番外 -姉ちゃんは聖女様3-
姉ちゃんは昔からよくわからなかった。
元気なようでいつも閉じこもって、寂しそうな目をしているけど温かくて。
今となっては閉じこもってた理由は勉強してたからってわかるし、寂しそうな目をしてたのは人間関係より夢を優先していたからだとわかるけれど、まだ小さかった俺にはわからなかった。
父親が嫌いだったから、父親が行くパーティには出席しなかった。
そもそも招待状が来るパターンが少なかったから、姉ちゃんが同年代の友人を作る機会は少なかった。
そのせいか……俺にも何やってるかわかるようになった頃にはいつも自信が無かったように見える。
稀に参加するパーティではニードロス家の陰口を聞いて、同年代が魔法使いの卵として成長している事に陰で後悔していたのかもしれない。
"ボクは間違っていなかった"
だから、さっきの姉ちゃんはまるで別人だった。
自信に溢れた声。自分の選択を疑わない芯。
気圧されそうな雰囲気は一気に成長したかのようだ。
ガキの俺を取り残して、姉ちゃんは先に夢への手応えを掴んだんだろう。
ベラルタ魔法学院は模擬戦と実地を重ねてひたすら経験値を積ませる実力主義。
治癒魔導士を目指す姉ちゃんがその学院で生き残りになれるほど頑張れたのは何が理由なんだ。
子供の頃からの夢? 周りを見返したいとか?
「わっかんねえ……」
姉ちゃんとマリツィアさんとの気まずい食事の時間を終えて、俺は部屋で出掛ける準備を終える。
裏手の山まで走っていって魔法の練習。魔法使いになるためのいつもの訓練だ。
上級貴族とかなら敷地内にちゃんとした訓練場もあるんだろうが、ニードロス家にそんなものはない。家庭教師を雇うのもギリギリなんだ。
「糞親父……」
今日も一人で他領のパーティ。人脈を増やそうと媚びてるのが逆効果だって気付かないもんかね。子供でもわかるってのに。
つい父親への恨み言が口に出てしまう。
いかんいかん。これから魔法の練習だってのにこんな事で心を乱されてたまるかってんだ。
集中しろ集中。
"ボクは間違っていなかった"
姉ちゃんの言葉がまたよぎる。
まるで才能溢れる貴族のような……自身に満ちたあの姿と一緒に。
姉ちゃんは両目を失ってなお、自分の選択を誇っていた。
「何が間違っていなかっただよ……目が無くなったら血統魔法も使えねえじゃねえかよ……馬鹿な姉ちゃんだ…………」
でも、羨ましいという気持ちが抑えきれない。
下級貴族とは……ニードロス家だとは思えないほど堂々としていて。
失う前の両目で、姉ちゃんは一体何を見てきたんだろう?
俺はそんな事を考えながら裏手の山へと走り始めていた。
「うええ!? リュカと結婚!?」
「はい、当然リュカ様がよろしければですが」
ベネッタは赤くなりながら慌てふためき、マリツィアは極めて冷静に頷く。
ベネッタはソファから立ち上がって深呼吸をし、久しぶりの私室を少しうろうろしてから改めてマリツィアの隣に座った。ベネッタの私室は落ち着いた色合いでマリツィアもくつろいでいるように見える。
「先のアブデラ王への反乱によって私達は国内の問題こそ解決しましたが、アブデラ側の貴族を粛清した影響もあって国力はマナリルと対等とは言えなくなっております。魔法生命の出現が終息すればマナリルはダブラマと共同歩調をとる理由も無くなりますし、ダブラマにとっての脅威はマナリルに変わるでしょう。
カルセシス陛下を信用していないわけではありませんが、ダブラマとしてはこのままマナリルと繋がりを持たないのは愚の愚……リオネッタ家の家名維持を条件に私が嫁ぐ形でニードロス家と、そしてマナリルと繋がりを持ちたいのです」
「あわわ……」
「今日ベネッタ様に着いてきた半分はこれが理由です」
「そうだったんですかー!?」
相変わらず表情豊かなベネッタについ口元が緩んでしまうマリツィア。
柄にもなく色々からかいたくなってしまうのが少しおかしかった。
「……ミスティ様やルクス様は気付いていたご様子でしたよ?」
「ええー!?」
「エルミラ様も色々察していたようですし」
「そ、そんな……! じゃ、じゃあアルムくんも……?」
「いえ、アルム様は気付いていない様子でしたが」
「あ、やっぱりー」
