689.呪われた魔法使いとお姫様12 -ラブソング-
あなたと出会いました。
あなたの夢を聞きました。
あなたが来てくれました。
あなたに、救ってもらいました。
雪原で一人ぼっちだった私の所に来てくれた、私の魔法使い。
私はあなたに何もかもを貰いました。
あなたのおかげで一人の日も寂しくありません。あなたを思い出せるから。
あなたのせいで一緒にいると寂しくなります。あなたから離れ難くて。
私は我が儘な女です。周りから讃えられるような人ではありません。
誰よりも、あなたに幸せになって欲しいのです。私と一緒に幸せになって欲しいのです。
私はあなたに何かをあげられていましたか?
私はあなたの中にいますか?
どうか、私の手を取って下さい。
その手は震えているかもしれませんが、あなたに何をあげられていたかがわからなくて不安なのです。
それでもどうか、あなたがいたい場所に私の隣が増えますようにと……私はあなたに歌うのです。小指にあるあなたから貰った指輪を握りしめながら。
真っ直ぐなあなたが周りを見れるように、私は隣で歌い続けたいのです。
空虚な雰囲気の中に現れたミスティ姫。
舞台の中央で小さくなっているリベルタに駆け寄る。
静まり返っている観客席。
ミスティ姫のヒールの音が鳴る。
『全てベネッタから聞きました。よくぞ……よくぞ帰ってきてくれましたね』
リベルタと同じ視線になるようにしゃがみ、笑顔を浮かべるミスティ姫。
呆けながらもリベルタは目を見開く。
『ミスティ姫……怪我は……?』
『こちらの台詞です! 私は大丈夫です。フラフィネの魔法によって捕らえられていただけですから……フラフィネは後に私の存在を利用する気だったのでしょうね』
『そうか……よかった……』
安堵を見せて、リベルタはミスティ姫を見つめる。
『ああ、わかった……そういう事だったんだ……』
『え……?』
『この地に戻るのは辛かった。枷を嵌められた囚人のように足が止まりそうになった時もありました。故郷の景色を見るのすら、それこそ目を背けたくなるほどに』
リベルタはぽつぽつと語り始める。
理不尽に自分を追放した国。助けに来る理由も無いようなこの場所に何故自分が戻ってきたのか。
先程まで自分自身への問いだったその疑問は、ミスティ姫の姿を見て氷解する。
『何故自分が行かねばならぬのかと諭す声もあった。呪いの中に飛び込む必要の無い人生を送れたのにと……』
リベルタは体の向きをゆっくりと変えて、ミスティ姫と向き合う。
ミスティ姫の頬が淡く染まる。リベルタの笑顔は純粋な子供のよう。
空虚だったリベルタの心に意味が宿る。
何かに駆られ、救う理由も無いはずの故郷に戻ってきた理由は……追放を一人反対してくれた一人の少女の姿がよぎったから。
理不尽だと声を上げて、最後に自分に向けてくれたたった一つの優しさのために。
『姫、どうか手を。かつて呪われたと言われた自分の手にどうか』
『はい』
リベルタが差し出した手にミスティ姫は自分の手を重ねる。
観客席のほうには目もくれず見つめ合う二人の空気があまりに柔らかく、二人の行く末を見守る観客席では声も上がっていた。
『ようやく、触れる事が出来た』
『あなたの手は、とても温かいですね。この国のために駆け付けてくれる英雄の手です』
『……自分がここに来れたのは故郷の為なんかじゃない。俺は立派な人間なんかじゃないのです』
リベルタがミスティ姫の手を握る。
観客の悲鳴はさながら祝福のようだった。
『俺の足が前を進んだのも、故郷から目を背けずもう一度向き合えたのも』
ミスティ姫が握り返す。
『全ては貴方の為。あの日俺を庇ってくれた貴方の為に』
リベルタが握り返してくれたミスティ姫の手の甲にそっと口づけをする。
恋物語のようなラストに、観客席から女子生徒の黄色い悲鳴が聞こえてきた。
『私は、あなたの優しさに触れて"呪いの子"ではなくなったんだミスティ姫』
『いいえ、あなたは最初から呪いの子なのではありません。この国に暮らす心優しい人だったんですよリベルタ』
