687.呪われた魔法使いとお姫様10 -間奏曲-
「やはり殺しておくべきでしたわね」
「同感」
「う……ふぐう……」
舞台裏ではシーンが終わったセットに混じるように、サンベリーナとグレースにボコボコに殴られたヴァルフトが転がっている。
あわやトラブルにしてしまいかねない行動は流石に許されなかったようだ。
ベネッタはそんなヴァルフトにも治癒魔法をかけようとするがエルミラに止められた。
「あれには治癒魔法かけなくていいわよ」
「えー? で、でもー?」
「ちょっとは反省するでしょ。それにあいつ頑丈だから大丈夫」
おろおろとするベネッタ。
ボロ雑巾のように床に転がるヴァルフトはゆっくりとサンベリーナとグレースに殴られて腫れた顔を向けた。
「て、てめえら覚えてろよ……」
「あ、本当だ。大丈夫みたいー」
「だから言ったでしょ。こいつはこういうやつなんだから」
謝罪よりも恨み言が出るのは何ともヴァルフトらしい。
全ては自分勝手な行動をしたヴァルフトが原因なわけだが。
当然、ヴァルフトをボコボコにするために舞台裏に集まったわけではない。床に転がるヴァルフトを蹴ってどかしながら、最後のシーンのためのセットをエルミラ達は運び出す。
アルムとフラフィネは次のシーンまで座って待機する。
「お前はヴァルフトみたいな事してこないよなフラフィネ」
「当たり前だし」
これから役としては戦う二人が隣り合って座っているのは若干異様にも感じる。
なにより、二人だけというのがまた珍しくもあった。
フラフィネは役の為に今は、頭の両脇にお団子のように髪をまとめる髪型ではなく、ストレートにしている。普段のフラフィネを知る者からすれば少し新鮮かもしれない。
「安心するし。うちはみんなみたいにあんたに言いたい事特にない」
「やっぱり、俺は何かを間違えてるんだな。それにみんなは気付かせようとしてくれてるんだ」
「ああ、それくらいはわかってるし?」
「鈍いなりにな。台本に無い台詞をああも言われれば……主人公リベルタへ向けてではなく、俺本人への言葉だという事くらいは何となく想像がつく」
だが、未だにその真意はわからない。
"さあ、小さな箱庭から出る時だ"
今日の朝、夢で聞いた師匠の声がアルムの頭で繰り返される。
自分の記憶は何かに気付きかけているのではないだろうか。
一体何に?
友人達からのメッセージと何か関係があるのだろうか?
考えても、考えても。
でも、舞台の上で贈ってもらった言葉を口にした時、表情が違っていた。
意図的に役から外れて……本人がありのままを見せたような表情を垣間見ていた気がする。
ネロエラは何かを押し殺しながら背中を押そうとしてくれた気がする。
エルミラは自分が見えていないものを見る大切さを説いていた。
ルクスは心から俺に謝っていた。何かに苦しんでいたように。
ヴァルフトは羨ましいと言った。平民で才能の無い俺を?
ベネッタはわかりやすい願望だった。けれど、まるで俺がみんなから離れようとしているかのような物言いだった。
何を伝えようとしている?
これはグレースが望んだ舞台の形なのだろうか?
もしかして……俺の為にこの場を作ってくれているのか?
俺が自分の事で精一杯だったうちに、みんなは俺の為に何かをしようとしていたのか?
