696.成長した者達
「【暴走舞踏灰姫】」
「【幻魔降臨】」
エルミラは炎と変わって灰を纏い、敵を踏みしめるヒールの音を響かせる。
アルムは背中に白い翼を、腰から尾を生やし、その姿を変貌させる。最後に現れた純白の剣を握り締めて……白い魔力を纏って煌々と輝いていた。
共に対魔法生命において有効なのを実績で示してきた魔法。
自分の何十倍もある魔法生命を前にして、二人は真正面から迎え撃つ覚悟を魔法で見せた。
聞かされた宣戦布告は少なくとも、人間を軽んじている。
味方となってくれた魔法生命のように共生の意思は皆無。簡単に言えば支配下に置かれろ、という傲慢な要求だ。
二人がすぐさま魔法を唱える理由としてはあまりにも十分すぎる。
『ほう、自身を魔法に変えられるのか。それに……ガガガガ!』
アルムの姿を見て大蛇は笑う。
無理もない。見下ろす人間が突然、自分の側に足を踏み入れているのだから。
『存在の変生、か。まさかギリシャの神罰を自分から行う者がおるとは……まともな精神はどこかに捨ててきたか?』
「あんたに人間の精神を理解できるとも思えないが」
『同じように変えられたラミアやアラクネの生は悲惨の一言だったが……貴様はどうなるだろうな?』
「悪いが、幸福の真っただ中だ」
『ガガガガ。中々の器……なるほど、天敵と呼ばれるだけある』
笑い声と共に大蛇の金色の瞳に黒い魔力光が宿る。
同時に、アルムの黒い瞳にも白い光が宿った。
『【御神渡り】』
「【幻想となれ】」
大蛇は能力を行使し、アルムはその能力の行使を現実となる前に破砕し……起こるはずだった破壊は幻想と現実の狭間に消えていった。
何も起きなかったで片付けるには膨大すぎる魔力の衝突をまるで調整するかのように一人と一柱の間に風が走り、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。
『……ほう』
「『準備』」
「いくわよ!!」
アルムが唱えると同時にエルミラが空に跳ぶ。
灰のドレスを纏い、炎となったエルミラは大蛇に手を向けた。
『炎と変わるその技術は人間にしてはよくやっているが……炎ではな。我等が相手でなければ単体でも勝負ができただろうに』
「"炸裂"」
大蛇はエルミラを取るに足らないと判断して向けられた灰を無視してアルムを睨む。
自分の能力を相殺する膨大な魔力と、それを可能にした存在の変生。
大蛇から見た危険度は今、どこから見てもアルムが突出している。
ミノタウロスの攻撃を鱗でいなしていたように無理矢理突破しようと、灰が爆発するのも構わずアルムに牙を剥こうとするが――
『なに――!?』
「よし……通じる!」
爆発と同時に走る痛みと、焼ける鱗に平静が一瞬崩れる。
致命傷となりはしないものの、黒い鱗は爆発と炎によって焼けており……明確なダメージとなって大蛇の体に刻まれた。
『我等の鱗を!? いかれ女の血筋か!?』
その傷は、大蛇の記憶の中にいる自分と敵対した魔法使いを思い出させる。
曰く……八岐大蛇とは水の化身。荒れ狂う激流そのもの。
人間の灯など一笑に付す存在であり、いくら魔法といえど水に火が効くはずもない。
そんな中、自分の鱗を焼いた魔法使いがいた。
それが創始者。火属性創始者リアメリー・アプラの姿がエルミラと重なる。千五百年前、自分達と戦っていた人間達の姿が。
それは大蛇にとっては今まで眠らなければならなかった理由の一つであり、苦い記憶そのものだった。
「生憎、そんな高貴な血筋で生まれてねえわよ!」
『ガガガガ! 千五百年の眠り……このような才が生まれるのも必然か!』
エルミラが放つ灰と炎を前に、今度は防御態勢をとる。
黒い魔力は炎を防ぎ、爆発を横に逸らす。
大蛇の中でエルミラの危険度が引き上がった証明だった。
「ルクス!!」
「【雷光の巨人】!」
『む――!!』
畳み掛けるように、エルミラが作り出す爆炎の中から雷の巨人が現れる。
十メートル近い雷の巨人は先程ミノタウロスがやっていたように大蛇に掴みかかり、その巨体を街に近付けぬようにと押し返す。
"オオオオオオオオオオオオ!!"
