684.呪われた魔法使いとお姫様7 -前奏曲-
あの日、僕は激昂した。
四大貴族カエシウス家の令嬢と話す君の姿を見て。
唯一見たことのない顔だったからすぐにわかった。
筆記も平凡、実技は最低……魔力量だけで入学した学院唯一の平民。
相応しくない者が、相応しくない相手と喋っていると。
……僕は言った。
"立場の差というものがあります"
まるで愚者を諭しているかのように。
……僕は言った。
"同じ学院に入っただけで同じ場所に立っていると勘違いしたか?"
この場に相応しくない人間だと勝手に決めつけて。
得意気に、僕は言った。
"――これが魔法使いだ"
恵まれた生まれによって手に入れた才能と歴史をさも自分の力のように見せつけた。
あの日の過ちは今になっても全て覚えている。
僕はミスティ殿のように振舞うべきだった。
凡百の貴族達のように排斥するのではなく、ミスティ殿のように手を差し伸べるべきだった。
貴族の頂点である四大貴族に数えられる僕こそがやらなければいけなかった。
貴族も平民も関係なく、魔法の腕を研鑽する者同士として認めなければいけなかった。
何がすり寄る。そんな者にミスティ殿が心を許すものか。
何が相応しくない。何故僕は決めつけた。
何もできない者ならば元より勝手に消えていく。この世界に訪れたかもしれない可能性として、何故受け入れなかったんだ。
異端として排斥される辛さを、僕は母を通じて知っていたはずなのに。
アルムの呪いに最後の仕上げをしたのは僕だ。
あそこで君を歓迎していれば、君は縛られなかったかもしれない。
アルムの周りに壁を作らせたのは僕だ。
魔法使いという道を歩んでベラルタに来た君に、貴族と平民という意識を改めて植え付けた。
誰よりも魔法使いだった君に。
僕を友人と呼んでくれる君に、僕は何も返せていない。
君から貰ったものは大きくて、君に見た在り方に追い付きたくて。
君に言わなければいけない事を、この舞台の上で言うのが許されるのなら――!
……けれど、アルムがこのまま自身の価値を知らぬまま、呪われたままならば。
僕はあの日の僕を、きっと一生許す事は出来ないだろう。
『何者だ』
明るくなった舞台のセットはリベルタが追放された時と同じ城門だった。
先程と違うのは、凍っているという事だろうか。門以外の全ての壁は侵略者を寄せ付けないよう、氷が剣山のように鋭い形となって威嚇している。
舞台袖から歩いてきたリベルタを見るなり、城門の前に立つ騎士ルクスが声をあげる。
リベルタの旅路では無かった黒い霧が再び舞台に蔓延していた。
ここはリベルタが追放された呪われた国という事だろう。
『お久しぶりです』
リベルタがそう言うと、騎士ルクスはリベルタの顔をまじまじと見た。
『"呪いの子"……? まさか、一年以上前に追放されたあのリベルタか?』
『はい』
『何をしに来た。君は国外追放された身……今更この国に何をしに来た? すぐに、どこかへ行くといい』
騎士ルクスの声にリベルタが怒りは無いように思えた。
対峙しているリベルタだけでなく、観客席にも伝わるような優しい声。
その理由はこの黒い霧だろう。
どうやらリベルタの旅路は一年以上あった様子……だが、それにも関わらず"呪いの子"を追放したはずのリベルタの故郷は未だ黒い霧によって包まれている。
つまりは、リベルタの追放は何の意味も無かった。
ただの決めつけ。
ただの間違い。
ただの、理不尽。
そんな事実を騎士ルクスはとっくにわかっている。
『何が起こっているんですか?』
リベルタの問いに騎士ルクスは俯きながら答える。
『サンベリーナ王は死去し、ミスティ姫は囚われ……魔法使いフラフィネがこの国を支配した。表向きは国王代理という話になっているが……姫を捕らえて代理も何もあるものか』
『他の魔法使いは?』
『魔法使いフラフィネはこの国で一番の魔法使いだ。だからこそ亡くなられたサンベリーナ王の側近だった……加えて、弟子のヴァルフトもいるのでは魔法使いフラフィネに対抗できるはずがない。かろうじて抵抗できたのはミスティ姫様とその魔法使いベネッタ殿だったが……呪いで弱った体では魔法使いフラフィネをどうする事もできなかったようだ……。呪われた国と呼ばれているが、もはや……死にゆく国かもしれんな』
力無く笑う騎士ルクス。
国の未来に絶望しながらも、自身の役目を果たすべく門に立つ姿は真面目な気質が読み取れる。
『この氷は?』
『魔法使いフラフィネの魔法だ。この国の美しい景色は冬に咲く氷の花によってもたらされるが……それを真似たのだろう。だが……こんな狂暴な氷を我々は美しいとは思えん』
こんこん、と剣のように突き出される氷を騎士ルクスは拳で鳴らす。
