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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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681.呪われた魔法使いとお姫様4 -哀歌-

「ベースは"ラフマーヌと放浪の英雄"でしょうね」


 パンフレットに書かれていたタイトルは『呪われた魔法使いとお姫様』だったが、マナリル出身ではないラーニャにもこの舞台のベースとなった物語はわかったようだった。

 しかし、当然ガザスの話ではないのでエリンは首を傾げる。


「ラーニャ様はご存じなのですか?」

「不勉強ですねエリン。マナリルの北部では有名なお話よ」

「申し訳ありません。幼少の頃から童話などに触れてこなかったもので……」

「冗談よ」


 真面目に頭を下げるエリンを見てくすくすと笑うラーニャ。

 そんなラーニャの姿を見て改めてエリンは安堵する。


「義兄のリャルダとまだ気兼ねなく会えた時に一緒に読んだ覚えがあります。子供の頃に。

彼の部屋に置いてあったはずだから……残っていても読めないわね。きっと血塗れだもの」

「あの部屋にリャルダ派の人間が集まったタイミングで全員殺……失礼、失踪してしまいましたからね。ラーニャ様の暗殺計画を立てていたので当然ではあるのですが」

「……この楽しい場に似合わない話はやめましょう」


 ラーニャが暗くなっている舞台のほうを見つめているのを見て、エリンも姿勢を戻して正面を向く。


「何故、彼らはこのお話を選んだのかしら……?」


 ベースとなる"ラフマーヌと放浪の英雄"はガザスでは大して有名ではない。

 マナリル北部の民間伝承なのだから当然だろう。ラーニャですら子供の頃マナリルから入ってきた本で内容を少し知っている程度だ。自分達への歓待の題材としては少しマイナーな印象をラーニャは受けた。

 隣に届くか届かないラーニャの呟きは誰かが答えられる訳もなく、舞台は次のシーンへと移った。


「わ……」


 観客席のほうからざわめきが起こる。

 舞台の上にいるのはアルム――いや、リベルタ一人。

 だが、舞台の上は屋内とは思えない。

 光を浴びて輝く氷の花が咲き誇っているのはもはや花畑だった。

 その花畑の間をリベルタは歩き続けている。

 無論、舞台の中心から動いてはいないのだが……歩く演技をすると同時に背景が入れ替わっていくのだ。

 少し歩くと咲き誇っていた氷の花は瞬時に消えて、今度は山の中へと。

 同時に生暖かい風が観客席に吹いた。土地が変わったのを風で表現している。

 ざわざわと動く木々の影がリベルタの上で揺れる姿は本当に森の中にいるようだった。

 額を拭いながら、リベルタの口が開く。


『こうなるのを覚悟で俺は母さんの研究を続けたんだ。仕方ない。理不尽だとは思っている。けれど……こうなる前にやめるべきだった。でも俺はやめなかったんだから。やめて別の道を行ってもよかったのに』


 今度は人が賑わう町のようだった。

 忙しなく壇上を動く人型の影が生えてくる。往来の激しい場所だ。

 人ごみを避けて歩く仕草はどう見ても慣れていない。町の外れに住み、人々との交流が無かったのがそれだけでよくわかる。

 謝りながら歩いていくリベルタは少し弱弱しい。


『仕方ない……でも、こうならなくてもよかったはずだ。何で、こんな事を続けなければいけないんだろう。こうしなくてもいい道だったはずだ』


 台詞の瞬間、舞台は暗転する。

 そしてすぐに炎が浮かび上がる。

 リベルタはその炎を見つめながらぼーっとしているようだった。

 周りには木々の影が生えており、薄暗い照明はリベルタにはその炎しか頼りがないと言っているかのよう。

 焚火だ。リベルタは焚火をしている。脇には無造作に寝袋が置かれていて、暗い山道に疲れて野営するリベルタがそこにいた。


『苦しいよ。痛いよ。でも、これしか俺にはなかったから』


 炎が消える。

 薄暗い照明も消えて一瞬暗転する。

 二転三転するシーンの連続。決して楽しいシーンではない。

 ただ主人公リベルタの孤独を浮き彫りにするだけのシーン。

 しかし次々と変わる背景と演出として現れる魔法の見事さが、学院の生徒である観客を唸らせる。


『あてはない。けれど、母さんの魔法を研究し続けながらただ歩いた。もうどのくらい歩いただろう。何日、何か月……歩いたのだろうか。年月なんて関係無いか。これからずっとこうして歩き続けるんだから』


