686.呪われた魔法使いとお姫様9 -即興曲-
『遠慮はしない! 『強化』! 『魔剣』! 行くぞヴァルフト!!』
リベルタは二つ魔法を唱えて剣を握る。
観客席からはリベルタがついに魔法を使うというシーンだ。
台本上でも魔法を使ってここは主人公リベルタと牢屋番ヴァルフトによる殺陣のシーン……台詞も台本からは外れていないが、その立ち回りは完全に予定外だった。
事前に練習した攻撃の順序などもうどこにもない。
ぶつかり合う魔法の剣と鉄の剣――実際は風属性の魔法を纏っているのだが――は鈍い音を鳴らして舞台を盛り上げる。
舞台が始まってから初めての戦闘の場面。
それも本物の魔法を使っての殺陣に観客達も盛り上がる。
リベルタの険しい表情も相まって本格的だ。
「……本気でやっているような……?」
観客席で主人公リベルタと牢屋番ヴァルフトの戦いを見つめるエリンは呟く。
武人でもあるエリンには二人の戦闘が計画された動きに感じない。
戦闘のスピードも演技のように思えず、何より躱すタイミングがギリギリすぎる。
トラブルか? とエリンは少し不安を覚えていた。
「うらああああああ!!」
「ぐっ……! っ……!」
ヴァルフトの力押しに受け止めるリベルタは顔を歪める。
いや、すでにその顔は演技が抜けていた。アルムとしての動揺が現れ、ヴァルフトの攻撃を受け切っている。
『どうした呪いの子! 殺されに帰ってきたのかおい!!』
戦いながらも台詞は台本の通りに進んでいく。
剣を叩きつけるように振り、隙が出来れば下位の攻撃魔法を唱えるヴァルフト。
舞台自体を破壊するような大規模魔法を使う気はないようだが、その制限の範囲でアルムを倒そうとしているかのようだった。
『フラフィネ様の手を煩わせるまでもねえ! ここで死んどけ!! 死んだ後なら本当に俺達を呪えるかもなぁ!? はっはー!!』
この台詞の後にヴァルフトは斬られて倒される予定だが、そんな気はないようだ。
仕方ない、とアルムは演技を捨てた。
「『防護壁』」
即座に終わらせるべく防御魔法を展開してアルムはヴァルフトに突っ込む。
ヴァルフトは本気であって本気じゃない。
あくまで演劇の体のままアルムと戦おうとしている。大規模の魔法は使ってこない。
ならば無属性の防御魔法もそれなりに機能する。当然普通の攻撃魔法には突破されてしまうが……魔法による手加減とはそんな簡単なものではない。
舞台を破壊しない意識、あくまで演劇のまま終わらせようという配慮。
そんな状態でアルムの本気に対抗できるはずもない。
予想通り、ヴァルフトはアルムの速度に一瞬遅れる。
普段のヴァルフトなら即座に反撃出来ただろうが、自分の欲望に振り切れない様子が戦いのキレを無くす。
ヴァルフトは突っ込んできたアルムに剣を振り下ろし、魔法を纏っていた剣は簡単にアルムの防御魔法を破壊した。
その対応は想定済みだったのか、アルムは瞬きもする事無く、ガラスが砕け散るような音と共にアルムは手にある『魔剣』をヴァルフトの体目掛けて横から狙う。
「あめえ!!」
ヴァルフトは体目掛けて向かってくる『魔剣』を肘と足で挟み、力任せに止めた。
おお、と観客席から歓声が上がり、ヴァルフトもにやっと笑う。
「【一振りの鏡】」
「――」
二人の間に降ってきたのは剣の形をしただけの鋭利な鏡。
その不格好な魔法のカタチに、血統魔法クラスの魔力が込められている。
アルムの使う魔法の中でも特に強力な魔法の一つ。ヴァルフトはそんな魔法を使われるとは予想もしていなかったようで――
「こんな馬鹿相手にも……まじでやってくれるんだもんなぁ……」
反撃の魔法を唱えるにはあまりにもイメージが遠かった。
しかしアルムもヴァルフトを本気で斬りつける気はない。
鋭利な刃となっている場所ではなく、平たい鏡面をヴァルフトに叩き込み……観客席からは刺したかのように見える体勢をとっていた。
「が……はっ……!」
ヴァルフトは衝撃で一瞬呼吸が出来なくなる。
刃で斬りつけられたわけではないとはいえ、【一振りの鏡】はアルムの膨大な魔力が込められた塊だ。その重さは半端ではない。
意識が遠のくわけでは無かったが、流石にもう戦意も無いのかヴァルフトはアルムにそのまま寄り掛かる。
「……俺は、てめえが羨ましいよ」
「……?」
「二度と言わねえからな」
アルムの耳元でヴァルフトは呟き、そのまま床に倒れ込む。
このシーンは牢屋番ヴァルフトが主人公リベルタに倒されるシーン。つまりは台本に戻っていた。
「ぐっ……!」
「きゃっ……!」
【一振りの鏡】に込めた魔力の反動でアルムの右腕から血が噴き出す。
