72.不本意な再会
「そういえばベネッタさんは何故案内役に指名されたのですか?」
「昨日帰る時に学院長と一緒にいるその人とばったり会って、明日の案内よろしくってー」
「雑だな……」
「大変だったよー、今日も朝早くから連れ出されちゃったしー。すぐにはぐれるしー」
他国から来る魔法使いの案内役に選ばれた経緯としては最もてきとうであろう事情をベネッタから聞きながらもアルム達は図書館近くの実技棟へと移動する。
実技棟に着くと、ルクスが魔石に魔力を通して扉を開けた。
中に入ると、実技棟の中ではすでに魔法が飛び交っており、二階のギャラリー席にはアルム達と同じように一目他国の魔法を見ようと集まった生徒達がちらほらいる。
一階には魔法儀式を行っている二人以外に審判役であろうヴァンが立っていた。
「もう始まってるみたいだね」
「気を散らしても悪いですし、ここから見学いたしましょうか」
入り口の横で五人は魔法儀式を見学し始める。
前髪を綺麗に揃えた長い金髪で体格はすらっと細い少年と、その相手をしているのは小柄で白い髪、そして頭に何か細い布を巻いている少女だった。
金髪の少年は絶えず少女に向けて攻撃魔法を放っているが、それを白い髪の少女は難なく防いでいる様子だった。
「どっちも制服だな。ガザスの魔法使いはどっちだ?」
「あの白い髪の女の人だよー」
ベネッタは白い髪をした少女のほうに視線を向ける。
少女は金髪の少年が次々と放つ水属性の攻撃魔法を悉くその腕に受けているが、ダメージが一切ない。
素手に見えるにも関わらず、その腕は相手の魔法を切り払っているように見える。
「相手してるのはトラペル家の"ラーディス"だね」
「誰よ?」
「ほら、ミレル湖がある……」
「あー、何年か前に"霊脈"で一発当てたとこかー……むかつく……」
「ふふ、エルミラの好き嫌いの基準はそこなんですのね」
「でもあそこ、かなり積極的に魔獣の駆除してて平民の支持はすごいよねー」
魔法儀式している二人に聞こえないよう、四人は小声で貴族トーク。
ミレル湖もトラペル家も当然のようにアルムは知らないので会話に入ることはない。
平民は貴族の情報には疎い。そう、自分は平民だから仕方ないのだと自分に言い聞かせるアルム。
しかし、ミレル湖は平民にも有名な観光スポット兼パワースポットでアルムの故郷カレッラでも知ってる者がいるくらいでトラペル家もそこの領主として有名だ。
アルムが知らないのはただ本人が無知なだけである。
この男の知識はどうしようもなく魔法にのみ偏っているのであった。
「それにしても、ずいぶん簡単そうに防ぐな……ラーディスはそこまで悪くない腕前のはずだけど……」
「なんでしょう。全身を防御魔法で覆っているのでしょうか?」
「いや、獣化だ」
しかし、その偏った知識もこの魔法学院では美点である。
アルムは白い髪の少女が何か魔法を唱えたわけでもないというのに使っている魔法の種類を即座に看破した。
「えー、わかるのー?」
ベネッタが聞くとアルムは頷く。
「部分的に獣化させて魔法を弾いてるんだと思う。魔法が当たる直前に鱗のような紋様が一瞬浮かんでいる」
その言葉で即座に四人ともが少女に注目する。
相手のラーディスが下位の水属性魔法を放つと、数度やっているように少女は魔法を腕で振り払う。
そして魔法が当たるその一瞬だけ、アルムの言う通り白い鱗のようなものが姿を現していた。
「本当ですわね、それによく見ると防いでいるというよりそらしているような……?」
「多分そうだな。属性は光か信仰だろう」
「ボク信仰だけど、あんなことできないよー?」
「そりゃあんただからでしょ」
「あ、ひど……」
ベネッタの非難の目もエルミラは無視。
先程友人でよかったと礼を言われた時とは打って変わってひどい扱いだ。
「ああいう場合、現実への影響力ってどうなるのかしら」
「全身に纏う獣化魔法をわざわざ部分化させてる上に見えなくしてるから相当弱くなってるだろうね。魔法が当たる直前にだけ魔力を通して強めてるんだと思う」
「はへー、器用だー」
声に出しているベネッタだけでなく、四人も少女……いや、ガザスから来た魔法使いに感心する。
他国に派遣される魔法使いだけあって魔法の技術が高いのはこの攻防だけで十分に伝わるくらいだ。
「でも変だな……」
そんな中、ルクスが小声で呟く。
独り言にも思えるその小さな呟きをアルムは聞き逃さなかった。
「何がだ?」
「ああ、いや……ガザスは召喚魔法が主流のはずなんだけど……」
「そうなのか?」
「動物型の人形に乗って戦うガザスの"魔法騎兵"は有名だからね。ガザスからの魔法使いなら当然召喚魔法を使うと思ったんだけど……もしかしたら他分野の魔法もこなせるところをアピールするよう命令を受けてるのかもしれないね」