もはや自分の故郷を諦めているかのようだった。
『俺が行きます』
『何? いや、本当に……何を言っている?』
『姫様が囚われているのでしょう。助けないと』
ルクスの鼓動が少し、早くなる。
騎士ルクスとしてではなく、ルクス・オルリックとしての記憶がそうさせた。
台本を書いたグレースを少しだけ呪いたくなる。
『駄目だ。この国の惨状を見れば他国も黙っていないだろう。他国からの応援が来るまで待機しなければいけない』
よくぞ自分からの話だけで再現してくれたものだ。
苦い記憶を蘇らせながらルクスは演じた。
トランス城に向かおうとするアルムを引き止めた時の記憶がルクスの頭を駆け巡る。
『私達はもうとっくに負けていたんだ。この国の呪いによって。リベルタ、君の気持ちは立派だ。だが……我々は今は危険を冒すべきではない。異変に気付いた隣国の応援が来るまで我々は――』
貴族らしく。
そう在ろうとするのが正しいと思っていた。
入学式の日も、トランス城がグレイシャに乗っ取られた日も。
異端を排斥する普通の意見、応援を待つ妥当な判断。
そうする事が秩序を守るのがより良い答えなのだと。
それが、自分の価値。四大貴族ルクス・オルリックが見せるべき規範。
『それでも俺は行きます』
『リベルタ、無理だ。魔法使いフラフィネは用意周到だった……長い時間この国に潜伏し、呪いによって徐々に我々の力を削いだ。我々は負けている』
『ここに負けていない人間がいる。追放され、呪いから解放された俺なら』
『無理だ! 相手はこの国を手中に収めた魔法使いだぞ! それに……ここは君を追放した国だ! 君が助ける義理がどこにある!!』
全部、糞ったれだ。
僕が貴族らしくと振舞った時、僕はどちらも魔法使いの在り方から逃げていた。
君は、ずっと逃げていなかったのに。
『それを見つけに行くんです。確かに俺は追放されて、それが理不尽だと思っているけれど……ここで行かなかったら俺はきっと後悔してしまうから』
自分の正しさを貫く君に価値が無いはずがない。
君は呪いなんかに縛られていい人じゃない。
自分の夢に向かって歩む君の姿は、僕にとってこんなにもまぶしいのに――!!
『止めてくれてありがとう。門番さん』
リベルタは門番の横を通り過ぎて城門へと。
騎士ルクスはリベルタを止める事は無い。
リベルタが城門の向こうに消えてこのシーンは終わる。
しかし、その背中には声が届いた。
「ごめん……! あの日君に手を差し伸べられなくて……! 間違っていたのは、僕だ……! ここに相応しくなかったのは僕だ……!」
その声は謝罪だった。
観客席からすればリベルタの追放を悔やむ騎士の姿。
だが実際は――。
「ごめん……! ごめん……! この後悔すら許されるものじゃないのかもしれない……! 君は……誰よりもここに相応しい人間だったのに……!」
後悔をその表情に滲ませながら、ルクスは謝罪を繰り返す。
リベルタ――いや、アルムは驚きを隠せないまま。当然台本にはこんな台詞は無い。
セットの城門が閉じ始めて、アルムは何も言う事ができないまま去っていく。
そして舞台は暗転した。
一人立ち尽くすルクスを残したまま。
舞台袖へと引っ込んだルクスを待っていたのはエルミラだった。
エルミラはすでに自分の出番を終えている。後は演出としての役割を残すだけだ。舞台袖でルクスを待つくらいの余裕はある。
「お疲れ」
「ありがとうエルミラ」
暗がりの中、二人は観客席のほうを覗く。
観客の反応を見るに今のシーンは好評だったようだ。
観客からすれば端役に見える騎士ルクスが吐き出す後悔がよかったのだろう。
ルクスの姿も演技とは思えないほど真に迫っていた。当然だ。ルクスの後悔も謝罪も演技などでは無かったのだから。
「泣くかと思った」
「僕に泣く権利は無いよ」
「……馬鹿真面目」
「そうだ……僕は真面目なだけ。常識をなぞるだけじゃ理解できない事も起きて、自分の常識は誰かにとっての常識じゃなくて、そして必ずしも正しい事じゃないんだ」
エルミラはルクスに体重を預けるよう寄っかかり、ルクスの肩に頭を乗せた。
「ごめん。僕は君達のように、アルムを後押しできなかった」
「それでも、きっとアルムに気付かせたよ。私達が何かを伝えようとしてるって」
ルクスとエルミラの二人は暗くなった舞台を見つめる。
微かにセットを動かす音が二人の耳にも届いている。
「……後は頼むよ」
照明用魔石の光で舞台が明るくなる。
舞台は止まらない。クライマックスに向けて進み続ける。進み続ける。
いつも読んでくださってありがとうございます。
師匠やミスティを除くと、アルムに対して一、二を争う重い感情を抱いてるルクス。




