703.初めて見たよ
「本当にいいのか? 一緒に来て貰って?」
実技棟を後にして、正門に向かいながらアルムが問う。
アルムとミスティは帰郷期間にスノラに行き、カエシウス家の現当主でありミスティの父親であるノルドに交際の報告をしに行く予定なのだが……ルクス達三人もそれに着いていく予定だ。
アルムは自分達のことでルクス達の予定が決まってしまった事を少し気にしているらしい。
「うん、流石に二人ほど滞在はしないけど一緒に行って報告くらいは付き合うよ」
「あんた達がどうなるか気になるし……私は自分の家に帰りたいわけでもないしね」
「ボクはそもそもカエシウス領に近いしー」
「スノラがそもそもたっかい観光地なわけだし……トランス城に泊めてもらってホテル代浮く分むしろラッキーよ」
「そうそうー!」
「カエシウス家の住まいであるあのトランス城を散策できるんだからむしろありがたいさ。当主継承式の時は限られた場所にしか行けなかったからね」
ルクスもエルミラもベネッタも、スノラに行く事には全く不満は無いようだった。
アルムの心配は考えすぎなようで三人はむしろ旅行気分に近い。
気にかけるべきはこの三人よりもむしろ、今から帰郷期間の話題が出ると緊張してしまうミスティのほうだった。
「る、ルクスさん……エルミラ……お二人の時はどのように……?」
「実はきっちり紹介する前に父上が察してくれてたようで、僕から何か言うような事はしていないんだ。何か僕がいない内にあれこれすんじゃったみたいで……」
「そうそう。だから参考になんないわよ」
「うう……!」
いつもの冷静さも毅然とした態度はどこへやら。
今からアルムとの関係をどう伝えようかと考えすぎてミスティはここ最近余裕が無い。
言うまでもない事だが、紹介するのはミスティだ。
これは家族として両親にというよりも貴族としてカエシウス家へとしなければいけない報告……アルムに言わせるのはそもそも筋が違う。
「普通に私の恋人ですって紹介すればいいんじゃないのー?」
「そんな幸せな事を言って私意識を保っていられるでしょうか……?」
「ボクの見立てだと……五分五分かな……」
「意識って五分五分で保つものなのかい?」
ミスティとベネッタのやりとりについ口を挟んでしまうルクス。
しかし、二人はツッコミ待ちなわけではなく極めて真剣な表情を浮かべている。
「そもそもあんたら恋人っぽい事してるわけでもないんだし……照れる必要とかあんの?」
「恋人……っぽい……」
エルミラに言われて何を想像したのかミスティの頬が桃色に染まる。
横目でアルムをちらちらと見ているが、アルムは首を傾げていた。
「そもそも恋人って何をするんだ?」
そのまま頭に浮かぶ疑問をぶつけるアルム。
わかってはいた事だが、アルムに色恋方面の知識などあるはずもない。
「演劇のためにファニアさんに言われて恋愛系の物語を色々読んだんだが……ラストに恋人になるやつばかりで、恋人が何するのかよくわかっていないんだよな」
「ああ、確かに……君達は今までの関係が過程みたいなものだからね。物語で言う結ばれるまでの過程は終わってるわけだ」
「とりあえずミスティが好きだという事は間違いなく自覚があるんだがな」
「はぅ……!?」
ルクスとの会話の中でさらっと言われたアルムの言葉にミスティは胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
一月経っても慣れない大きくなっていく鼓動の音。言う事の聞かない心拍数。
貴族の仮面すら役に立たない感情にミスティは振り回され続けている。
「うーん……帰郷期間までミスティの心臓がもつか心配になってきたー」
「しばらくは楽しめそうね」
そんなミスティを若干面白がりながら見守るエルミラとベネッタ。
ミスティ自身がいっぱいいっぱいなのでからかいこそしないが、今までだったら見れなかったであろう友人の姿をしっかり目に焼き付けて楽しんでいる。
「参考までに聞きたいが、ルクス達はどんな事してるんだ?」
「何って普通にデートしたり、スキンシップしたり……何をするかというよりも二人でいる時間をより良いものにしたいからって意味合いのが強い気がするかな」
「なるほど」
「……あんたそれ以上恥ずかしい事言ったら殴るからね」
