番外 -姉ちゃんは聖女様-
このお話の時系列は八部と九部の間となっております。
読まなくても本編に支障はきたしませんのでご安心ください。
俺……リュカ・ニードロスが一番尊敬しているのはお母様であるレトラーシャ・ニードロスだ。だらしない父の代わりにこの領地を運営し、安定させているやり手である。
一番なりたくないのは父親だ。お前がやれよ領地運営。
そんでもって、一番よくわからないのが俺の姉ちゃん……ベネッタ・ニードロスだ。
姉ちゃんは五歳年上で子供の頃から治癒魔導士になるってずっと言ってる変わり者だ。
少なくとも父親よりは才能ありそうだったのに、魔法の勉強をせずに人体の構造やら治癒魔法に関する事ばかりを勉強していた。当主にもならないって言ってるらしくて、俺からすると謎すぎる。
決して嫌いなわけじゃない。姉弟仲はいいと思うし、子供っぽいとこはあるけど優しい姉ちゃんだ。
ただ……わけが分からない。治癒魔導士は普通の医者がいるのもあって魔法を使う職業としては正直微妙な立ち位置だし、金になるわけでもない。
何でわざわざ治癒魔導士に?
一応お母様に理由を聞いた事がある。怪我した人を見て、治癒魔導士が少ないからって理由でなったらしい。優しい姉ちゃんらしくはあるけど……そんな熱心になるほどのきっかけか?
やっぱなるなら魔法使いだろ。そっちのほうがかっこいいし、金にもなる。何より手柄を立てれば家の地位を向上させる事だって難しくない。
「なんでその姉ちゃんがベラルタ魔法学院で三年になれるんだよ……」
俺は自室から窓の外を見ながらぼやいた。
改めて姉ちゃんの事について考えたのは今日姉ちゃんが帰ってくるらしいからである。
季節は冬。帰郷期間には早い時期。
新年早々行われた進級試験に通ったという報告を兼ねて一度帰省してくるらしい。
入学した時は姉ちゃん頭はいいもんな、と自分を納得させてたけど……まさかあの姉ちゃんがベラルタ魔法学院の三年に進級できるとは。
ベラルタ魔法学院は三年へ上がるのが特に難しいのは有名だ。
具体的な評価内容はわからないが、二年生から三年生に上がる際、毎年相当な人数が振り落されている。
一部では三年生のことを"生き残り"と呼ぶくらいだ。
「あの姉ちゃんが生き残りって……何かの間違いじゃないのか……?」
姉ちゃんは魔法使いとして戦うって感じじゃなかった。
まだ十三歳で魔法の勉強が中途半端な俺にだってそれくらいはわかる。
性格も属性も、魔獣や魔法使いを倒すのには向いてない。
なのに何で……?
わからない。やっぱり姉ちゃんはわからない。
「普段あんなわかりやすそうなのになあ……お?」
窓の外に屋敷に向かってくる馬車が見えた。
国章が刻まれていて装飾も華美ないかにも貴族が使いそうな……何か立派すぎじゃないか?
ベラルタの三年生にもなると待遇が良くなるのだろうか?
今日は姉ちゃんに色々聞かなければと俺は自室を飛び出した。
階段を急いで下りて、迎えの使用人が来る前に俺は玄関を飛び出した。
豪華な馬車は屋敷の門の前で止まる。そこで止まるって事はやっぱり姉ちゃんだ。
姉ちゃんの迎えに出てきたであろう使用人の制止を無視して俺は門のほうへと走る。
丁度、馬車の客車の扉が開いて誰かが降りてくる。
「姉ちゃ……! ん?」
門から飛び出した俺は目を疑った。
馬車から降りてきたのは確かに姉ちゃんだったが、もう一人いたからだった。
「あー! リュカー? 久しぶりー!!」
何故か目を閉じている姉ちゃんはそのもう一人に寄り掛かるように腕を組んでいた。
俺の目は嫌でもそのもう一人に目を奪われる。
その人は褐色の肌に桃色の髪と瞳をした綺麗な女性で、心臓の音が早くなるような色気と甘い香りを漂わせている。
何故か杖をついているがその佇まいがあまりに綺麗すぎていて気にならない。
……そして何故かこっちを見る目が少し怖かった。
「ベネッタ様のご兄弟ですか?」
「はい! 弟のリュカですー!」
「そうでしたか。初めましてリュカ様。私マリツィア・リオネッタと申します」
「はじ……めまして……。りゅ、リュカ・ニードロスです……」
自己紹介に何とか言葉を返して、俺は二人を交互に見る。
そして二人が腕を組んでいるのを見て……俺は生唾を飲み込んだ。
ま、まさか?
