701.先の予定
「お疲れ様ですアルムさん! 今日もありがとうございました」
「お疲れセムーラ。今日も頑張ってたな」
「アルムさん……その、こんな事聞くのは変かもしれませんが……帰郷期間の御予定などはあるんですか? よ、よかったら……私の領地とか……」
ベラルタ魔法学院の実技棟。
大蛇と呼ばれる魔法生命の襲撃から一月程経った頃……ベラルタの街は着実に復興し、平和な日常が続いていた。
アルムはほとんど恒例となった放課後の一年生への魔法指南を終えると、すでに二月以上アルムの魔法指南の場に通っている一年生セムーラ・マキセナから帰郷期間の予定について聞かれていた。
比較的最初のほうから真面目にアルムの助言を聞いていた女子生徒であり、チヅルの襲撃から守った経緯があるからか特にアルムに懐いている後輩の一人である。
「ああ、すまんセムーラ。友達と一緒に行く予定があるんだ」
「そ、そうですか……ですよね……」
セムーラは意を決した誘いが不発になり、目に見えて肩を落とす。
「今回は行けないが……俺はほとんどマナリルの事を知らないからセムーラの領地もどんな所か気になるな。どんな所なんだ?」
そんなセムーラの様子を知ってか知らずか口にしたアルムの問いにセムーラはぱあと顔を明るくする。
「は、はい! その、東部と南部の境目にある町なんですけど、何より大きなリュウキアの滝って言う大きな滝が凄い迫力なんですよ」
「滝か……小さいのしか見たことないな」
「凄いんですよ、滝で出来る虹が綺麗なのもあって自慢の観光スポットでして……」
「セムーラ、アルム先輩の前だといい子ちゃんだよな」
「五月蠅いわよカルロス! 黙ってて! そして向こうに行って!」
「うえ、こわー……ありがとうございましたアルム先輩!」
「ああ、またな」
そんなアルムとセムーラ……そしてじゃれるように絡む他の一年生達との様子を見ながらミスティ達はアルムを待っている。
「また誘われてるわ……あの演劇以来すっかり人気者ね」
「元から慕われてたからね、グレースくんの演劇の効果もあって」
「基礎だけとはいえアルムくん教えるの上手いしねー」
三人はちらっとミスティのほうを見る。
話しているアルムとセムーラを頬を少し膨らませながら見つめているミスティを。
「あんたね……あれくらいで嫉妬しなくていいでしょ……。アルムが誘いを受けたならともかく断ったんだから……」
「していません」
呆れながら諭すエルミラに、ミスティはそっぽを向きながら否定する。
「いや、ミスティ殿……どう見ても嫉妬してるよ」
「くっ……ルクスさんもそちらという事は二対一ですか……」
「してるよミスティー」
「ベネッタまで……。三対一……まだ負けませんよ……!」
「いや、もう負けてる事に気付いてくれる?」
ミスティはぐぬぬと、納得いかなそうな表情でアルムのほうを睨む。
丁度セムーラとの話も終わったのか、アルムはミスティ達のほうを見て手を振る。
すると……先程まで険しかった表情は一瞬で消え、ミスティは笑顔に変わって手を振り返す。
「ちょろいなぁ……この女……」
「な、何を言うんですかエルミラ! し、失礼な!」
「にやにやしながら言っても説得力無いのよ……」
「とりあえずアルムが終わったみたいだから下りようか」
ルクスの言葉で立ち上がり、四人が下に降りると……まだ残っている一年生がやはり気になるのか視線を感じる。
たまにアルムと一緒に教えているのもあって、会釈する一年生も少なくない。
最初は五人だったこの魔法指南の集まりも演劇以降増えて二十人近い集まりになっている。もはやちょっとした教室だ。
他の一年生達の中にはまだアルムが平民だからと見下したり、馬鹿にしたりしている人間もいるものの、この魔法指南の集まりに通っている一年生達の声もあってだいぶ鳴りを潜めている。
しかし、その弊害か宿命か……意見が割れた集団は対立するのが常。
一年生の間には派閥のようなものが出来上がっており、一部の一年生達には相容れない壁があるらしい。
