688.呪われた魔法使いとお姫様11 -狂詩曲-
『何故、ここに……貴様が……?』
舞台を最初に埋めたのは魔法使いフラフィネの驚愕だった。
冒頭と同じ玉座の間のセット。舞台に置かれた六本の長い燭台に火が灯る。
白い階段の先に置かれた玉座の上にはふんぞりかえっていた魔法使いフラフィネ。
しかし、舞台袖からリベルタが主人公らしくないゆっくりとした登場の瞬間立ち上がっていた。
『……』
リベルタは何も発さず、観客のほうではなくフラフィネのほうに視線を向けながら一歩一歩音を立てて階段に近付く。
手には前のシーンで牢屋番ヴァルフトと戦った時にも見せた『魔剣』による魔力の剣。
観客に背を向けて、リベルタは階段の前に立つ。
魔法使いフラフィネは後ずさろうとした。後ろに玉座がある事に気付かなかったのか、それとも頂点という場所に執着しているのか、こけたように玉座に再び座った。
『最初からその場所が目的だったのか?』
フラフィネの様子をリベルタは皮肉るように問う。
呪いの子と呼ばれて追い出された時のような哀愁は無くなっている。
その背中に、故郷という箱庭から出て経験した旅路による成長を観客は見た。
リベルタの背中を通じて、観客はフラフィネを敵視する。
リベルタを通じて体験させられた理不尽が、黒幕への怒りとなって観客に拳を握らせた。
『隣で見る煌びやかな玉座が欲しくて呪いを国中に振りまいたってわけか……そんな方法では何も手に入らないってわからなかったんだな』
誰かを傷付け、呪う事では本当の理想など訪れない。
自身が変わらぬままでは、見合う場所に本当の意味で行く事は出来ない。
頂点の席を欲した者と、理不尽を乗り越えて立ち上がった者。
そんな構図で始まったこのシーンは舞台の最後を思わせる。
フラフィネは表情を取り繕い、余裕を見せつけるかのように笑う。
『今更、惨めな子供が何をしにきた? 貴様こそ国の端で一人怪しげな魔法を使っていただろうに。呪いと思われてもおかしくあるまい?』
『語るに落ちたな。やはり俺が呪いの原因だとは思っていなかったわけだ』
『当然でしょう。この国にあるのは私の呪い。私こそが呪いだったのだから……押し付けるには便利な駒だったよリベルタくん』
挑発のような言葉を繰り返すフラフィネ。
リベルタはそんな言葉を繰り返されても激昂したりはしない。
『何で、俺を殺さなかった? あの場で殺していれば……俺がここに立つ事は無かった』
『利用しやすかっただけのこと。処刑なら周囲から抵抗も生まれようが、追放なら周囲の抵抗も少ない。ただそれだけに決まっているでしょう?』
リベルタは体を半分回転させて観客席のほうを向く。
観客席に見せるその表情は口元に笑みを浮かべたリベルタの姿だった。
『俺を追い出したのは、お前が恐かったからだろう?』
『はっ……! 何を――』
『魔法使いのお前でも、俺の魔法がわからなかった。だから、恐かったんだろう。俺に抵抗されて……万が一にでも、お前の世界が変わるのを恐れた』
もう一度、リベルタはフラフィネのほうを向く。
その途中で、舞台袖に立つグレースの姿が見えた。
祈るように拳を握って、こちらを見つめるグレースの姿が。
リベルタからアルムへと思考が戻る。台本も台詞もグレースが考えたもの。
この舞台を通じてみんなが自分に何かを伝えようとしている事だけはアルムにもわかっていた。
グレースの姿を見た瞬間、自身が覚えたリベルタの台詞が……違う意味を持ち始める。
「そう。私達貴族はきっと、あなたが恐かった」
舞台袖でグレースが呟く。
この世界の常識。貴族と平民の絶対の仕組み。魔法という階級が上のものの特権。
その全てを踏み越えて突如現れた、一人の少年の出現を。
認めたくなかった人間はずっと言い続けた。平民が、平民が、平民が。
拒み続けた結果、残ったのはアルムを認める十人だけだった。
他の者は貴族として"平民"を拒んだ。十人は形は違えど魔法使いの卵として"アルム"を認めた。
アルムという異端を認め、時に尊敬し、時に羨み、時に救われて。
ここはベラルタ魔法学院。魔法使いを目指す者にとっての場所。
他の同級生はここを去る最後の時までそれに気付くことができなかった。
「だから、この舞台は」
この場所は。
「あなたを受け入れてる、あなたのためにある」
生き残った十人は知っている。夢を目指すその歩みを。
本人だけが見えていない"魔法使い"の資質。
もう、アルムが魔法使いになれないなんて誰にも言わせない。
「だからお願い……。あなたも周りも見て……!」
真っ直ぐ夢だけ見つめていた瞳に映さなければならないものがある。
幻想を見つめ続けると同時に、才能が無いという辛い現実を映し続けたその瞳に。
アルムは自分の世界とこの世界の間に無意識に壁を作っている。
隔絶された世界の中で、自分の事をなにもできない平民だと思い続けている。
どれだけの功績を積み上げても変わらなかった極端で歪な認識。
夢が叶うまで終わる事の無い、自己を否定する呪い。
……そんなものに、未来へと向かう足を引っ張らせてたまるものか!!
