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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第十部前編:星生のトロイメライ
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694.星に座す者

「援護する――!」


 怪物同士の衝突を前にして、状況を見定めていたオウグスが動く。

 ミノタウロスが本当に味方なのか? その確信が持てなかったためだ。

 最初はこの街の子供を狙って動いていた敵。その疑いは当然だ。

 だが、たとえ怪物であっても本気の言葉くらいはわかる。

 かつてこの街を襲っていた怪物は本当に人間の味方をしている。そこにどんな心境の変化があったかなどわかるはずもないが、目的を同じとするミノタウロスがただやられるのを静観する事はできなかった。

 オウグスは魔力を"変換"し、血筋を鍵に歴史を引き出す。

 対人に特化し過ぎた結果、魔法生命と致命的に相性の悪い血統魔法だが……それでも世界改変によって状況を一瞬切り返す事は可能だ。

 しかしオウグスが血統魔法を唱えようとすると、


『否――! 貴殿は退け道化師!!』

「っ――!?」 


 ミノタウロスはオウグスを制止する。

 その瞬間、大蛇(おろち)の牙がミノタウロスの肩に突き刺さった。

 隆起した筋肉によって牙は命そのものにこそ届かないが……変化はすぐに現れる。

 ミノタウロスの肩は牙で噛まれた部分から黒い氷で凍り付いていく。

 鬼胎属性と鬼胎属性。同じ属性を侵食する魔力の氷。

 "現実への影響力"の格差が目に見えて現れる。

 ミノタウロスは両手斧を振るい、大蛇(おろち)の巨体に刃を立てるが……大蛇(おろち)の牙と違ってミノタウロスの両手斧は鱗に阻まれ、鈍い金属音を立てるだけだった。


『ぬああああああああ!!』

『ほう?』


 ミノタウロスは両手斧を投げ捨てると大蛇(おろち)の体を掴み、街から引き離すように前進する。

 勢いのまま大蛇(おろち)の巨体を引きずると、ミノタウロスは大蛇(おろち)を西門近くの城壁へと叩きつけた。


『逃がさぬ! 【暗中の雷閃(ステロペス)】!!』


 ミノタウロスはそのまま自身の体から黒い雷を放つ。

 周囲の地面や石壁に黒い雷が走り、雲無き空に雷鳴が轟く。

 両手で掴んでいる大蛇(おろち)の巨体に流れるが……


『誰が貴様のような牛もどきから逃げると?』

『くっ……! ぐ……ぬあああああああ!!』


 状況は何も変わらない。大蛇(おろち)は舌を見せて笑う。

 せめて宿主がいれば。せめて魔力残滓でなければ。

 未練によって残酷にも残った明確な意思に、有り得るはずがないもしもが駆け巡る。


『いい加減、我等の星から消えるがいい』

『っが……。ひゅ……』


 ――最初から、人間として戦えていれば。

 向けられた赤黒い口内に死を悟り、ミノタウロスは目を閉じる。

 大蛇(おろち)の牙はミノタウロスの太い首に突き刺さり、ミノタウロスの体は数度びくんびくんと跳ねて……放っていた黒い雷は止まる。かろうじて大蛇(おろち)を拘束していた力も腕から抜けて、ミノタウロスはその場に崩れ落ちる。

