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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第二部:二人の平民
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73.護衛依頼

 アルム達とシラツユが知り合いなのを確認したヴァンは頼みたい事があると五人を学院長の部屋に呼び出した。

 実際は案内役であったベネッタ以外はほぼ初対面だ。朝会ったアルムですら実技棟でようやく名前と顔を知った程度。

 アルムとエルミラは若干抵抗したが、数の力は強い。

 抵抗どころかむしろ前向きな他三人に押されて結局着いてきてしまった。


「シラツユさんはガザスの研究者だ。まだ十九だが、向こうの国では霊脈研究で期待されてる新鋭の魔法使いらしい」

「らしい?」


 手に持つ数枚の資料を見ながら説明するヴァン。

 説明するにしては曖昧な言い回しが気になったエルミラは首を傾げる。


「シラツユさんがこっちに来る話が出るまで彼女の存在は伏せられていた。優秀な魔法使いを裏で引き抜いたり拉致するのはよくある話だからな。

ガザスはお世辞にもでかい国じゃないからな、どこか別の国に引き抜かれでもしたら泣き寝入りになる可能性は高い。警戒して魔法使いを隠すのは当然だ、だからここの情報もどこまで本当かはわからん」

「今のところあってます」


 ガザスは小国だ。

 マナリルの東に位置する国で、山が多く、海にも面していて自然の恩恵を得られているものの土地が狭く、マナリルには遠く及ばない。

 マナリルの向こうには敵対関係であるダブラマがあり、海を行けば自立した魔法に阻まれて別の土地を開拓する事も難しく、マナリルと友好関係を結ぶ事で国を守っている。

 友好関係ではあるものの、マナリルは多くの魔法使いを抱える大国。

 当然その関係はマナリル主導で築かれている。もしマナリルがガザスの魔法使いを引き抜くような事があれば表立って問題にしたところで有耶無耶にされるだろう。

 裏で示談金を貰えればまだいいほうで、騒ぎ立てた結果関係が悪化するなんて事は万が一にもあってはならないのだ。

 ゆえに小国が優秀な魔法使いを表に出すのはあまりにリスクが高く、その存在を隠すのだ。

 名前を出すのは他国への威圧。

 名前を隠すのは他国への抵抗。

 優秀な魔法使いの存在は晒しても隠してもその国にとっては大きな力となる。


「今回は研究の為と彼女が強く希望してこっちに来られたんだ」

「霊脈は実際に見なければ調べることもできませんから、自国の霊脈だけ調べていても進展しませんのでやらせてほしいと」

「凄いですね、その歳で……」

「へへ……」


 シラツユについ感嘆するルクス。

 この若さですでに研究の第一線にいる魔法使いへの素直な称賛だ。

 ルクスに尊敬の視線を向けられ、シラツユは照れて頭をかいている。


「学院長は?」

「色々向こうから条件出されたから学院長は俺とベネッタに仕事押し付けて王都に行ってる。ベネッタ、帰ってきたら殴っていいぞ」

「はは、遠慮しますー」


 ベネッタは冗談と捉えたようだが、肝心のヴァンの目が笑ってない。

 恐らく本気だっただろう。


「そんで、お前らに頼みたい事ってのはシラツユさんの護衛だ。学院側から正式に依頼として出す」

「私達に、でしょうか?」

「言いたい事はわかる。現役の魔法使いにさせろって事だろう?」

「はい」


 ミスティほどにもなればそこらの魔法使いにも技術で負けない自負はある。

 だが、そのミスティとて今はまだ魔法使いの卵。

 そんな卵に他国からの客人を任せるのは流石に荷が重いのではと、ミスティは珍しく不安そうな表情を浮かべる。

 ヴァンはそんなミスティの疑問に答えた。


「この前の事件――【原初の巨神(ベルグリシ)】の災害は覚えてるな?」


 ここにいる五人が一生忘れるはずがない。

 ダブラマの刺客と裏切ったマナリルの魔法使いによって引き起こされ、初めて魔法使いとして国の防衛に関わる事になったのだから。


「ダブラマの一件もあって、そこらの魔法使いにはダブラマの息がかかってる可能性がある。息がかかってなさそうなでかい家は他国の警戒で動かせない。情けない話だが、他国の客を任せられるほど信頼できる魔法使いをすぐに選ぶのは時間がかかりすぎる。

そこで経験は浅いが、能力は高い学院の生徒が護衛の候補に挙がって……俺が信頼するお前らを呼んだわけだ」


 なら上級生のほうがいいのでは、とは誰も言わない。

 生徒にスパイがいた事はアルム達が一番よく知っている。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】の一件で直接事態の収拾にあたったのは生徒の中ではこの五人だけ。

 あの事件が無ければ上級生も当然候補に挙がっただろうが、確実にダブラマの息がかかっていないと断言できるのは事情を知ってるヴァンにとってアルム達だけなのだ。


「なるほど……ありがとうございます、お話はわかりましたわ」


 マナリルがアルム達の功績を隠している以上、他国の魔法使いであるシラツユに話すわけにはいかない。

 それをわかっているからこそ、ミスティも余計に話が膨らまないように引き下がった。


「それにしても五人も必要なの?」

「ダブラマの件関係なしにマナリルでは魔法使いによるものと思われる事件は起きてる。万が一に対処する為にもある程度の数は必要だ。

国に背く研究、魔法を使っての資産の強奪、土地の破壊、魔獣の姿が消えたなんて事件も確認されてたりする」

「……最後のはいいことじゃない?」

「人を害する魔獣が消えるのは確かにいいことだが、誰かの仕業だとすればよからぬ目的を持って動いてる可能性がある。そういう意味で事件だな」

「ふーん……」


 確かに誰かがやっているとすれば不気味だ。

 数百年以上昔なら人を生贄に捧げる非人道的な魔法研究はざらにある。

 それを魔物で代用して、現代に蘇らせようとしているとすれば確かにぞっとする。

 想像して、エルミラは少し体を震わした。


「まぁ、お前らが思ってるより世の中安全じゃないってことだ。エルミラの言う通り護衛には少し多いが、この学院の生徒に扮するなら多少人数がいても護衛だとは思われにくい。人数揃えて実地で飛び回るなんてしょっちゅうだからな。