観客席からは小さな悲鳴が上がったり、血糊だと思っている者もいたりと反応は心配と感心の半々だ。
「……」
倒れるヴァルフトを見つめるアルム。
ふと顔を上げると、舞台袖のほうから早く進行しろとベネッタを指差すグレースとサンベリーナがいた。
アルムははっと気付いて、リベルタの演技へと戻る。
右腕はそのままだ。あくまで予定通りを装いながら盲目の魔法使いベネッタが閉じ込められている牢を破壊する。
口に巻かれた布と手枷を破壊して、リベルタは見事盲目の魔法使いベネッタの解放に成功した。
『あなたは、あの時の……?』
『覚えていてくれて何よりです……確か名前はベネッタさん』
『まさか、助けに……? でも何故……? この国はあなたを……リベルタに全ての罪を着せた愚かな国だというのに』
盲目の魔法使いベネッタは問い掛ける。
自分とミスティ姫しか追放に異を唱えていなかったこの国の選択を。
まんまと魔法使いフラフィネに騙されて、無実の少年を追い出した理不尽を。
そして、何もできなかった自分の無力さを盲目の魔法使いベネッタは特に感じている。
気付いた時にはすでに遅く、呪いによってまともな抵抗も出来ずに牢の中。
まさか、助けが現れるなど思っても見なかったのだ。
『自分にもわかりません。でも……まずはあなたを助けられてよかった。あなたは俺の追放に疑問を持っていた人だったから』
『それでも、何もできなかった愚かな女です。結局、反対した所で何も変わらず、ミスティ姫のように真正面から抗議する勇気もない……私はそんな卑怯な女でしかありません』
『それでも、よかった』
盲目の魔法使いベネッタに笑いかけて、リベルタは立ち上がる。
見えないはずなのに盲目の魔法使いベネッタは笑い返していた。
『せめて、ヴァルフトとの戦いの傷を癒しましょう。『治癒の加護』!』
本来なら治癒魔法をかけた振りの予定だったが、本当に怪我をしてしまったので治癒魔法も実際にかけるようにベネッタがフォローする。
裂けた服や付いた血までは戻らないが、傷は戻った。
リベルタは右腕を動かして、驚いたような表情を浮かべた。
『凄いですね。流石は城の魔法使いです』
『私にはこの程度しかできません。呪いのせいでフラフィネと戦える力も最早無い……せめて何か手伝えればいいのですが』
『それでは、どうかお姫様を救ってあげてください。俺がフラフィネと戦っている間に……俺がどうなっても二人は逃げられるように』
リベルタの台詞に、盲目の魔法使いベネッタは再び問いを重ねた。
『何故、あなたはこの国を助けようとするのです?』
リベルタは困ったような表情を浮かべながら頬をかいた。
『……正直に言うと自分でもよくわかってはいません。宣告された時は信じたくなかったし、故郷を追い出される日は悪夢のように頭にこびりついています。旅路の中でも辛い事は沢山ありました。ですが、自分の足をここに向かわせたのはそんな旅路のおかげでもあるのです。
辛い始まりだったとしても、道中が険しくとも、得難い出会いがあったのです』
リベルタは観客のほうへと歩き、顔を上げる。
リベルタは追放される前には見せなかった、どこか清々しい表情を浮かべていて。
『それでもここに帰ってきたのは……自分は答えを探すために来たのかもしれません。旅路の途中、故郷を思った答えを』
リベルタは下りてきた階段を駆け上がる。
この国を呪った元凶である魔法使いフラフィネの下に行くために。
台本では次に互いの無事を祈って終わる。
ベネッタは探した。
この役と重なる自分の想いを。
みんなのように、リベルタを通じてアルムに投げかける言葉を。
色々言いたい事はある。
けれど……いくら考えても、ベネッタが言いたい事は一つだけだった。
最後までこの舞台の目的に合っているのかはわからなかったが――
「君だけいないのは寂しいよ。だから、きっと見つけてね」
ただただ素直な気持ちを送る。
それは主人公リベルタを送り出す激励のようにも聞こえて。
その本質は自分達の世界から一線を引こうとする友人への素直な思いと、舞台を通して何を伝えたいのかを見つけて欲しいという願いだった。
ベネッタの望みは細やかなもの。大好きな友人と一緒にいたい。ただそれだけ。
一線を引いた今のままではいつか遠くへ行ってしまいそうで、それだけは許せなかった。
暗転。
舞台はクライマックスに向けて動き出す。
同じ舞台に立つ友人と舞台の続きを望む観客に見つめられながら。
いつも読んでくださってありがとうございます。
後三話で一区切りとなります。