 炎に焚き木を投げ入れながら、リベルタは誰も答えてくれない疑問を口にする。

 何故こんな事にと理不尽を感じながらも歩みを止めないリベルタの姿を少し不憫に思う者もいる。


「……?」


 一方、ラーニャは二転三転するシーンの連続に疑問を抱いていた。

 何度も変わる背景も演出として現れる人型の影や氷の花、炎の魔法の精度は素晴らしいの一言だ。

 しかし、長い。

 舞台の構成としてアンバランスに感じるほどに。

 リベルタの孤独を植え付ける意図はわかるが、台詞がどれも観客に向けて届ける気のないように感じた。

 まるで、リベルタをただ見届けろと観客に言っているかのような。


『俺はここにいる。ここにいるのに、閉じこもってるみたいだ』


 台詞の違和感は止まらない。

 リベルタが追放されるまではわかりやすかったのに急に抽象的になってきた。

 ギリギリ意図が伝わるようになっているのは計算か。それとも。


『意味が無いかもしれない。それでも関係無い。いや、そんな事考えてる暇はなかったんだと思う』


 炎の中で焚火がパチンと鳴る音がする。

 一瞬炎は強くなったが、すぐに収まった。

 しばらくそんな焚火の音が続いて……炎は消えた。

 そして今度はまた照明が元に戻って、リベルタが山の中を歩き続けるシーンへと変わる。

 いつの間にか、リベルタは長袖のコートのようなものを着て厚着になっていた。

 季節が一周したという事なのだろうか。木々の影もどこか動きに力が無い。

 今はもしかしたら冬だろうか。

 観客がそう思った瞬間、照明が薄暗くなって舞台の上から白い雪が降り出した。



(何故こんなにも時間をかけて……? セットと演出は素晴らしいですがこれではまるで――)


 そこまで考えて、ラーニャは気付く。

 観客にとっては理不尽な追放で始まった長い旅を嘆くように聞こえてきた台詞と長く続くリベルタの旅のシーンが、ラーニャにはどこか違うものに見え始める。


「まるで……誰か一人に、向けているような……」


 舞台の上ではリベルタが雪で滑ったように盛大に頭からずっこける。

 ずっこけた先には柔らかい雪があった。リベルタは顔の雪を払いながらもすぐに立ち上がる。


『たまには、こんな事もある』


 観客席からは小さく笑いも出るが、ラーニャは一人……この舞台の意図に気付いた。


「……これは私達に向けられた舞台ではありませんね」

「え?」


 隣のエリンはラーニャの呟きを聞き取った。

 エリンがラーニャを見てみると、その横顔は舞台を楽しむ表情から小さな子供を見つめて慈しむような優しい表情へと変わっている。


「……この舞台はたった一人に向けられた盛大な歌。

主人公リベルタの旅路を通して伝える……誰かへのメッセージ」

「メッセージとは……?」

「わかりません。けれど……何かを伝えようとしている。リベルタのシーンと台詞を、そして恐らくは他の役の台詞を通じて」

「誰かとは……誰に?」

「それこそ愚問でしょう?」


 問題は何故そんな試みをしているのかという事。

 もしやアルムに何か問題が起きているのだろうか、とラーニャは思考を巡らせる。

 ラーニャがそんな疑問に悩む間に舞台は暗転した。

 少しして次のシーンは雪山のように白い景色だった。

 夜が近いのかどこか薄闇漂う中、主人公リベルタは降り積もる雪の中でも歩みを止めない。

 ――そして次の瞬間、観客席から悲鳴が上がる。

 舞台の上にいていいはずのない……赤眼白毛の狼が現れた。

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