追憶 -俺達は待っていた-
死んでいく。
死んでいく。
昨日酒場で同席したやつが。
三日前に知り合った優秀な治癒魔導士が。
一週間前に結婚したらしい男が。
去年赤ん坊が生まれた同僚が。
先月子供が学院を卒業したと言っていた上官が。
死んでいく。
死んでいく。
魔法大国マナリルは最強。魔法使いの数は多く、四大貴族の力は他国の貴族を遥かにしのぐ。
そんな油断と驕りが、魔法使い達をぬるま湯に浸からせる。
才能があるからこその油断、頂点である驕り。
そんなものがなければきっと、今も生きられていたはずなのに。
「なんでだよ……あんたら俺より強かったはずだろ……」
敵の血を拭いながら、一人の青年が仲間の死を嘆く。
青年の他の仲間は戦闘の終わりで疲弊しきっていたが、その青年は仲間の遺体を運ぶ余裕があった。
怒号が響き、魔法が飛び交わなくなった戦場から一人、また一人と運んでいく。
ただの平野だったはずの戦場はまるで悪夢のように変貌している。
氷塊が転がり、転がる手足は燃え続け、地面は隆起し、黒い霧と白い軌跡が交わり合って遠くを見れば紫色の水が毒沼のように広がっている。
そして……死臭を運ぶ嫌な風が吹いていた。
「この人……昨日見かけた……」
死んだような目で、遺体を眺めながら青年は呟いた。
顔は無くても、体格でわかった。
昨日喧嘩した魔法使いだった。
俺はお前なんかより数倍強いと自慢気にしながら喧嘩を売ってきた。
せっかくの酒をまずくした嫌な奴だが、こんな風になるほど悪いやつではなかった。
「強いんじゃねえのかよ……あんたらは……!」
青年の中には悲しみよりも怒りがあった。
自分の才能に嫉妬した輩が幾度も絡んできたのを青年は思い出す。
見下すような眼、同じような自慢話。
魔法使いとしてお前は格下だと、何度も何度も聞かされた。
「じゃあなんで死んでんだよ……!」
青年が嫌いなやつらは大勢いた。
若くして魔法使いとして活躍する自分を妬んでいたやつらだった。
見下すように青年を見た誰かは戦い慣れていないのがわかるくらい震えていた。
同じような自慢話を何度もする同僚は敵の姿が見えると涙を流していた。
格下だと蔑む上官は、敵に名乗っている間に不意を打たれて殺された。
どれも嫌な奴ではあったが、死んでほしいとは思っていなかった。
全員、恐いから自分を大きく見せたかっただけだ。
経験が無いから突如駆り出された戦場で気丈に振舞うことなどできない。
自信が無いから、自分を大きく見せて自分を守ることしかできない。
ただそれだけなのだ。
彼らは"魔法使い"ではなく、ただの人間だったのだと青年は遺体を運びながら理解した。
「友人の死体かい?」
いつの間にか、青年の前に誰かがいた。
長身の男で宮廷魔法使いの制服を着ている。
青年はその男の顔が見れないほど項垂れていた。
本来なら、宮廷魔法使いに敬礼の一つでもしなければいけないだろう。
しかし、そんな余裕は無かった。
「いや……? 昨日会ったばかりのやつさ……」
「殊勝なものだね。ただ同胞の遺体を運んでいただけか」
青年は遺体を運ぶ。昨日喧嘩して殴り合った誰かの遺体を。
自分を魔法使いだと名乗っていたのに、震えていた強がりな人間の遺体を。
「なあ……あんた宮廷魔法使いだよな……?」
「ああ、そうさ」
「てことは……俺なんかより魔法使いの事をよく知ってるだろ?」
「そうだろうね」
「じゃあ、聞いていいか?」
「ああ、どうぞ」
青年は遺体を置いて、男の顔を見ないまま問う。
「なんで……戦った事もないやつを戦場に出すんだ……?」
「それは……」
「俺は見たよ……俺は凄い、俺は強いって言った魔法使いがどんどん死んでくんだ。震えて実力が出せない奴、いざ敵が見えたらぶるっちまってるやつ、急に名乗りを上げ始めた上官……みんな死んじまった」
「そうだね。多くの犠牲が出た」
「みんな偉そうな事言ってる癖になんだよ……基本も出来てねえやつらまでいた! びびったのか焦ったのか知らねえが強化も唱えねえやつもいれば逃げ出すやつだっていた……。俺らの後ろにはマナリルがあるんだぞ? 平民がいるんだぞ?
弱者を守るのが俺達魔法使いの仕事だろ!? そういう奴等を救うために俺達はこの力を使うんだろ!? それなのに、なんで……口だけの奴が戦場に偉そうに立ってんだ……!」
嫌な奴等ばかりだった。
ぬるま湯に浸かり続けて本来の力を出せず、逃げ出すやつもいるくらいだった。
それでも……死んでいいなんて思えるわけもなかった。
きっと領地で暮らしていればそれなりに生き続けたはずだった。
青年は怒りながら泣いていた。
仲間の死に悲しんで、仲間の不甲斐無さに怒りを覚えた。
魔法使いという超越者でありながら、何もできずに死んでいった同胞の心の脆さに。
まだ若い青年が生き残ったのは魔法使いとしての覚悟の差。
守るものが後ろにあるという自覚。
才能とはまた違う場所にある心の在り方。
貴族であれば"魔法使い"にはなれるわけではない。
才能があるからと、"魔法使い"になれるわけでは決してない。
「俺達は、"魔法使い"じゃなかったのか!? 魔法大国マナリルの魔法使いじゃなかったのか!? こんな……こんな事にならなかったはずだろう!?」
マナリルは驕っていた。
圧倒的な貴族の数。才能の宝庫。
頂点である驕りが次代を育む努力を怠った。
貴族の格がそのまま魔法使いの優劣。才能の差がそのまま魔法使いとしての差。
そんな思考停止の考え方が戦いの無い世に残り続けて……魔法使いの質が下がっていた。
貴族の質も数も劣っていたダブラマの使い捨て部隊とカンパトーレの傭兵にいいようにされるくらいに。
「私も、そう思う」
「……え?」
「聞いていなかった。君の名前は?」
男は青年に微笑んだ。
青年はそこでようやく男の顔を見た。
目の下にある泣きぼくろが特徴的な顔立ちの整った男だった。
男の問いに、青年は涙を拭って答える。
「ヴァン……ヴァン・アルベール」
「そうか、君があのアルベールの末裔か」
「あんたは」
「私の名前はオウグス・ラヴァーギュ」
オウグスと名乗る男はヴァンと名乗った青年に手を差し伸べる。
「私と一緒に来ないかヴァン・アルベール」
「は……?」
「私と一緒に本物の……"魔法使い"を育てる場所へ」
「本物……?」
「そうだ、一緒に変えよう。魔法大国と呼ばれるに相応しい……才能ではなく、その在り方をもって周囲を立ち上がらせる、次代の"魔法使い"を誕生させるために!」
これは二十年前の話。マナリルとダブラマの間に起きた戦争の終戦後。
彼等二人はベラルタ魔法学院を改革の出発点にすべく……戦場を後にした。
いつも読んでくださってありがとうございます。
この二人の経緯については本編でも多分触れます。
今日はもう一回更新します。




