを受け止める。
泣いている後輩を見て、アルムが無理に引き剥がせるわけもない。
困ったように頬を掻いて、フレンが少し落ち着くまで待ってからアルムは第二寮のほうへとゆっくり歩き始める。
「とりあえず中に入ろう。話なら聞くから」
「うう……! ありがとうございます……! ご迷惑なのはわかってるんですけどぉ……」
「そんな事は無い。どうせ今日はもうやることもないからな……けど、あまり遅くまではいさせてやれないぞ。今日はエルミラもいないんだ」
「ずいまぜん……ありがとうございまずぅ……!」
アルムはすんすんと泣くフレンの手を引いて第二寮へと入っていく。
どうしたものか、と少し困ったような表情を浮かべながら。
そんな光景を……目撃した三人の人物がいたとも知らずに。
「……見た?」
「見なかった事にしたい」
「~~~~~~~~~!!」
アルムとフレンを遠くから目撃したグレースとフロリア、ネロエラの三人はしばらく第二寮に入れずに固まっていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ミスティが白。エルミラが黒。ベネッタがピンクです。パジャマの話です。