アルムの疑問に包み隠さず答えてくれるルクスのせいかミスティだけでなく、エルミラも照れから少し頬が赤くなっていく。
ルクスはアルムの力になるべく真面目に相談に答えているのがある意味たちが悪い。
「他には?」
「そうだな……二人きりだとエルミラは案外あま――」
ルクスが言い掛けながら横を見ると、それ以上言ったら殺すという目で見ているエルミラ。
こほん、とわざとらしい咳払いをしてルクスは仕切り直す。
「僕達の過ごし方が正しいわけじゃないし、自分達でどう過ごすかを考えてみるのも醍醐味なんじゃないかな?」
「確かに……参考にしても俺達はルクスとエルミラじゃないからな」
「うん、そういう事だね」
アルムは少し考えて、ミスティのほうを向く。
そしてそのまま手を差し出した。
「とりあえず手を繋いでみるか?」
「え? あ……ええと……!」
差し出された手とアルムの顔を交互に見るミスティ。
やがて何かが限界に達したのか、ぷるぷると震えて……そして逃げるように駆け出した。
「皆さんの前では恥ずかしくて無理ですー!!」
「あ、逃げたー!?」
「ちょ、ミスティ!?」
ミスティは凄まじい速度で正門のほうへと走っていく。照れ隠しにしてはあまりに速い。
そんなミスティを呆れながらもエルミラとベネッタが追いかけていった。
「逃げられてしまった」
「ミスティ殿にはまだハードルが高かったみたいだね」
残されるアルムとルクス。
アルムは差し出したままの腕を戻して、特に変わる事無く中庭を歩く。
走り出してしまったミスティは追い掛けた二人がどうにかするだろう。
そんなアルムを見て、ルクスは少し不安に駆られた。
「アルムはミスティ殿みたいに恥ずかしがったりはしないんだね」
「ん? 駄目か?」
「いや、そういうわけじゃないけど……ミスティ殿っていう恋人が出来たっていうのにあまり変わらないというか……。ほら、ミスティ殿の調子がああだからちょっと気になってね」
「恋人として好きじゃないんじゃないかって?」
ルクスは返ってきたアルムの言葉に一瞬怯む。
まるで心を見透かされたような言葉だった。
アルムにそんな事を思わされたのは初めてだからか、喉に何かが詰まったみたいに言葉が上手く出てこない。
咄嗟に取り繕おうとしたが、それもおかしい気がしてルクスは頷いた。
「俺もよくわからない。正直言って何か変えなきゃという気もあまり無いんだ……だから、ルクスに色々聞いたんだけどな。
でも五人でいる時間は変わらず楽しいし、ミスティとの関係が友人から恋人に変わったからってその楽しさが変わったような感じもしないから」
この一月も特別な事があったわけではなかった。
いつもと変わらない毎日をアルムは過ごした。
特別な事は何も起きず、変わった事といえばミスティの様子くらい。
魔法生命の襲撃があったからこそ、余計に特別な事はしなかったのかもしれない。
けれど、アルム自身……自覚している事はある。
ミスティに向ける感情はきっと勘違いなどではないという事を。
「舞台の上で言われた事もされた事も驚いたけど、納得のほうが強かった。なんというか……知らないものに名前を付けられたような気がして、ここにいていいんだって強く自覚した」
「アルム……」
「俺が変わったように見えないなら……きっと、俺はあの日告白されるもっと前からミスティの事が好きだったんだ。だから、俺が変わらないように見えるんじゃないかな」
それは男友達と二人きりだからこそ語ったであろうなんともアルムらしい惚気話。
アルムからそんな話を聞くとは思わず、ルクスはつい気恥ずかしさからきょろきょろと辺りを見回した。
どうやら今の会話を聞いている生徒はいないようだ。
「あー、うん、そうだな……それミスティ殿に言ってあげたら喜ぶと思うよ」
「いや、それはやめておく」
「ん? どうしてだい?」
聞き返すと、 アルムは少しはにかむような笑顔を浮かべながら言う。
「だってほら、ちょっと恥ずかしいだろ?」
その表情を見てルクスはミスティに心の中で謝罪する。
こういう一面もある、と先に知ってしまった負い目と嬉しさで。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ミスティが見たら多分腰抜ける。




