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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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780/1051

680.呪われた魔法使いとお姫様3 -狂想曲-

『よいしょ』


 次のシーンは再び主人公リベルタの住む小屋から始まった。

 リベルタが旅支度を終えて荷物を背負う所のようだ。

 最後に小屋を見納めるようにリベルタはゆっくりと見渡す。

 観客席のほうに視線を向けて止まった。

 リベルタは前に出て、両手で何かを開けたような動きを見せる。


「……窓だ」


 観客席のほうで誰かが呟いた。

 何もない場所に手で寄っかかるようにしながら目を細めているリベルタ。

 自分の家から見える故郷の風景を見納めているようだった。

 その細めた目の先に見えているのは風景の中にある思い出だろうか。


『……』


 風が吹いた。

 リベルタの黒髪が揺れて、常に漂っている黒い霧も煙のように揺れる。

 観客席のほうまでその風は届いた。

 まるで無言で窓の外を見つめるリベルタと思い出を共有しているようだった。


 バタン!!


 突如、大きな音が鳴った。

 勢いよく開く扉を開いたような音。

 びくっと肩を震わせるリベルタの姿に観客も少し同情する。

 リベルタが自分の家でしていた最後の時間を邪魔した音の主が舞台袖から出てきた。


『おお、逃げてねえじゃねえか! "呪いの子"ともあろう男がお偉いこった! うひゃひゃひゃ!』


 ローブのようなものを着崩している男が大股を開きながら歩いてくる。

 ヴァルフトが演じるのは魔法使いフラフィネの弟子である牢屋番ヴァルフトだ。

 出てくるなり、物珍しいものを見るような目でリベルタをじろじろと見始める。


『ほーん? こいつが呪いの原因なのか。人は見た目によらねえな? 俺のがよっぽど悪人面だぜおい!』


 そう言って大笑いするヴァルフト。

 いい印象はしないが、それでも豪快で気持ちよさすら感じる笑い方だった。

 リベルタは戸惑った様子を見せながら問いかける。


『あなたは?』

『迎えだよ迎え! 俺様はあのサンベリーナ王の側近であらせられるフラフィネ様の一番弟子! 普段はその実力を買われて罪人を閉じ込める牢屋番をやってんだ! 念のためにって事で俺様が迎えに来てやったんだよ! いらなかったみてえだけどせっかく"呪いの子"と話せる機会だ……途中まで一緒に行こうぜおい!』


 そう言ったヴァルフトはリベルタに馴れ馴れしく肩を組む。


『なあなあ! 実際どうやってんだよ?』

『いえ、だからやっていません……』

『おっと、なんだかんだ魔法使いだな。自分の手の内は晒さないってわけだ!』

『いや、ですから……』

『わかるわかる! 俺だって言わねえよ気にすんな! うひゃひゃ! じゃあ先に俺の魔法を教えてやろうか? 俺の魔法はだな――』


 罪人と接するにはあまりに軽い態度の牢屋番ヴァルフトと一緒にリベルタは舞台袖に掃けていった。

 舞台は再び暗転する。


「ふふ、うまいですね」


 暗転している間、ラーニャが楽しそうに笑う。

 小さく笑ったラーニャに隣のエリンが顔を近づけた。


「お気に召されましたか」

「ええ、あのヴァルフトさん……模擬戦で反則負けになった方よね。こちらに留学した時に。印象が変わりました。演技がお上手です。それに他の皆さんも。何より演出がとてもいいわ」


 最近霊脈の調査やカンパトーレの動きによって難しい顔をする事が多かったラーニャの笑顔にエリンも顔を綻ばせる。

 エリンの目から見ても素人にしてはよくできているという印象だ。

 何よりレベルが高いのは演出。舞台を邪魔しない程度に漂う黒い霧、観客席にまで届く風や燭台の炎に至るまで。

 流石はベラルタ魔法学院の三年生の魔法と言うべきだろう。

 

「どうなるか楽しみねエリン」

「はい」


 ラーニャ以外にも続きを楽しみにする生徒達が出てきた中、舞台が明るくなる。

 光に照らされるのは城壁だった。

 城壁の上には偉そうに胸を張ったサンベリーナ王と魔法使いフラフィネが立っている。

 そして城壁にある門の前には騎士ルクスと牢屋番のヴァルフト、そして主人公のリベルタがいた。

 サンベリーナ王の背後に控えているフラフィネが前に出た。


『"呪いの子"リベルタよ! これより貴様はこの国に呪いを振りまいた罪としてこの国の国民ではなくなり、罪人として追放とする。だが貴様のような罪人にも偉大なるサンベリーナ王は慈悲深い……畏れ多くも最後に拝謁できる栄誉をくださっている。その感謝を胸に抱きながらこの国を去るがよい』