ベネッタは鈍いのが自分だけじゃないという安堵のため息をつく。
アルムがそんな事気付くわけないという安心感がベネッタを落ち着かせていた。
「アルム様は…………その…………純粋ですし、こういった事情には疎いでしょうからね」
「すんごい言葉選びませんでしたー?」
「まさか……客観的な視点でそう思っただけですよ?」
誤魔化すように、うふふ、と笑うマリツィア。
こんな風に言える時点で距離が縮まったという事だろうか。最初の邂逅からは考えられない。
マリツィアは微笑ましく思いながらも話を戻す。
「マナリルは才能重視の婚姻が主流でしょう? 私のリオネッタ家は歴史こそ浅いですが私自身の才能は同年代の魔法使いを圧倒していると自負しております。ニードロス家としても悪くないと思うのですがいかがでしょう?」
「いかがって言われても……ちょっと突然過ぎてー……」
「ダブラマの現国王ラティファ様の忠臣である私がダブラマの英雄であるベネッタ様の身内になるというのは、両国の関係をよい方向に進めると思います。
ダブラマのほうがメリットが大きいのは否定しませんがマナリルにとっても悪くないお話なのはこの名に懸けてお約束致します」
マリツィアの声色が真剣なのはベネッタにもわかる。
だが真剣な話だからこそ、ベネッタは難しい顔をしながら首を横に振った。
「確かにいいお話なのかもしれませんけど、リュカの人生ですしー……ボクが決められる話じゃないですね……」
「……そうですか。ベネッタ様ならそう仰るだろうとは思っていましたが」
「ごめんなさいマリツィアさん……」
「いいえ。拒まれないだけ私にとってはありがたい事です。ベネッタ様が嫌だと言われれば私達は引くしかありません。ベネッタ様に嫌われては元も子もありませんからね」
「嫌とかはないですよー? ニードロス家にとってはいいお話ですし、ボクはマリツィアさんの事大好きだからむしろ嬉しいですけど、リュカの事でボクが軽率に何か言うわけにもいきませんからー」
一貫してリュカの事はリュカが決めるべきという姿勢を崩さないベネッタ。
弟の選択を尊重しようとする答えにマリツィアは満足そうに頷く。
これで是非どうぞ、などと言われたらそれこそベネッタ・ニードロスという人物のイメージからはかけ離れるだろう。
「勿論すぐにというお話ではありません。いずれそのようなご関係になれればと……婚約者がいないようでしたらまず一番手に立候補させて欲しいというお願い程度に考えてください」
「わかりました。一応お母様が起きられたら一緒にお話ししに行きましょうか」
「よろしくお願いします」
マリツィアが頭を下げると、ベネッタは天井を見上げる。
勿論、両目が無いので天井を見ているわけではない。考え事をする際の仕草を体が覚えており、無意識にそうさせたのだろう。
「うーん……マリツィアさんとリュカが……もしそうなったら凄いですけど……マリツィアさんはいいんですか? 好きな人とか……?」
「血統魔法の関係でダブラマ国内の貴族からはあまり良く思われていませんし、特にお慕いしている御方がいるわけではありませんから」
「そうなんですね……そっか……は!」
「ど、どうされました?」
天井を見上げたかと思えば急に大きな声を出したベネッタにマリツィアは驚く。
そんなマリツィアに気付く事なく、ベネッタはマリツィアのほうをゆっくり向いた。
「もしそうなったら……マリツィアさんが……ボクの義妹になるって事ですよね……?」
「え、ええ……そうなりますね」
ベネッタに両目があればぱちくりとさせていただろう。
呆けたような表情を浮かべたかと思うと、次第にベネッタの表情は複雑なものへと変わった。
何かを言い表そうとして言い表せないもどかしさからか、ベネッタは手を空中でわなわなと無意味に動かし始めた。
「ま、マリツィアさんが義妹って……何か……いかがわしいような……!」
「待ってください。どういう意味ですか」
「何か……えっちだ……!」
「どういう意味ですか!?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
番外という事で久しぶりにゆったり更新しています。




