678.呪われた魔法使いとお姫様 -プロローグ-
幕が上がる。
幕が上がってもなお暗闇という中で、最初に灯ったのは炎だった。
二つの炎。その炎の影になるように漂う黒い霧。
二つ増える。また二つ。
並べられた六つの炎は暗闇の中に安心を与える役割はせず、ぼんやりと不吉な黒い霧を映す様はまるで死を予告する鬼火。
照明用魔石の光がゆっくりと舞台を照らしていき、最初に現れたのは玉座だった。
白い階段の上に置かれた金色の玉座に座る金髪の女。その頭にはこれまた金色に宝石を散りばめた王冠が乗っている。
続いて光の中に現れたのは見えていた六つの炎を掲げている六本の燭台とその真ん中に伸びる赤いカーペット。
そして階段の脇に控えるように立っている黒いフードに杖を持つ魔法使いと黒を基調としたロングスカートを纏う使用人だった。
まずはこじんまりとした舞台を想像していた者達の認識が変わる。
講堂の舞台いっぱいに用意された玉座の間。眩い光を放つ偉ぶった金色の装飾が施された巨大な玉座と使うかどうかもわからない巨大な白い階段、そして過去の時代を想像させる一メートルほどの長く立派な燭台が六本立っている。
素人なはずの演劇ながら、期待を持たせるには十分な舞台がそこにはあった。
『ああ、相変わらず……何て陰気で鬱陶しいのかしら』
壁が無ければどこまでも通っていきそうな声。
玉座の上で姿勢を崩し、気怠そうな表情を浮かべるサンベリーナ王はため息をついた。
『私のような偉大な王に相応しくない国だこと。本当にうざったい黒い霧……呪いだか何だか知らないけれど、勘弁してほしいものだわ。誰でもいいからなんとかしなさいって言っているのに……本当に役に立たない連中しかこの国にはいないんだから困ったものね』
玉座にふんぞり返るサンベリーナ王からはすでに嫌な尊大さが伝わってくる。
観客はベラルタ魔法学院の生徒とラーニャ達。見ている全員が無能な王とわかるような演技だった。
立派なのは自身が纏っている服や座る玉座だけ。中身が伴わない暗君がそこにはいる。
『お言葉ですが陛下。私はこの美しい氷の国は陛下にこそ相応しいかと……漂う黒い霧は悪しき存在による呪いによるもの……。全てはその呪いをかけた者のせいでございます。いわばこの国全体が被害者であり、この呪いが無くなった暁には陛下に相応しい国民としての働きを期待できるでしょう』
白い階段の下に控える侍女フロリアが口を開く。
サンベリーナ王は頷きながらも舌打ちする。
『そう! その通りよフロリア! 全てはこの忌々しい呪いのせい! 私の気分が悪いのも! 民が愚鈍なのも! 我が国が陰気なのも! この呪いさえ無くなれば誰もが私を羨み、私を敬い、私に傅くというのに……ええ、ええ、私だってこの国の景色は好きよ。寒いのだって悪くない。
私のような美しい王に相応しい光景だからこそ……私はこの国を受け継いだのだから』
先程とは逆に聞こえるような言葉。
誰かの言葉で二転三転する意見に無能の印象は加速する。
そろそろ観客たちの目には金色の玉座が誰かの手の平に見えてきた頃だろう。
侍女フロリアと同じように白い階段の脇に控えていた黒いフードを被る魔法使いが前に出た。
『偉大なるサンベリーナ王。我が主。朗報がございます』
『朗報ですって? 言ってみなさい魔法使いフラフィネ。私は今気分が悪いの。もしいつものように自分の魔法自慢を話そうものなら……その首を胴体と切り離してあげてもいいのよ?』
『私のお話を聞いて害されている気分が晴れぬ場合はご随意に』
大袈裟な動作でカーペットの真ん中に立つ魔法使いフラフィネ。
手を広げ、漂う黒い霧を撫でるように動く両手は不気味さすら感じた。
ローブをたなびかせる女魔法使いの登場に燭台の炎が二つ消える。
『陛下の御心を乱すこの呪いの出処を突き止めました』
『ほう! ほう! それは本当なのフラフィネ!?』
サンベリーナ王は笑みをこらえきれないような様子で立ち上がる。
立ち上がる勢いで背に羽織っていたギラギラ光る悪趣味なマントが玉座に落ちた。
『我が国にかけられた呪いは民や作物から生命力を徐々に奪い……生きながら搾取するかのような緩慢な呪いなのは偉大なるサンベリーナ王も周知であらされるでしょう』
『え? あ、ああ、そうね。そうだわ』
『私は疑問を持っておりました。何故呪いによって国を滅ぼさないのか、支配しないのか。他の魔法使いは国内で魔法の有力者を中心に探していたようですが……私は逆だと愚考したのです』
燭台の炎がまた二つ消える。
まるでこの国の行く先を暗示するかのように。
漂う黒い霧が濃くなっていく。
『わかるように話しなさいフラフィネ。貴様はいつも本題が遅いのよ』
『申し訳ありません。我が国にかけられた呪いは悪意ではなく、無意識にかけられたものだ、というお話なれば』
『なんですって!?』