「あれでか……」
国の事情などアルムはわからないが、普段使わないような魔法を使えと言われたらやはり混乱するだろう。
だが、普段使わない魔法を使っているにしては少女の動きは余りに淀みが無い。
何かを隠しているのだろうか、そんな疑念がアルムの頭をよぎる。
「いや、気にしすぎだな……」
視線の先の少女は友好国とはいえわざわざ他国に派遣される魔法使い。
単純に多才なだけと考えたほうが納得がいく。
そもそも魔法使いならば魔法を隠すなど当然だろう。自分だって友人に見せていない魔法がまだあるくらいだ。
思ったよりも他国の魔法使いに神経質になっているようで、アルムは少し反省する。
頭によぎった疑念を振り払うようにアルムは首を少し振った。
「『海の抱擁』!」
そんな中、魔法儀式のほうでは展開に変化が起きた。
好敵手とも言える貴族達が見ている中で、攻撃が防がれていたばかりのラーディスのプライドに小さいながらも火が灯る。
ただの当て馬になるものかと攻撃魔法から相手を拘束する魔法へと切り替えて状況の打開を図る。
ミスティも得意とする中位の拘束魔法。
流石にミスティは使う時ほどのサイズは無いものの、人一人拘束するには充分な水の塊だ。
「"それは無駄です"」
少女はその拘束魔法を避けようともしない。
ただ一言、そう呟くだけで今までのように振り払おうともしなかった。
しかし、その呟き通り――ラーディスの魔法は少女に触れた瞬間、水の塊はただの水へと戻っていった。
ばしゃあ、と音を立てて少女の周りの床を水浸しにしていく。
「な――え?」
何が起きた?
ラーディスだけでなく、二階にいたギャラリー席で見ていた生徒達も同様に驚き、ざわつき始める。
勿論ラーディスが魔法を解いたわけではない。
「今のは……」
「獣化に何か別の効果があるのか……? それとも……」
目の前で見ているアルム達も何が起こったのかわからない様子だ。
ラーディスの魔法が当たる直前、少女は何かを呟いていた。
何か別の魔法を唱えた可能性もあるが、見ている側からは判断がつかない。
その呟きが耳で拾えていれば違うだろうが、この場に少女の呟きを正確に聞き取れたものはいなかった。
「そこまで」
「む……それは残念……」
ヴァンの号令で次の魔法を唱えようとしていたラーディスも動きを止める。
彼も不満は残っているもののこの場で何かを証明したいわけではない。
下がって少女に礼をする。
「いや、勉強させて頂いた。また機会があればお願いしたいくらいだ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
終わると、少女も相手をしてたラーディスだけでなくギャラリー席に向けても深くお辞儀する。
ベネッタが軽くと言っていたようにどうやら決着が着くまで魔法儀式をするわけではないようで、他国の魔法使いによるデモンストレーションのようなものだったらしい。
「お疲れ様です、"シラツユ"さん」
「いえ、このくらいでよければいつでも。何日か滞在させてもらうわけですから」
「行きたいところがあると仰ってましたね」
「ええ、調査したところがいくつか……あら?」
ヴァンと話す少女の名はシラツユというらしい。
外面スマイルを引っ提げてシラツユを労うヴァンの姿もそれなりに貴重な姿ではあったものの、アルムにとってはそれどころではなかった。
「ん……あれ……?」
アルムが気になったのは名前よりも声だった。
「どうされました?」
「いや、何か……聞いた声のような……?」
どこかで聞いた声。
しかも最近。
いや、最近どころか――
「やっぱり、朝の人ではないですか」
そう言ってこちらに気付いた少女はアルム達のほうに近づいてくる。
見覚えのある白い髪と聞き覚えのある声。
そして朝という時間帯。
少女が何者なのかはもう明白だった。
「またお会いしましたね!」
「おいおい……勘弁してくれ……」
片や目をキラキラさせて、片やどんよりとした目で。
どっちがどんな目をしているかなど説明するまでもない。
「シラツユと申します。逃げるなんてひどいですよあなた!」
「もしかして……」
「さっき話してた変態女?」
「ひ、ひどい! 本当にひどい!」
そう、少女はアルムに踏みつけられ、お礼を述べた変わり者。
ああ、やっぱり――他国の魔法使いは碌なやつがいないんだと、間違った偏見が強まってしまうアルムであった。
『ちょっとした小ネタ』
国によって同じ魔法でも特色があり、マナリルで召喚魔法といえば人型ですが、ガザスでは動物型が主流だったりします。