685.呪われた魔法使いとお姫様8 -行進曲-
「ひい……! ひい……!」
「が、頑張ってフロリア……!」
シーンの合間、舞台裏で椅子に座りながら息絶え絶えのように荒く呼吸するフロリア。
この舞台が観客席の生徒やガザスの女王であるラーニャが見れるものに仕上がっているのはアルム達の努力やサンベリーナの支援によって出来上がったセットのおかげもあるが……何より魔法による演出によるものが大きい。
舞台の上が本当に呪われているかのような黒い霧の臨場感。
薄暗い夜を演出するために、照明用魔石で舞台を照らした上で暗がりにする徹底ぶり。
星の輝きはグレースによる光魔法だが、主人公リベルタ旅路の思い出を観客と共有するために観客席にまで広げた星夜の再現。
フロリアは舞台の上に立つ出番こそ少ないが、ほとんどのシーンに演出に出ずっぱりだ。
舞台が始まってからもう一時間近く立つ。戦闘のように何度も魔法を使うわけではないが、魔法を維持する時間があまりにも長く……何より"現実への影響力"を低く調整するのに精神力を使っている為、疲労が色濃い。
「少しでも休みなさい」
「ありがとうグレース……!」
フロリアはグレースが持ってきた水を一気に飲み干す。
グレースとネロエラはその様子を見て顔を見合わせた。
身近で付き合ってみるとわかるが、フロリアはそれこそ貴族らしいお嬢様だ。
友人同士でいる時は気兼ねない雰囲気ではあるが……言葉遣いや振る舞いは基本丁寧であることを心掛けているように優雅だ。
スタイルが良く、いつも見られているせいだろうか。そういった作法やマナーに関しては案外隙が無い。
そんなフロリアが、仕事上がりの職人のような豪快な飲みっぷりを見せたことに二人は驚いていた。それほど余裕が無いという事だろう。
「はぁ……はぁ……。魔力は何とかなるかもしれないけど、体力が辛いわ……わざと……はぁ……弱くするのも大変ね……」
「魔力の代わりに"変換"での精神力の負担を増やすようなものだもの。ベネッタの『解呪』もあるとはいえ、呪詛の影響が演者にも観客にもいっていないのは流石よ。あなたはよくやっているわ。アルムに指名されただけあるわね」
フロリアは戦闘力が高いわけでもなければ魔力も多いわけではない。
グレースもそれを知っていたからこそ当初はフラフィネを演出に選んでいた。アルムの言葉が無ければそのままだったに違いない。
しかし、フロリアは自分の血統魔法の影響もあってか"現実への影響力"を五感に結び付けるのを得意としている。ベラルタ魔法学院で開花するには珍しい援護や補助としての才能がひそかに舞台の完成度を上げていた。
「あの人ったら暇があれば魔法儀式してるか実技棟回ってる変態だものね……。私も、自分がここまで……やれると思ってなかった……」
疲れ切った表情ながらフロリアの口元には笑みが浮かぶ。
"お前のほうが上手くやれるはずだ。そうだろ?"
思い出すはアルムの声。
個人的に深い関わりがあるわけでもなく、会ったら少し話す程度の友人が自分の実力を一番理解していたなんて変態と言わざるを得ない。
抱いていた自信の無さなどどうでもいいと言わんばかりの乱暴な信頼がフロリアを奮い立たせる。
「終わりも見えてきた。もう後半よ……フラフィネは最後にアルムと戦うシーンが残ってる。今更演出のほうを任せて余計な負担を増やせられない。最後まであなたで行くわ。いける? フロリア?」
「当たり前でしょうグレース。ここで誰かに自分の席を渡すほど……私は利口じゃない」
大きく息を吐いてフロリアは立ち上がる。
おろおろと心配そうに見つめるネロエラの頭に手を置いた。
「この舞台が成功しても誰かの命が救われるわけじゃない。そんな事はわかっているわ。けれど……友達の事は最後まで支えないとね」
観客からはフロリアの姿は見えない。
物語にフロリアの出番はもう無い。
誰かの命を助けられるわけでも、万人からの賞賛を浴びられるわけでもない。
それでも、友達の未来がほんの少し幸福になれるのなら頑張る意味だってあるんじゃないだろうか。
フロリアは魔法を唱えながら舞台のほうを見る。
最後まで支えると決めて。舞台の裏にはいつだって、主役を支える誰かがいるものだ。
私がそれをやろう。やり切りたいと思った。
なんとなくだけど……私はそんな損に見える役回りを誇らしく思えるようなのだ。
「やっぱりね……私はお姉さん属性なわけよ」
「な、なんだ急に……?」
「いや、お姉さんじゃなくて……お姉ちゃん……? どう思うネロエラ?」
「ち、違いがわからない……?」
舞台の上は氷の城壁から打って変わり、薄暗い場所に鉄の檻が並んでいた。