 大蛇(おろち)はそんなミノタウロスからはすでに興味を失っていて、わざわざ止めを刺す事すらしない。

 ミノタウロスの体はどんどんカタチを失い、星の光のようにただの魔力の粒に変わっていく。


『全く……この身はいつも……後悔と無意味ばかりだ……』


 死に際に、ミノタウロスは夢を見る。

 この世界で出会った好敵手(とも)と肩を並べる夢を見て戦う夢を、生命の欠片が消えていくのを感じながら目を閉じた。



「ミノタウロス!!」



 声が聞こえて、閉じた目を開く。

 最後の力を振り絞って、ミノタウロスは肩越しに後ろを見た。

 大蛇(おろち)と対峙する人間がいつの間にか増えていて……その中に、自分を怪物から人間にした好敵手(とも)を見つける。


『ルクス……オルリック……』 

「ありがとう! 助かった!!」


 たった、それだけ。

 ただそれだけの言葉に自分が再び救われた事をミノタウロスは知る。

 冷たさに満ちた体に、いつの間にか温もりが灯っていて……先程までの後悔はもう気にはならなかった。


『ああ……気にするな。この異界での二度目の生……その一言でこの身はようやく意味を得た』


 ミノタウロスの存在が消えていく。

 核を失い、魔力残滓となってまでこの世界に残り続けた未練は今果たされた。


『勝て……人間よ。貴様らが終わる時は、断じてここではない』


 自身の愚かさに悔いなし。

 最後に人間として生きた怪物は、今度こそこの世界を去った。


『……ようやく消えたか』


 大蛇(おろち)はその消滅を馬鹿にするようにそう言って、現れた四人を見た。


『それで? 今度は貴様らか?』


 ミノタウロスの時間稼ぎの間に、アルムとミスティ、そしてルクスとエルミラが到着する。

 矮小な人間がただ増えただけ……そうして侮るほど大蛇(おろち)は馬鹿ではない。

 自分の眼下にいながら怯えるわけでも逃げようとするわけでもない四人がただの餌と違う事くらいは理解している。


『なるほど、この地に現れた魔法生命への対抗勢力というわけか』

「蛇……でいいのよね?」

「見たままならな」

「なんでもいいさ」


 アルムとエルミラ、ルクスが前に出てミスティが少し離れた家の屋根に立つ。


「学院長……ここは自分達が食い止めます」

「情けなくてすまないアルム……私の魔法ではどうしても魔法生命相手はね……」

「そんな事ありません。街の人や生徒の混乱を収めるにはやっぱり学院長の力が必要です。特に学院のほうをよろしくお願いします。敵に魔法生命ではなく魔法使いがいるとすれば学院長とファニアさんの感知が消えたタイミングを狙っている可能性が高いですから」

「……んふふ。任せてくれたまえ」


 オウグスはアルムの印象が変わった事を感じつつも、そのまま学院に向けて撤退する。


(全体が見えているな……こんなに頼もしい子だったか?)


 アルムの言う通り、魔法生命単騎での襲撃とは考えにくい。

 ここには魔法生命を撃破しているアルム達がいる。そんな中魔法生命はわざわざ中心部から遠い西門に現れたのだ。

 どう考えても囮なのだが、囮だからと魔法生命を無視することができれば苦労はない。無視すれば人が次々と食われていくのだから。

 オウグスは魔法生命を範囲に入れないように感知魔法を唱えなら、急いで学院へと向かった。


『アルム……? 貴様がアルムだったのか』

「自己紹介でもしたほうがいいか?」

『いや結構だ。一先ずの目的は達成した(・・・・・・・)と思ってついな』

「……?」


 満足気な大蛇(おろち)を見てアルムは訝しむ。


『そう怪しまなくてもよい。我等がここに来たのは、確認と宣戦布告のためだ』

「宣戦布告……?」

『そう。魔法生命の天敵と呼ばれる貴様と……この星で繁栄した我等の餌に対してのな』


 餌という発言に反応したわけでは無かった。

 アルムはまだ戦意を出していない大蛇(おろち)相手に何故か身構える。


『我等は卑怯ではない』


 それはこの魔法生命に対する恐怖か。


『我等は欺くことをしない』


 これ以上無いほど真正面からの言葉でありながら、相容れないものを感じ取る。

 悪意のない悪意。

 邪悪でありながら純粋。

 生命として正しく在りながら、存在を否定しなければならない欲望。

 言うなれば、澄み切った呪いだった。


『ただ生命としての格の違いで……この星の頂点を覆そう。短き命を群れという寄せ集めで生き残るか弱き生命達よ。貴様ら人間には早すぎる』


 アルムと大蛇(おろち)の目が合う。

 どちらも退くはずがない。

 大蛇(おろち)は宣言通り、真正面から自分の敵に対して宣戦布告を行った。


幾重(いくえ)にも命を積み上げる無益。星を支配するには醜い宿痾(しゅくあ)に我等が意味を授けよう。

神の器は今ここに。世界を超え、築きし文明を苗床に恐怖の種を撒く時だ。

我等はこの星に永遠を見る。(そら)へと続く天上の空席に我等が立つ。

此度の生こそ我等が天に立つ"存在証明"! 未来永劫手に入らぬ繁栄を今ここに! この【八岐大蛇(やまたのおろち)】の膝元で息衝(いきづ)く事を許してやろう……劣等なる生命達よ!!』


 人間の生存を肯定する傲慢な宣言。

 自身の下で繁栄すらも支配すると語る口には殺戮の牙が陽光を浴びて輝く。

 黒い鱗は宝石のように。金色の瞳は一切の欲望を(たた)えて。

 文明を轢き潰す長い巨体は、命を糧に星に座す。



言祝(ことほ)ぐがいい! 千五百年の時を超えて蘇る真なる神の再誕を!!』



 その怪物の御名を【八岐大蛇(やまたのおろち)】。

 日の本に伝わる怪物の頂点その一角。

 悪神アポピスと同じく千五百年前、創始者達と戦った魔法生命。

 この地を支配すべく現れた唯一の生き残り。

 遠からん者は裸足で逃げ出せ。近くば寄って頭を垂れよ。

 贄の準備は出来ているか?

 人の子よ。そこのけそこのけ。大蛇(おろち)――すなわち(りゅう)のお通りである。

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