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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ

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699.一息

「それで……さっきの会話って何の意味があったんだ?」


 チヅルとの交渉も終わり、詳しい話はまた後日にという事で解散したアルム達五人はミスティの家に集まった。

 ベラルタが襲撃されたという事で、ラーニャ含むガザスの人間と生徒の接触も制限されたので強制帰宅といった感じだ。

 学院祭も当然中止で、名目上はラーニャも明日ガザスへと帰還する事になる。

 歓待パーティの用意をしていた二年にとっては不憫だが、このような事態が起きて国を空け続けるのは難しい。

 ガザスは大嶽丸(おおたけまる)によってあわや壊滅の可能性もあった国なのもあって、ある意味魔法生命の出現に最も敏感なので仕方ないだろう。


「どっちにしろ俺達は情報不足だからチヅルの情報は必要だっただろ? 何でわざわざあんな回りくどい感じになってたんだ?」


 首を傾げるアルムにミスティは苦笑いを、ルクスとベネッタは口押さえといてよかったという安堵を、エルミラは大きなため息をついた。


「やっぱアルムは喋らせとくより置いておくのが一番ってことね」

「まぁ、アルムはこういうのが弱点というか……仕方ないさ」

「そんな純粋さもまたアルムのいい所ですから」

「うんうんー、何か気が抜けるっていうかー……緊張感無くなってボクは好きだよー」

「……? ありがとう?」


 少し残っていた緊張感は完全に溶けて、普段過ごすような雰囲気に変わる。

 先程魔法生命を撃退した人間とは思えない空気の緩ませっぷりが落差を作り、四人の肩の力を抜いた。


「あのね……その必要な情報のために回りくどくしたのよ。わざわざ私がてきとうな無理難題吹っ掛けてね」

「えっと……だからその意味がわからん」

「そうよね、あんたはいい奴すぎてわからないか」

「エルミラもいい奴だろう」

「いや、そうじゃなくて……」


 呆れ半分照れ半分でエルミラは隣のルクスにバトンタッチする。

 ルクスはラナの淹れた紅茶を一口飲んでカップを置いた。


「アルム、マナリルが他国に比べて立場が上なのは何となくわかるかい?」

「ああ、魔法使いが多いから……? でいいんだよな?」

「うん、後はカエシウス含めた四大貴族っていう安定した強さを誇る家系を維持し続けているからっていう理由もあるかな。他の国が時代によって不安定な戦力の中、マナリルは魔法大国と呼ばれるくらい魔法使いが多く、その質が高い。

なにより平民の暮らしの水準も他国と比べて安定している……強く豊かな国の証拠だね」


 ルクスの説明にアルムは素直に頷く。


「そんな周辺国より立場の高いマナリルが……千人くらいの国と呼ばれるか怪しい集団と対等な交渉や契約を結んだらマナリルは他国にどう映るかな?」

「話が分かるなあって」

「あはははは! アルムくんっぽいー!」

「ベネッタ……笑いすぎです……」

「あいて、ごめんなさい」


 ミスティに頭を叩かれるベネッタをよそに、ルクスの説明は続く。


「アルムみたいに善良で国を動かす立場にいない人ならそう思うかもしれないけど……マナリルの国力が高い事をよく思っていない他国はそうは思わない。

あんな国未満の集団と対等に交渉するなら自分達にもつけ込む隙があるんじゃないか、魔法大国というが国営のほうは案外穴だらけで大した事ないんじゃないか……こんな風に周辺の国がマナリルに対して抱く印象は強い国から、隙がある国に変わると思うんだ。

マナリルが魔法使いの多さと質で見せつけ続けた魔法大国という名前の価値は一気に下がる可能性がある。要は他国に舐められるようになるってことかな」

「ああ……強く思われ続けるためによそには甘い態度をとっちゃいけないって事か」

「そうそう。強く思われれば戦いを仕掛けてくるような国も少なくなるだろう? 血は流れにくくなるし、大規模な戦いが無ければお互い平和に自分の国の人材を育成する事もできるし、研究に専念する事だって出来る」


 それでも実際には小競り合いが起きたりするから理想論だけどね、と付け加えてルクスは話を戻す。


「だから強い立場である学院長は情報が欲しくても下手(したて)になんて死んでも出れなかったし、弱い立場であるチヅルさんのほうは少しでも強い立場であるマナリルからいい条件を引き出そうと情報を出し渋ってたわけだ。

魔法生命の問題は国境を越えて解決する問題ではあるけれど、その問題がたとえ解決し終わったからって、これからはみんな仲良く世界平和ってわけにはいかないからね」

「じゃあエルミラのあれは? あの蛇の名前なんて知る必要無かっただろ?」


 言いながらアルムはエルミラのほうを見る。

 エルミラは自分で説明する気はなさそうに、ベネッタの口にクッキーを突っ込み続けていた。


「おいひー」

「ラナさんが追加持ってきてくれるらしいからどんどん食べていいわよ。あ、なんかちょっと太ってきたんじゃない?」

「何でそんなひどい事言うの!?」

「冗談よ冗談」

「うふふふ……! あははは!」

「今度はミスティが笑いすぎだー! てい!」

「あいた。うふふ、ごめんなさいベネッタ」


 ベネッタの手刀がミスティの頭にぽすんと当たる。

 先程、魔法生命と戦ったとは思えない三人のやり取りを見届けてから、ルクスはアルムの質問に答えた。


「うん、確かにあの魔法生命はそもそも名乗っていたから聞く必要は無かったけれど……相手を折れさせるきっかけが必要だったんだ。だから事前に答えてくれれば信用するし、味方になるって約束をして答えられないような無理難題を引っ掛けたのさ。