手を取り合って笑い合う二人。
しゃがみこんでいたリベルタは立ち上がって、ミスティ姫も立ち上がる。
それは呪われた国が復興を指し示すかのようで。
熱い視線を交わし合う二人の間に愛が芽生え、二人で国を支えていく未来を想起させる。
これが演目名『呪われた魔法使いとお姫様』のラストシーン。
全てが終わり、照明が消えればカーテンコールへと移る。
全てを演じきったリベルタことアルムは結局、最後までこの舞台の真意を掴めぬまま終わってしまった。
みんなへの申し訳なさと、最後まで演じきったという安心感が入り混じる。
(自分にしてはよくやれたとは思うが……みんなには謝らないとな……)
そんな風に内心で呟いている内に、異変に気付いた。
照明が消えない。
リハーサルではここで照明が消えて終わるはずだ。
一瞬、アルムの視線が上を向く。
「あなたはとても真っ直ぐで、強くて、優しい人」
驚いたように、アルムは私のほうを見た。
台本ではもう終わっているはずですから仕方ないかもしれません。
そんな顔も可愛くて、少し見とれてしまいそうになる。
アルムも私と見つめ合ったまま、その手を離さない。
今だけはその瞳に、夢だけではなく私を映してと、心の底から願った。
顔が火照って熱い。
アルムから伝わる温もりが心地いい。
真っ直ぐなアルムの瞳に吸い込まれそう。
練習の時のように気絶してしまいそうなほど緊張しているけれど、今だけは自分の足で立たないといけません。
ここに至るまでに繋げてくれたみなさんのためにも。
そして、私自身のために。
「あなたがいなかったら私はここにはいないんです。あなたの真っ直ぐな在り方と心の強さ、そしてあなたの中にある優しさが……私を救いにきてくれたんです。
ずっと一人なんだと泣いていた私を、あの日あなたは見つけてくれたんですよ」
願うだけでは届かないとわかっています。
言葉にしなければ届かない。この人はいつだってそうでした。
気付いてくれてもいいのに、と拗ねたくなる日もありましたが……それはあなたの素敵な所でもあるから。
あなたは誰にでも真っ直ぐでした。家族にも友人にも、敵対する誰かにだって。
だから、私も。
理想を現実にするために、あなたと真っ直ぐ向き合いたい。
小指の指輪が淡く光る。私が願いを込めた彼からのプレゼントが私に最後の後押しをしてくれていた。
「私の中にはあなたがいます。あなたの中に、私はいますか? いたらどうか……私をあなたの帰る場所にしてください」
ずっと、ずっと終わらなければいいと思った冬の夜。
彼と一緒に見た星空。降らない雪。
あの日自覚した想いが我慢できずに溢れ出す。
時の流れに思い出を置いて、未来に向けて踏み出す日。
永遠にも感じる一瞬。夢心地な私を胸の鼓動だけが現実だと教えてくれていた。
緊張を溢れる想いで閉じ込めて、覚悟が私を奮い立たせる。
どれだけ恐くても未来の為にこの一歩を。
理想に向けて私は少しだけ背伸びをした。
幸せな未来をイメージして、この不器用な魔法を紡ぐ。
春の香りも、夏の日差しも、秋の風も――冬の初雪も、あなたと一緒に。
「ミスティ・トランス・カエシウスはあなたを――アルムを愛しています」
あなたじゃなければいけないのだと想いを込めて、私はアルムと唇を重ねる。
伝わって。重なるこの熱から。
届いて。私の心から。
受け取って。初めての想いと共に。
あなたの隣にいさせてください。
私の隣で一緒に未来を見てください。
同じ場所で、笑ってください。
初めて出会った好きな人。私に恋を教えてくれたたった一人のあなた。
好きです。これからもずっと。アルムの事が大好きなんです。
他の誰でもないあなたの事を――私は誰より愛しています。
いつも読んでくださってありがとうございます。
演目『呪われた魔法使いとお姫様』のラストにしてい、第九部最終章の終わりとなります。
明日の更新からエピローグに向かっての更新となります。