途中、みんなの演劇に対する熱量が変わった気がしたのはそういう事だったのだろうか。
「何で、そこまでしてくれる」
「さあ? うちには関係ない事だし」
これから出番だというのにフラフィネは緊張している様子も無い。
前半であれだけ気持ちのいい演技をしていれば当然か。それとも別の理由によるものか。
「フラフィネは聞いてないのか?」
「聞いてる。けど、言うわけないし。みんながこれだけアルムっちに色々してくれるんだから……うちがここで言ったら意味無いし、アルムっちが気付いた時ほど呑み込めないと思うし」
「それはそうだ」
「ま、それはそれとしてうちはアルムっちは知り合い程度の付き合いだからどうでもいいって気持ちのが強いし」
「ずばっと言うな……。俺は友達だと思っているぞ」
「それはどうも。……こんな簡単な事でいいっていうのに、アルムっちは気付かないからやっぱにぶにぶのにぶっちなわけだし」
呆れたようにため息をつくフラフィネ。
アルムにはわからない。
「アルムっちは凄い。認めるし。きっと、うちら貴族みたいにあっさり手に入るものが手に入らなくて……それでも諦めきれなかったからここにいるし」
「褒めてくれるのは嬉しいが、何の話だ?」
「諦めて、削ぎ落して、血反吐を吐いていた事すら気付かないで……ここまで歩いてきたんだねアルムっちは」
フラフィネはアルムの頭に手を伸ばす。
普段を知る者だとしたらフラフィネに熱でもあるのかと疑うほどの行動だった。
小さい子供にするようにフラフィネはアルムの頭を撫でる。
「うちはガキの頃……大事な友達がいたし」
「子供の頃ってことは……」
「その大事だと思っていた友達はうちを売ったし。うちがその子の所に遊びに行こうとして……待ち合わせの場所にいた男達に誘拐されそうになった。クラフタ家は魔法形態が珍しいし、下級貴族だから売っぱらいやすいしで狙われたわけだし」
「し、知らなかったな……まさか、売られるとかあるのか」
「全然あるし。それ以来、私は友達とかそういうの信じないっていうか、欲しくても諦めるようになった。欲しかったけど、またあんな事あったらめんどいっていうか、だるいし? ぶっちゃけ一生いらねーくらいに思ってたし……何より、遠ざけてたからなろうと思うやつだっていなかったし」
くしし、と何でもないように笑うフラフィネ。
こうなるまでに何を乗り越えたのかアルムには想像がつかない。
「でも今となってはサンベリっちに付き纏われて、あちこち連れ回されるわ、ベネっちはぶんぶん手を振ってくれるわ、あんた達は同級生ってだけで友達面してくるわで……自分的には結構なトラウマだった出来事がどうでもよくなるくらいあっさりほいほい友達扱いしてくるようになったわけだし。なんなのあんたら?」
「……俺は今怒られてるのか?」
自分の現状に疑問を抱くフラフィネ。
その勢いにまるで怒られているのかとアルムは錯覚してそんな質問をしてしまう。
「若干」
「あ、そうなのか……」
錯覚ではなく怒られているらしい。
「まぁ、サンベリっちが八割他二割って比率? サンベリっちのせいでとりあえず絡んでもいい奴だなみたいな空気が出来上がった気がするし」
「ああー……」
「わかるし?」
「なんとなく……」
よし、と言うかのようにフラフィネは頷く。
「まぁ、だから……うちが何を言いたいかっていうとね」
舞台のほうでセットの準備が終わる。
最後のシーンのセットは序盤でサンベリーナ王が登場した玉座の間のものだ。
準備をするべくフラフィネは立ち上がる。
次のシーンはサンベリーナ王から奪った玉座に魔法使いフラフィネがふんぞり返るシーンから始まるのだ。
「今までどれだけ色々なものを諦めてたとしても、それはこれから手に入るものを捨てる理由にも諦める理由にもならない、って事だし」
「フラフィネ……」
「うちは友達を手に入れられたし。仲良い奴等を内心馬鹿にしてたようなうちでも」
アルムにそう告げて、フラフィネは暗闇の舞台へと歩き出す。
目には暗視の補助魔法。闇属性のフラフィネが配置を間違える事はない。
「俺は……何かを諦めているのか?」
「少なくとも、グレースにはそう見えたみたいだし」
「俺は、何を捨ててきた?」
「さあ? それこそアルムっちにしかわからないし。それじゃあ舞台でねアルムっち。予定通りうちの事しっかりぶちのめすし」
フラフィネはひらひらと手を振って舞台に向かい、アルムは自分の両手を見る。
暗闇の中、フラフィネは予定通り玉座に辿り着き、静かに座って……観客席に聞こえないような声で小さく呟いた。
「何でうちあんな事言ったんだろ……? サンベリっちのずかずか言うのがうつったし……?」
何か悪くないな、とフラフィネは口元に笑みを浮かべた。
口が裂けても本人には言いたくないが、この場で喜ぶくらいはしてやろう。
舞台の頭上の照明用魔石が魔力で光を帯び、舞台を照らす。
物語のクライマックスに向けて、最後の幕が上がる。