シンプルな問題のすり替えだね。別に答えなくてもチヅルさんが貴重な情報源って立場は変わらないけど、信用を得て結託したいマナリル側の質問に答えられない後ろめたさでチヅルさんのほうから折れてきただろう? 向こうだってマナリルの協力は絶対なんだ、情報があっても対抗戦力が無いだろうからね。だからエルミラは折れるきっかけを作ってあげたって感じかな? 今回の交渉で決裂して一番困るのはどちらかというと立場の弱いチヅルさんのほうだからね」

「なるほど……ただ意地悪しただけじゃなかったのか」

「なわけあるか」


 エルミラはベネッタの口にクッキーを突っ込み続けながら不本意そうに抗議の声を上げた。

 さくさくさくさく。リスのようにベネッタは食べ続ける。


「学院長もチヅルさんもお互いに探り探りで交渉の着地点をどうしようか悩んでいたからね。尋問や拷問で無理矢理に情報を引き出してもよかっただろうけど……チヅルさんが全部の情報を握っている感じも無かったし、学院長としても情報が少ないのに無駄な敵を増やすのは得策じゃないって思ってただろうから、話を早めに纏めるためにエルミラは無理矢理ながらもあんな質問をしたのさ。

魔法使いとしてのチヅルさんよりも、人間の部分に訴えるような形でね」

「……二年前のあの事件の記事を大事そうにしてたからね。魔法生命に対して思う所があるのは間違いないだろうからこっちの信用を失う可能性が少しでもよぎったら焦るだろうなって思っただけよ」


 口を開きながらもエルミラの表情に少し影が落ちる。

 話を纏め上げたきっかけになったというのにどこか浮かない。


「こんな風に自分でやっといて罪悪感を感じちゃってるんだから可愛いだろ? チヅルさんの弱みに付け込んだのをちょっと気にしてるんだよさっきから」

「あー……エルミラってそういうとこあるもんな」

「エルミラですもんね」

「エルミラはなー……悪いのは口だけでいい子すぎるからー……」

「うっさい! うっさい!!」

「エルミラ? ちょ、入れふぎ……! うぶっ……」


 照れ隠しなのかテーブルにある残りのクッキー全てをベネッタの口に突っ込むエルミラ。

 ベネッタは頬をパンパンに膨らませながら、ゆっくりとクッキーを咀嚼していくはめになった。

 本当にリスみたい、とミスティが冷静に呟くと噴き出しそうになる。


「ありがとうルクス。とりあえず何が起きてたかはわかった」

「アルムは言葉を聞いたまま捉えちゃうからね。建前とか言葉の裏とかが苦手なのは仕方ないさ。そういう所は僕達がフォローするよ」

「すまん……正直最初のほうくらいしかやり取りの意味がわかってなくてな……」

「アルムは学院に来るまでカレッラにいましたからね……こういった直接的でない会話に慣れていないのも仕方ありません」


 カレッラは山中の村とも呼べない場所であり、人も十人ほどしかいない。

 そも普段の話し相手はシスターと師匠くらいしかいなかった環境だ。

 貴族には当たり前の建前や嘘でコーティングした会話などあるはずもなく、アルムにとってはあまりに相性が悪い。


「でもいつまでもルクスや私達がフォローするってわけにもいかないでしょ」

「ん? どうしてだい?」

「そりゃそうでしょ。ミスティと恋人同士になったんだからこれからはそういう世界にも触れて――」


 エルミラが真剣な様子で言おうとすると、背後からガシャン! と陶器が割れる大きな音がミスティの家に響き渡る。

 アルム達五人がその音がしたほうを見ると……足元に追加のクッキーが乗っていたであろう皿を落とし、割れた事にも気付いていないように呆然としているラナがいた。


「ラナ、大丈――」

「今……ミスティ様と……誰が……恋人同士と仰いましたか……?」


 ギギギギ、とラナの首がゆっくりとアルムのほうを向く。

 怪我が無いか心配するミスティの声すら届いていないようだ。

 ミスティという主人を敬愛しているラナからは考えられない事態。

 ルクスとエルミラは即座にその危険を感じ取る。


「ま、まずいわ!!」

「全員で抑え込め!!」


 そこからは皿の破片が散らばっているのも気にせずアルムに向かっていこうとするラナを抑え込み、宥め、床の掃除をするなどなど……落ち着きとは程遠い慌ただしい時間が流れていった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

次の更新で一区切りとなります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アルム、今年のミスティの里帰りに着いていくはずだけど、義父から魔法攻撃喰らわないよね……? [一言] ベネッタ、水分補給せずに何枚のクッキー食べれたのか気になる(っ ॑꒳ ॑c)
[良い点] 認めてるのに認められない乙女心やらなんやらの暴発がw
[良い点] ラナさんにバレた、、、!!! [一言] 大丈夫?アルムくん、ミスティの家を出禁にされない??
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