無論、アルムがそんな事を知る由もないのだが。
「お疲れアルムくんー!」
「ああ、待っててくれなくてもよかったんだぞ?」
「だって最近アルムくんずっと放課後ここじゃーん。久しぶりに五人でどっか食べに行こうよー!」
「そうだったか? そうか、そうだったな。すまん」
ベネッタのブーイングに笑いながら謝罪するアルム。
基本無表情なのは変わらないのだが、最近は少し表情もわかりやすくなってきたようだ。
一年生達に懐かれ始めたのはもしかしたらそういった変化のせいでもあるのかもしれない。
「ベラルタの三年生は例年なら王都やら四大貴族の領地やらに出向するのが普通らしいけど……今のマナリルの事態が事態だから私達そんな忙しくないしね」
「色々ごたごたしているからね。それでも指名くらいはありそうだけど」
ベラルタ魔法学院の三年生は普通なら学院にいる事が少ないとされている。
ベラルタの三年生はいわゆる"生き残り"と呼ばれており、すでに魔法使いと遜色無い人材とされていて四大貴族の領地や王都の魔法使い部隊などから指名を受けて仮配属されるからである。
当然優秀であればあるほど多数の指名があり、ベラルタの三年生は卒業後どのような道に進むのかを決めるのだ。
魔法使いとして研究職に就く者もいれば、"自立した魔法"の調査や破壊を行う専門の部隊を選ぶ者、当然当主として領地の運営に専念する者もいる。
そんな風に形は違えど学んだ魔法の知識と技術を国と民のために使う者をマナリルでは総じて……"魔法使い"と呼ぶのである。
「確か……ベネッタは宮廷魔法使いの指名が来ていましたよね?」
「うん、ファニアさんから誘われてるー」
まるでただ買い物に誘われたように言うベネッタに話が聞こえてしまった一年生達の足が止まる。
宮廷魔法使いは王と王城を守るべく王城に配属される魔法使いのエリート集団。
最低限、王城全体を範囲とした感知魔法を長時間展開できる使い手で、かつ向けられる魔法使いの刺客を軽く圧倒する戦闘能力があると判断された者しかその地位に就く事はできない。人生を懸けて感知魔法を極めても戦闘能力が低ければ適正とはされず、戦闘に長けていても感知魔法を使えなければどれだけ望んでも不可能。
当然、下級貴族が気軽になれるような肩書きではない。
その話を聞いた一年生達はすでに盗み聞きというスタンスでもなく、扉付近でアルム達のほうを向きながらがっつり好奇心のまま耳を傾けていた。
「でもボクは昔から治癒魔導士になりたかったから断っちゃってるなー……何度も誘ってくれるからありがたいんだけど……」
「前から言ってるもんねあんた」
いや、なれよ! と口出ししたくてたまらずうずうずしている一年生達の横をアルム達は何てことない顔で通り過ぎていった。
「治癒魔導士の人達のほうからの指名が無いのがなー……悲しい……」
「なんででしょうね……?」
「うう……! 指名も今の所ファニアさんからしかないしなー……」
ベネッタは落胆からかため息をつきながら肩を落とす。
実はベネッタは様々な場所から指名が来ているのだが……ファニアが宮廷魔法使いの権限を使い、他にギリギリまで待ったをかけているのは本人には秘密である。
「そ、そんな事より! アルムくんモテモテだねー?」
「もてもて……?」
「またまたー! 最近、帰郷期間一緒にって結構誘われてるじゃーん」
気を取り直してにやにやとアルムをからかい始めるベネッタ。
アルムはそんな自覚が無いのか首を傾げている。
「ああ……仲良くしようとしてくれているのは嬉しいが、俺達は帰郷期間の予定はもう決まってるからな」
「へへへ、そうだねー!」
「アルムは去年も行ってるよね?」
「そうそう。私達は久しぶりだから楽しみだわ」
エルミラがミスティのほうを見ると、ミスティは顔を赤らめながら俯く。
そして緊張した様子で、何とか口を開いた。
「た、た、た……楽しみですね……!」
いつも読んでくださってありがとうございます。
ほんの少し表情がわかりやすくなったアルムくん。