「あなたがいる場所はもう……!」
グレースは叫びたくなる衝動を抑える。
ぎゅっと胸を握って、眼鏡の先のアルムを縋るように見つめていた。
『だが、もう違う。お前も俺も同じ場所に立っている』
台詞から感じる。
何かを伝えようとする意図が。
けれどわからない。
『俺という未知が恐かったのか? お前に追放されたおかげで俺は未知を知ったぞ。呪いの子から旅人になってここに至るまでに出会った人々から様々な言葉を貰った。故郷に帰ってみたらどうだと言ってくれたのも、そんな旅路で出会った人だった。だから、こうして今ここに立っている』
人の感情を察するのが苦手だった。
未だにベネッタやエルミラ、ルクスにミスティ……一番近しい人達の言葉の裏や感情に気付かない時がある。
みんなは表情の変化が少ない俺を、わかりやすいと言ってくれているのに。
『お前はずっとここにいただけだ』
……俺は変わっていないのか?
そう、伝えたいのか?
『俺が恐いか。フラフィネ』
『戯言を言うわね。ちょっと変わった魔法を研究していたからって得意気に……ずいぶん口が回るようになったものだ!』
いや、そんなはずはない。それだけは断言できる。
ここに来て俺は色々な事を知った。出会った。戦った。
けれど……変わっていないものがあるんだ。
俺自身が変わっているのに、同じように変えなければいけないものが。
……恐い。
何かが恐いのか。何かが変わるのを、俺は恐がっているのか。
『さあ、ここに立つのは俺かお前か』
この舞台が終わった後にあるのは恐怖か。
それとも――?
考えられるのはここまでだ。戦いの間はちゃんとリベルタにならなければ。
『決着をつけようフラフィネ。その呪いとやらで今の俺を縛れるか?』
『黙れ!!』
六本の燭台の火が燃え上がる。
魔法使いフラフィネが手を大きく振ると、炎と呼ぶべき大きさに変わってリベルタに襲い掛かった。
リベルタはそれを全て斬り伏せて、階段を駆け上がる。
舞台の上を飛び交う闇属性の魔法とそれを全て斬り払うリベルタ。
舞台の外から操られる炎属性の魔法がうねり、呪いのように黒い霧が舞う。
玉座を守るように現れる影の兵士。跳び、跳ねて、リベルタは縦横無尽に舞台の上を駆け巡った。
『リベルタァアアアアアア!!』
恨みがこもる絶叫が響き渡る。
フードは脱げて、なりふりかまわず魔法を唱える魔法使いフラフィネ。
観客が声を上げ、舞うようなリベルタの戦いに見入る。
演出を含めた知っている魔法も知らない魔法も、全てが舞台を飾って。
魔法使いフラフィネは顔を歪めて、リベルタは精悍な表情を見せる。
観客達がリベルタの勝利を手に汗を握りながら祈り……そしてついに確信する時が来る。
『ば、かな……』
魔法使いフラフィネの前に立つリベルタ。
魔力の剣を持ったリベルタを前にしても、魔法使いフラフィネは玉座にしがみつく。
手に入らないものを欲しいと抱きかかえる子供のように。
『私は、違う! 私は! 私は!!』
『呪いなんかに、俺の未来を阻まれてたまるか』
リベルタの剣がフラフィネに突き刺さる。
『ぎゃああああああああああああ!!』
悲鳴と共に舞台の証明が点滅を繰り返す。
次に舞台を照らす光が安定した瞬間、魔法使いフラフィネは着ていたローブを残して……その姿を消していた。
リベルタは玉座を一瞥して、座ることなく階段をゆっくりと下りていく。
『はぁ……はぁ……うっ……!』
観客がどよめく。
踊るように戦っていたリベルタが顔を歪めて右腕を押さえていた。
牢屋番ヴァルフトとの戦いでも痛めていた右腕だ。
階段を下りて、舞台の中心でリベルタはそのまましゃがみこんでしまった。
『俺は、何で……?』
勝利の後に訪れたのは疑問。
リベルタの心が晴れていない事に観客達も気付く。
そう、リベルタは復讐の為に帰ってきたはずではないのだ。
故郷を救うため、それだけではなかったのだろうか。
悪い魔法使いは退治したはずなのに、どこか空虚な空気が流れる。
『リベルタ!』
そんな空気を引き裂くように、主人公の名前を叫ぶ声。
しゃがみこんでいたリベルタを、ミスティ姫は見つけた。
舞台袖で誰かが願う。気付いて。
舞台裏で誰かが祈る。頑張って。
二つの背中は後押しされて、舞台のクライマックスへと突入する。