 フラフィネが話し終えたかと思うと、サンベリーナ王は見下すような視線をリベルタに送る。

 リベルタはこれ以上は何を言っても無駄だと思ったのか、ただ一礼しただけだった。

 突如降りかかった理不尽に対する恨み。

 故郷を去る悲哀。

 そのどちらも口にしない。

 騎士ルクスと牢屋番ヴァルフトに見送られながらリベルタがその場を去ろうとすると、


『お待ちください!!』


 凛とした声が舞台の上に響き渡った。

 舞台袖から、ドレスのスカートを持って走る少女が現れる。

 頭にある姫冠(ティアラ)と後ろに流れる青みがかった銀髪が光を帯びて煌めく。

 壇上に華を咲かせる少女の登場に観客席では息を呑むような声とざわめきが起きた。


『おやおやこれはミスティ姫……このような所にどうされました?』

『まさか本当にこのような……! っ……! 偉大なるサンベリーナ王! 母上! このような少年が呪いの原因だと本当に思っていらっしゃるのですか!?』


 ミスティ演じるミスティ姫の登場、そしてサンベリーナ王の判断に異を唱える姿に観客席のほうでは前のめりになる生徒も出てくる。


『私の判断が間違っていると?』

『国中に蔓延する忌々しきこの呪い……解決しようと動く母上の行動力には敬意を表しております! ですが! どうか慎重なご判断を! 彼を見てください! 私と変わらぬ少年です! このような少年が国中を巻き込むような魔法を……呪いを使えるとは思えません! どうか再考を! このままでは無実の者を追放してしまう可能性がございます!!』


 力強く主張するミスティ姫を見つめるリベルタ。

 後ろ髪をひかれて振り返ったようなポーズで固まっている。


『これはこれは、ミスティ姫はお優しい』


 くっく、と城壁の上で笑う魔法使いフラフィネをきっと睨みつけるミスティ姫。

 サンベリーナ王はミスティ姫の主張に一瞬迷いを生じたような表情を浮かべている。


『ミスティ姫は確かに賢い御方です……ですが、呪いの知識はありますまい?』

『そ、それは……』

『私の調査に異を唱えるのであれば、それ相応の知識を持ってもらいたいですな。それに……これは私だけでなく他の魔法使い達も認めた決定ですとも』


 サンベリーナ王と魔法使いフラフィネが立つ城壁の上に複数の人型の影が現れる。

 この国の魔法使い達が集まったかのようなその人型の影の出現にミスティ姫はひるみ、先程までの勢いがなくなってしまう。


『我が国は安泰ですな偉大なるサンベリーナ王。姫様が心優しい御方に育ったのもひとえにサンベリーナ王のお背中を見て育った結果でしょう』

『おーっほっほ! 褒め過ぎよフラフィネ』

『ですが……今回は少々空回りしてしまったようですな』

『そのようね』

『母上!!』

『下がりなさいミスティ。決定は覆りません。"呪いの子"リベルタは国外追放とし……我が国はあるべき姿を取り戻すのです』


 ミスティ姫の声はサンベリーナ王には届かず、魔法使いフラフィネは袖で自分の口元を隠していた。

 それが笑みが零れるのを隠しているからだと、観客達にも伝わっていく。


『もういいんです。十分俺は救われましたお姫様』


 リベルタの声にミスティ姫は振り返った。

 しかしすでにリベルタは舞台にいる登場人物全員に背を向けるようにしていて、その視線は観客席のほうへと向いている。いや、その目が見ているのはまだ見ぬ旅路その先か。

 リベルタとミスティ姫がここで顔をあわせる事はない。


『見ず知らずの俺のような者の為にありがとうお姫様。あなたの優しさはきっと、俺の旅のしるべとなってくれるでしょう』


 ミスティ姫の抗議は虚しく、リベルタは笑顔を浮かべて出立する。

 膝から崩れ落ちるミスティ姫。城壁の上で満足そうな笑みを浮かべる魔法使いフラフィネ。

 サンベリーナ王が金色のマントを翻しながら背を向けると、舞台は暗転した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり、演劇を知る人ならではの描き方なんでしょうね。 アルム達が舞台の上に立っているのが目に浮かびます。 各人の個性を損なわずに、演劇は進みますか…… グレイスの腕の見せ所ですね。
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