「姉ちゃんって……女の人が好きだったのか……?」
「え? 違う違うー! マリツィアさんは友達だけどそういうんじゃないよー!」
「あ、違うんだ……?」
「あら? 私は女の人も大丈夫ですよ?」
「え」
「え?」
「うふふ」
え?
何はともあれ姉ちゃんとマリツィアさんを客間に通す。
とはいっても、うちの客間は上級貴族みたいにだだっ広い部屋じゃない。最低限の調度品とソファとテーブルがあるだけの簡素な部屋だ。いかにも貧乏な下級貴族が取り繕ったような客間である。
使用人がお母様を呼びに行っている間、俺が代わりに相手しようと一緒に座ったが……。
「マリツィアさんの御屋敷と全然違いますよねー? 狭いしー」
「落ち着く内装で私は好きですよ?」
「ほんとですかー? よかったですー! 紅茶はミスティに貰った茶葉なんで大丈夫だと思うんですけどー……」
「ええ、流石ミスティ様ですね」
こんな風に、姉ちゃんとマリツィアさんは仲良さそうで俺の出番は特にない。
特にないので俺がやる事といえば二人の様子を見る事くらいだ。
マリツィアさんは紅茶を飲むのも優雅だった。上級貴族でも中々いない綺麗な所作につい見惚れる。リオネッタ家とやらは名のある貴族に違いない。
だけど……リオネッタ家というのは聞いた事が無かった。少なくとも北部の貴族ではないのだろう。南部の貴族だろうか。それなら名前を知らないのも頷ける。
俺が二人を観察していると、マリツィアさんと目が合う。
心臓が少し跳ねたが、マリツィアさんはにこっと笑った。
「ところで……リュカ様はおいくつでいらっしゃるのですか?」
「え? お、俺……自分ですか? 自分は今年で十三になります」
「まぁ、それは……うふふ。私の好みの年齢ですわね」
「はぁ……? ありがとうございます……?」
好みの年齢って何!?
「リュカはいい子ですよー」
「こうして私をもてなしつつ、私の会話を邪魔しないようにと務めてくださっている所を見れば賢い御方だというのはわかります。流石はベネッタ様の弟であらせられますね」
「えへへ……お姉ちゃんがこんなんだからかしっかりした子に育ちましたー」
「あら、ベネッタ様だってしっかりしておられるではありませんか」
俺を褒められたからか自分を褒められたからか、姉ちゃんは照れくさそうに笑っている。
三年生になるっていうから、どんなに逞しくなったのかと思いきや変わらない。
姉ちゃんは姉ちゃんのままだが……どこか違和感があった。
今度はじっと姉ちゃんを観察する。
そこでようやく違和感に気付いた。ずっと目を閉じたままなのだ。
もっと早く気付けという話だが、マリツィアさんのような美人が隣にいたら身内よりそっちに目を奪われるのは当然だろう。俺だって男なんだ。
「な、なあ姉ちゃん……いや、ベネッタ御姉様」
「リュカ様、普段の呼び方で構いませんよ。堅苦しくする必要はありません」
「で、ではお言葉に甘えて……姉ちゃん、何で目閉じたままなんだ?」
「あ、そうそうその話もしないとねー!」
姉ちゃんはまるで出掛ける前に忘れ物を思い出した軽い口調で、
「ちょっと色々あってね、ボクの両目潰れちゃったんだー」
「……は?」
冗談のような重い現実を口にした。
「ようやくマナリルとダブラマ両国とも情報が落ち着き始めたし、進級の報告がてらお母様やリュカにも言っておかないとって思ってさー。丁度いいからマリツィアさんも招待して色々説明しようかなって」
「じょ、冗談だよな?」
「冗談じゃないよー。ほら」
姉ちゃんは目を開く。そこには生々しい跡だけがあって、翡翠の瞳はどこにもない。
俺は驚いて少し吐きそうになったけど何とか耐えた。
タイミング悪く入ってきたお母様は失神した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
違うんですよ……本当は一話で終わるはずだったんですよ……。