呪いである黒い霧は蔓延しており、アルム演じるリベルタは階段でその場所へと降りてくる。
並んだ檻の中で影が蠢く。その正体は囚人か。それにしては覇気がない。これも呪いの影響だろうかとリベルタは周りを見回す。
『ミスティ姫は囚われたと騎士ルクスは言っていた……どこだ……?』
リベルタは舞台の上を駆ける。
右に左に、牢の中を覗き込むがミスティ姫の姿はどこにもない。
『ミスティ姫! ミスティ姫はどこか! いたら返事をしてほしい!』
リベルタは叫ぶが返事は返ってこない。
ここにはいないのか。リベルタは途方に暮れた表情を観客に見せる。
『どうすれば……? いや、まさかあれは……!』
リベルタは何かに気付いたのか牢に近付いた。
そして勢いよく牢の檻を掴む。
『あなたはあの時の……ベネッタという魔法使い! 何故ここに捕まっている!?』
牢屋の中に見知った人物がいたリベルタは驚愕の声を上げた。
観客が気付かぬ内に、牢の中には確かに盲目の魔法使いベネッタがいた。
その腕は縛られているようで、魔法を警戒してか口にも拘束が。
元々つけている目元の布も合わせて拷問された後のような雰囲気を醸し出している。
『待っていてください。今助けます!』
当然、周りに鍵などあるはずがない。
リベルタは周りを見て、牢から少し離れると盲目の魔法使いベネッタが入れられている牢に手を向けた。
『おーっとっと! なーにやってるんだい"呪いの子"?』
そんな舞台の上に嫌な声が響く。
リベルタが下りてきた階段から同じように下りてくる悪人面の牢屋番ヴァルフトだ。
リベルタは下りてくる牢屋番ヴァルフトをきっと睨む。
『帰ってきたかと思えば罪人を解放しようとするなんて……これじゃあ国外追放じゃすまねえなおい!? 呪いだけじゃすまないか?』
『馬鹿な事を。俺を追放しても呪いはどうにもならなかっただろう』
『ああ、恐ろしい。流石は"呪いの子"だよ』
『……わかってて言っているな』
ゆっくりともったいぶるように下りてきたヴァルフトは笑った。
『当たり前だろ。こちとらフラフィネ様の弟子だぜ?』
『俺の家に来た時も、わかっていてあんな言葉を喋ってたのか』
『いんや、あの時は本当に知らなかったんだ。まぁ、知ってても似たような事は言ってたんじゃねえの?』
『下衆が。この国を乗っ取ろうというのか?』
リベルタの問いに牢屋番ヴァルフトは剣を抜いて答える。
対峙するリベルタも荷物を下ろした。
観客の誰かが生唾を飲み込む。
『さあな? 俺はフラフィネ様のお考えに従うだけだ! そんで今は……この牢を任された者としてお前を、"呪いの子"を八つ裂きにするだけさ! 俺にとっちゃやる事はシンプルなんだよ!』
牢屋番ヴァルフトがリベルタ向けて跳ぶ。
その跳躍は強化の魔法によって上がった身体能力によって普通の人間のそれではなくなっていた。
舞台の横だけでなく上まで目一杯使った跳躍に観客からどよめきが起こる。
剣の切っ先がリベルタに向けられて、リベルタは前に跳んでその切っ先はギリギリの所で躱した。
ダン! とヴァルフトが舞台に着地する音が響く。
「!!」
「!!」
「え!?」
舞台にいるアルムとベネッタ、そして舞台袖で待機しているグレースは同じ表情を浮かべた。
アルムの頬が少し切れ、血が流れている。
ここからのシーンは刃を潰した武器と魔法の剣によって演じる殺陣のシーン。
当然、本物の武器を使う予定など無い。あまりの勢いでというにはあまりに切り口が鮮やかだ。これは鋭利な刃物でなければ有り得ない。
「ヴァルフト……!」
『どうした"呪いの子"! 剣を見るのは初めてか!?』
アルムはリベルタの演技を解いて、ヴァルフトの持つ剣を注視した。
それはリハーサルで使っていた刃を潰した小道具用の剣ではあったが、その刀身には風の魔法を纏っている。
グレースの意向ではない。明らかに予定と違う。
舞台袖で見ていたグレースは忌々しそうに舌打ちをした。
「あの馬鹿……アルムと本気でやり合おうとしているの……?」
演者が起こした明らかなトラブル。
しかし、トラブルだと認めて舞台を止めるわけにはいかない。これは形の上では歓待の催しなのだ。
幸いなことに、観客は舞台の上で始まる戦闘のシーンに心を躍らせているようでトラブルだと気付いている者はいない。むしろアルムが頬から血を流した事で凝ってるな、と思う者もいたくらいだった。
『来いよ! てめえが何しに来たかは知らねえがなあ!!』
台詞だけは台本をなぞり、殺気だけは演技から外れて。
ヴァルフトはリベルタ――アルムを睨みつける。
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