幕間 -微妙な昼食-
「エルミラはどうやって魔法を勉強したんだ?」
「あん?」
とある休日。学院も休みで予定もない。
かといって外の陽気に向けて出掛ける気も無く、風に乗った香りに釣られて外に食べに行く気分でもなかった昼時の事だった。
第二寮の共有スペースでぐだぐだと昼食を食べていたアルムとエルミラはひょんな頃からそんな話題になる。
切っ掛けはエルミラから。使えない魔法でも魔法が好きだったからと頭に詰め込んでいるアルムに何で覚えていたかを聞いたからだった。
アルムは育ての親であるシスターと師匠が持ってきた本と師匠から色々と教えてもらったと答え……自然と流れはエルミラのほうに。
エルミラは残ってる食材をてきとうに突っ込んで作ったスープパスタをフォークで丸めて口に運びながら、微妙な表情を浮かべる。味が良くなかったのかそれとも嫌な記憶を思い出したからか。
「……最初は家庭教師がいたけど、途中からは独学かしら。本読んで試してをひたすら繰り返してって感じよ」
「途中から……? 優秀だったから途中から家庭教師がいらなくなったのか?」
「あんたロードピス家がどんな貴族か忘れてるでしょ?」
「どんなって?」
エルミラは呆れた顔でフォークをアルムのほうに向ける。
「ぼ・つ・ら・く・き・ぞ・く! 思いっきり落ちてんの! 金が無かったの! 途中から財産が尽きて単純に雇えなくなったの!」
「あ、すまん……そうだった」
「まぁ、このエルミラ様がそれなりに才能あったからなんとかなったけどね……基本は雇ってた家庭教師から教わり終わってたから、後は自分次第って所まではできてたし」
ロードピス家は没落貴族。領地も無ければ金も無い。
となれば、魔法を教えてくれる家庭教師を雇い続けられるはずもない。
エルミラが教わっていたのは血統魔法を受け継ぐより前であり、そこからは独学だったと語る。
そこまで言うと、アルムは再び疑問を投げかける。
休日の穏やかな昼時の、何気ない雑談の延長として。
「両親からは教えて貰わなかったのか?」
「――――」
アルムの言葉でフォークでパスタを巻くエルミラの手がぴたりと止まる。
一瞬、苛立ちが湧きあがりそうになるが……自分はアルムに何も話していない事を思い出す。
ベネッタには秘密にしてと言ってあるし、ルクスやミスティは他人のあれこれを勝手に話すような人間じゃない。
なによりアルムにとっては当然の疑問だろう。アルムと違って、エルミラは貴族なのだから。
「没落したって言っても両親は普通に貴族だろうし、時間がある時に教えて貰わなかったのか? それとも忙しくてそんな感じじゃなかったのか?」
悪意の欠片もない表情にエルミラの力が抜ける。
単純な好奇心から来る質問だろう。それも家族との関係を知りたいわけではなく、エルミラの魔法の技術が培われる過程を知りたいだけの質問だ。
アルム本人はエルミラのデリケートな過去に触れているとは微塵も思っていない。
「教わってないわよ」
「へぇ」
エルミラが端的に答えると、案の定アルムはそれ以上深くは聞いてこなかった。
いつもの無表情でエルミラと同じスープパスタを食べている。エルミラのようにフォークで巻いたりはしないが。
「……何か隠してるのが馬鹿らしくなってきた」
「ん? 本当は教わってたのか?」
「いや、そっちじゃなくて」
「じゃあどっちだ?」
エルミラは呆れたようなため息をつく。
何で隠してたんだっけ?
いや、言わなかっただけかとアルムに両親の事を語る。
「私ね、子供の頃……母親に出て行かれてるのよ」
「そうだったのか」
「ええ、金にしか興味無いひどい奴でね……家ごと私を捨てたって感じ? 父親もそれでちょっとおかしくなっちゃって……まぁ、関係がぎくしゃくしてるっていうのかな? だから両親から教わる機会なんて無かったの」
「へぇ……エルミラの家ってそんな感じだったのか」
「ベネッタとかには話してたけど……あんたには話してなかったからね」
今更家庭の事情を話した所でアルムがエルミラを見る目が変わる事が無いのはわかり切った事だった。
事実、アルムの表情は特に変わらない。エルミラを憐れんだり、その境遇を悲しんだりもしていなかった。
傍から見れば冷たいと思うかもしれない反応だが……そうでない事をエルミラはちゃんとわかっている。
アルムに憐れまれる事をエルミラが望んでないのを、アルムは無意識にわかっているのだ。
そんなアルムの様子を見ていると、エルミラが昼食時にする話じゃなかったと後悔する瞬間すらない。
「ま、それだけよそれだけ」
エルミラは手をひらひらさせながら、話を切り上げる。
アルムが過度に同情を見せようものなら苛立っただろうが、アルムらしい反応で満足だ。
「何だか似てるな」
「え?」
フォークを動かしていると、アルムは一言そう言った。
顔を見上げるとアルムは小さく笑みを浮かべている。
「俺も生みの親には捨てられてるから。ちょっと似てるなって思ったんだ」
「……そうね」
ただそれだけの事が、何だかエルミラは嬉しかった。
お互いの苦い過去をそんな風で片付けられる程、自分達の今が恵まれている事をアルムの笑みを通じて改めて自覚したような。
思い出したくもない過去を話したはずなのに……アルムの言葉で昼の陽気に相応しい、朗らかな心持ちに変わっていた自分がいた。
「お邪魔しまーす! あ、いたいたー!」
「お、ベネッタ」
「本当に来たわね」
そんな二人だけの昼食に、元気よく突入してくる声があった。
玄関ホールからお土産のケーキの箱を持って第二寮に突入してくるのはベネッタ・ニードロス。
共有ホールのテーブルに座っている二人を見て、とてとてと駆け寄ってくる。
「スープパスタ作ったのー? いいなー! ボクも食べたいー!」
「別にいいが……」
「いいけど……」
ベネッタが羨ましそうに二人の昼食を見つめていると、アルムとエルミラは微妙に困惑した表情を浮かべる。
「これまずいわよ」
「これまずいぞ」
二人は声を揃えて、目の前の昼食に難色を示した。
お腹の空く昼時だというのに、確かに二人の目の前にある皿の中身はあまり減っていない。
「ええー!? 何で二人してまずいもの食べてるのー!?」
至極当然なベネッタの疑問の横で、アルムとエルミラは顔を見合わせる。
アルムのやっぱりそうだよな、という顔。
エルミラのやっぱそうよね、という顔。
お互いにおいしくない昼食を我慢して食べていた事を理解して、二人はおかしくなって笑い出した。
そりゃ口も滑るわ、とほんの少しだけまずい昼食に感謝しながら。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の幕間となります。