『この国の辺境に一人住む少年……我が国の学び舎にも通わず一人怪しげな魔法を研究する者がおります。この国に呪いがかけられたのが五年前。そしてその少年が"呪いの子"と呼ばれ始めたのも、五年前だったのです』
『おお! おお! よくぞ突き止めたわねフラフィネ!』
サンベリーナ王は歓喜に震えながら白い階段を下りていく。
『その者は怪し気な魔法を研究し、そして常人よりも魔力が非常に多い事も付き止めました。恐らくは本人もわからぬ内に発動した呪いだったのでしょう。そこで陛下……ここはその者の存在ごと利用するというのはどうでしょう』
『ほう?』
サンベリーナ王が魔法使いフラフィネの下まで降りてくると魔法使いフラフィネは笑う。
『その"呪いの子"を追放するのです。呪いによって国民の不満も募る中……呪いを使った本人にも意図していなかった事態であった事を発表し、処刑しない事で陛下の慈悲と寛大さを民に見せつけるというのはいかがでしょう。うまく他国に流れ着いてくれれば他国の国力も落とせましょう』
『おお! 名案だ! 流石は私のフラフィネ!』
サンベリーナ王が魔法使いフラフィネに抱擁する。
『そうと決まればすぐにでも実行したいわ! すぐに実行に移せフラフィネ! フロリア! 他の魔法使い共にも今の話を周知させなさい! 今すぐに!』
『かしこまりました陛下』
サンベリーナ王の命令に侍女フロリアは一礼すると舞台袖に掃けていく。
『よくやったわフラフィネ! フラフィネには後で褒美を取らせましょう……それはもう何でも叶えてあげてもいいわ。楽しみにしておきなさい』
『光栄です陛下』
『これでようやく私の天下……私に相応しい国となりますわ! おーっほっほ! おーほっほっほ!!』
『光栄です陛下……。本当に、楽しみで楽しみで……仕方ありません』
魔法使いフラフィネはサンベリーナ王に抱擁されながら観客のほうに向けて笑みを見せる。
照明用魔石の光は消え、続いて燭台の炎も消えて……舞台は暗転した。
「流石ねアルム、エルミラ」
「俺は魔石に魔力を通すだけでいいからな、流石なのはエルミラだ」
「あんくらい余裕だっての。練習もしたし」
舞台の頭上には照明用魔石を操作するための足場がある。
そこで仕事をしていた二人の仕事っぷりにグレースは満足そうに頷く。
照明用魔石を点けていたのはアルム。魔力量を活かした光量の操作はお手の物。
六本の燭台の炎を操作していたのは当然エルミラだ。
炎の大きさは勿論、点けるタイミングも消すタイミングも完璧。エルミラが得意とする攻撃魔法とは違う"現実への影響力"が求められる演出に一年生の頃にはできなかったであろう繊細さが光る。
「フロリアが帰ってきたらフロリアも褒めてやってくれ。完璧に弱い『黒い夢霧』を展開できてる。演技しながらよくコントロールしきったなあいつ」
「ベネッタの『解呪』もあるとはいえ弱くするのってある意味面倒だもんね」
舞台が呪われた国という事で黒い霧の演出は必須と言ってもいい。
舞台だけに漂っている黒い霧の演出はフロリアが弱く"放出"している呪詛魔法。そしてそれをさらに演者に影響が出ないように弱めているのはベネッタが使う無属性魔法『解呪』だ。
フロリアは演技しながらなのもあって、特に大変だっただろう。
「勿論よ。この演劇の間は私が責任者なんだから完璧な仕事にはそれなりの労いの声が無きゃいけないもの」
「お、流石座長」
「ふっ……まぁね。もっと呼びなさい」
満足そうにグレースは二人の所とは別のほうへと小走りで駆けていく。
演者ではないが、大道具の移動や演出の指示などグレースはまだまだ忙しそうだ。
「サンベリーナは凄かったな。これからこの国駄目になるんだなってのが俺でもわかるくらいだった」
「あいつ何でも出来るわよね……普段から言動とかは馬鹿っぽいけど」
「怒られ……ないか。サンベリーナだもんな」
「そこも凄い所だから」
好調な出だしと自分の仕事にアルムが安堵していると、エルミラが唐突に尻を蹴った。
アルムが驚いているとエルミラは耳打ちするように顔を近づける。
「何まったりしてんのよ……次あんたの出番なんだから早く行きなさいよ主人公」
小声の耳打ちは次から出番だというのに移動しないアルムへのお叱りだった。
アルムは慌てて下に降りるために移動する。
「そうだった……行ってくる」
「ええ、ったく……ちゃんとしなさいよ?」
「ああ、後で」
「……ええ、次は舞台の上でね」
やけに真剣なエルミラの声にアルムは振り返る。
小さい魔石によって足場の位置などしかわからない暗がりの中、エルミラがどんな表情をしているのかはわからなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここからは第九部最終章『呪われた魔法使いとお姫様』となります。