『ガガガガ! ルクスと呼ばれていたな。ミノタウロスを屠っただけはある……だが』
ずるずるずるずる。
大蛇の巨体はうねり、掴みかかる雷の巨人の体に逆に巻き付き……徐々に強くなる力が雷の巨人の"現実への影響力"を削っていった。
『我等を一時足止めするような膂力はあるが……他二人に比べれば人間の域を出んな』
アルムのように異端でもなく、エルミラのような特別でもない。
"現実への影響力"は高いが、普通の人間が繰り出す技術の域は出ていないと。
大蛇はルクスの名前は把握している。ミノタウロスを倒した者であり、魔力残滓となったミノタウロスが最後にとった行動もこのルクスという人間に絆された結果だろうと。
だが……この程度で魔法生命は揺るがない。
雷属性を宿してなお鱗一枚も焼かれず、締め上げている巨人からの抵抗の弱さに大蛇の顔に余裕が浮かんだ。
「そりゃそうさ。僕達に足止め以外の目的はない」
『なに?』
対して、侮られたルクスの顔にも余裕の表情が浮かんでいた。
それは負け惜しみでもなんでもなく……友人への信頼があるからこそ。
「【雷光の巨人】ごとやってくれ、ミスティ殿」
「ええ、了解いたしました」
『かえしうすか――!』
「"放出領域固定"」
三人の後方で魔力を宿す一人の少女。
青みがかった銀髪は風に揺れ、ただの屋根の上を華やかな玉座に変える。
マナリルの四大貴族の頂点カエシウス家の次期当主にしてカエシウスの最高傑作――その血統魔法が顕現する。
「――【白姫降臨】」
大蛇の周囲を一変させる世界改変。
ルクスの要求通り、ミスティの血統魔法は【雷光の巨人】ごと大蛇を氷漬けにする。
今の季節は春と夏の間、大蛇がいるただそこにだけ顕現する冬。
凍った西門と氷のオブジェのようになった大蛇から冷たい空気が吹いてきた。
しかし、ただの人間は氷漬けにすれば戦闘不能だが……魔法生命はそうはならない。
次第に氷がひび割れて……ぴしぴしと崩壊の音がし始める。
『ガガガガ! 所詮は人間が作る程度の世界……我等を数秒止める程度とは、聞いたよりもかえしうすとは大した事がないようだ』
バリバリと氷を剥がしていく大蛇の姿はまるで脱皮のよう。
ミスティの血統魔法でも致命傷を与えた様子はなく、大蛇は止めの上に立つミスティに金色の瞳を向ける。
「ちゃんとルクスさんのお話を聞いていましたか? ルクスさんは先程、僕達、とちゃんと言ったはずですよ?」
ミスティは大蛇に向けてにこっと笑い掛ける。
そう、大蛇が真に目を向けるべきはミスティではない。ミスティのこの圧倒的な血統魔法ですら足止めの一手。
爆炎と灰、そして【雷光の巨人】の巨体に隠れて……着々と魔力を"充填"し続けていた男がいる。
次に"放出"する魔法の"現実への影響力"を高める『準備』の魔法を唱えた後、大蛇を倒しきる魔力を"変換"し続けていた天敵が。
「"変換式固定"」
『これが……!』
爆炎と灰が冬の空気に消えて、大蛇の目にはっきりとアルムの姿が映る。
煌々と輝く白い魔力。アルムの体に刻まれているかのような変換式。
体に渦巻く魔力を完璧に練り上げ、放つに必要なのは魔法名を唱えるだけ。
その手から放たれるのは魔力と魔法の狭間にある曖昧な力。
凍り付いた大蛇を撃ち抜くに十分な魔力によって放たれる無属性魔法の一撃――!
「"魔力堆積"! 『光芒魔砲』!!」
凍り付き、数秒動きを封じられた大蛇に向けて放たれる魔力の砲撃。
全てはこの一撃を大蛇に確実に命中させるために作った流れ。
アルムに花を持たせようと思ってではなく、アルムへの信頼ゆえに作り上げた連携と決着。
対魔法生命の姿【幻魔降臨】で放たれた魔力の砲撃は、容赦なく大蛇の体を包み込んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます。
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