もしただの生徒だと侮る馬鹿が釣れたらそれはそれで儲けもんだ。数がいればそういう馬鹿にも対処しやすい。そうだろ?」

「まぁ、確かにそうね……」

「ガザスから出された護衛の条件に僕達はあてはまるのでしょうか?」


 この話を受けるか受けないかの問題よりも前の話をルクスが聞く。

 まず間違いなく護衛の選定は向こうが条件を出している。自国の魔法使いを任せるのだから当然だ。

 その条件に当てはまっていなければいくらヴァンに信頼されていても護衛としては相応しくない。

 ヴァンは資料を数枚めくる。


「ああ、国に直接出された条件は知らないが、こっちに出された条件はやけに少ない。護衛の人数は二人以上、同年代の女性を含むこと、あとは……」

「?」


 途中まで言いかけて、ヴァンは五人をちらっと見た。


「護衛を選定する責任者と護衛以外の人間にはシラツユさんの研究分野及び内容を秘匿することくらいだな」

「……え?」

「少ないだろ? 学院長が呼び出されてるから国側が相当何かを要求をされてると俺は見てる」

「いや、そうではなくてですね……」


 条件が少ないとはルクスも思ったが問題はそこではない。


「三つ目の条件おかしくないー?」

「護衛以外に研究内容は秘匿ってつまり……」

「そうだ、お前らはこれ聞いた時点で断れないって事だ。契約に反するからな」


 さらっと言ってのけるヴァン。

 これには最初ヴァンに付いていくのに前向きだったミスティ達も驚いたようで、各々小さく声が漏れていた。


「は……はめたわね!?」


 そして、真っ先に不満を声にしたのはやはり付いていくのを渋っていたエルミラだった。

 ヴァンは頼みたい事があると言った。

 頼むというのは他人に願い、そして求める事だ。

 本来、頼まれた側にはそれを聞き入れるかどうかの権利がある。

 ある、はずなのだが……


「はめてない。教師としての権限を活用してお前らを逃げられなくしたんだ」

「それがはめたっていうのよ!」


 悪びれることもなく淡々としているヴァン。

 契約を聞けば、五人にこれを断る権利は無い。

 護衛を断ればマナリルはガザスとの契約を一方的に破った事になり、多少とはいえ国同士の力関係が変化する。間違いなくマナリルの悪い方に。

 つまり、これはお願いではなく実質命令。

 他の生徒を調べて信用に値するかを判断してる時間はないと踏んだヴァンの作戦だった。


「悪いがこっちも仕事を押し付けられてて余裕が無い。それにお前らを信頼してるのは本当だ。確かに丁度よかったとは思ったがそこだけは信じろ」


 一言多いが、他国の魔法使いを任されるのは確かに信頼されている証拠であろう。

 エルミラは大きくため息をつき、抗議するのを諦める。


「そんなに嫌ー?」

「騙されたのが気に食わないのよ」

「まぁ、護衛は魔法使いの任務としては珍しくありませんし……経験として考えればプラスですよプラス。

頑張りましょう、エルミラ」

「くう……」


 納得いっていないエルミラの背中をぽんぽんとなだめるミスティ。

 以前これで慰められた記憶もあってか、エルミラの表情に表れていた不満は徐々に鳴りを潜めていった。


「そうだ、潔く諦めてくれ」

「あんたが言うな!」

「よろしくお願いします!」


 一言多いヴァンにまた文句を言ってやりたかったエルミラであったが、笑顔で頭を下げるシラツユを見て諦めた。


「さっきから静かですけど……アルムはよろしいんですの?」


 エルミラも落ち着き、先程からずっと静かなアルムにもミスティは声を掛ける。

 朝に変わった出会いをしてしまったアルムはシラツユに少なからず苦手意識を抱いている。

 それにも関わらず、今まで不満を口に出す気配がない。

 エルミラのように抵抗するかと思えば、口元に手を当てて何か考え込んでいる様子だった。


「その、話を戻して悪いんだが……」

「はい」

「霊脈ってのは何だ?」


 …………。

 先程まで文句を言いたかったエルミラの力も完全に抜ける。

 学院長室に流れる沈黙を持って、シラツユの護衛はこの五人で決定となった。

ここまで読んでくださっている方、そして評価やブックマークしてくださった方、ありがとうございます。

しっかりとモチベーションになっています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 多少国が厳しいと状態だろうが、外国の要人の警護を学生だけに任せるのは異常だし、前回の仕打ちがあり、しかも功績をかすめたった人間が騙し討ちで嫌がる生徒を無理矢理警護につけるのは大国として…
[一言] クソデカゴーレムを前に何もできなかったセンセイと学園長は十分な報酬も払わんくせしてまだ上位者面してんのな…
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