674.最終確認
「衣装も小道具も問題無さそうね」
アルムとミスティが実技棟にてラーニャを案内している間……普段、入学式などが行われる講堂ではグレースを中心として三年生達が明日の本番のためのチェックをしていた。
届いている衣装の数、発注した大道具の配置、剣や王冠などの小道具、照明用魔石の設置、シーンごとの演出の確認などなど……明日の早朝でやるリハーサルを本番さながらに出来るように余念がない。
「ええ、問題ありませんわ!」
グレースが確認していると、金の刺繍がこれでもかと縫い込まれ、両手の指に宝石のついた指輪を何個も嵌めた……有り体に言えば趣味の悪い衣装に身を包んだサンベリーナが舞台に出てくる。
サンベリーナの髪色とは違い、ごてごての金色はサンベリーナ自身を霞ませているが……本人が堂々としているか、着こなしているようにも見えなくない。
ちなみに、これを見たフラフィネの第一声は「趣味悪……」だった。
「いや、問題ないとかじゃなくて早く脱いでくれるかしら?」
「つれないですわね……せっかくの衣装ですもの。今から楽しまないでどうするんですの?」
「そんな成金衣装で楽しめるの?」
「お言葉ですが、こんなださくて金をかけただけのような格好は成金とは言いません。たとえ成金趣味だとしても贅沢ながらも着こなす事を前提とした服装になりますもの。今回のこれはただ趣味が悪いだけですわ。あなたの描いた暗君を演じるには完璧すぎる衣装ではなくて?」
「……成金に誇りでもあるの? いいからしまって」
「ちぇ、ですわ……」
サンベリーナは衣装を褒めてもらいたかったのかしぶしぶと舞台袖のほうへととぼとぼ歩いていく。
すでにチェックした衣装がもう一度出されているのは確かにグレースにとっては不都合ではあったが、その背中を見ると少しくらい褒めたらよかったかしら、と罪悪感が湧き出てくる。
「うーん……フロリアの魔力量もつかしら? 王国にいる時は基本、黒い靄みたいなの出すのよね?」
「ちゃんともたせるわよ。それに旅のシーンは私の演出量も減るから大丈夫よ」
「それもそうね」
《フロリアは魔力そんなに少なくないぞ》
「はいはい、悪かった悪かった」
淡々と明日の段取りを確認するエルミラとフロリア、ネロエラのような者もいる。
同じ講堂にいても、過ごし方は大分違っていた。
「ヴァルフトの剣ってあれ本物じゃないのかい?」
「なわけねーだろ。何か木剣に塗ってるらしいぜ」
「へぇ、凄いな……」
「近くで見たらばればれだが、遠目で見たら本物っぽく見えるだろうぜ」
「ヴァルフトくん、結構気合い入ってるねー」
「おいおい、俺は案外こういうの好きなんだぜベネッタちゃん?」
ルクスやヴァルフト、ベネッタもいよいよ本番という事でテンションも高い。
形はどうあれ、ほとんどの者が明日の本番を楽しみにしている。
「グレース、魔石の設置終わったし」
「ありがとうフラフィネ」
「魔石の操作はあんたがやるし?」
「ええ、どうせ演出で光の調整しなきゃいけないから。私にトラブルがあった時は、あなたがお願いね」
「念のためってわけね。オッケーだし」
フラフィネに頼んだ照明用魔石の設置も終わった。
グレースはキョロキョロと周りを見渡し、最後に舞台の真ん中から客席のほうを見た。
今回やる演劇はあくまで素人のグレース達によるラーニャ歓待の催しだ。当然、この演劇に売り上げなどあるはずもない。
普通の演劇と違うのは金を払う客ではないという事。
だからこそ、この演劇は観客のためにやるものにはしない欲が出た。
改めて自分の欲を認識して、グレースは口元で笑って眼鏡を直す。
「いよいよ明日ね」
グレースの呟きは何故か、講堂にいる全員に聞こえた。
アルムとミスティはいない。
アルムがいないのは好都合。ミスティはすでに覚悟を決めている。
自分の欲を改めて確認したついでに、グレースはこの場にいる全員に声をかける。
全員の視線が、舞台の上に堂々と立つグレースに向けられた。
「観客席が客で埋まって、舞台から見える景色は変わるでしょう。あなた達は観客席からの視線に緊張する事もあるかもしれない。
けれど……緊張する事なんて全く無いわ。だって私達は客のためにこの演劇をやるわけじゃないんだもの」
自分主導で動くことなどもう無いだろう、とグレースは思いながらも言葉を続ける。
今回の演劇は最初で最後。ラーニャ来訪というトラブルに近い緊急事態があったからこそ起きたイレギュラー。
ベラルタ魔法学院で生き残った三年生達を引き連れて行われる贅沢なイベントに、グレースも心を躍らせている。
学院長に指名され、やらされていた役割が……自分の欲望へと変わった。
面倒がいつの間にか使命のように。
だからこそ、今心が躍っているのだ。
同級生を救うためとあれば、それはやる気も出るというものだろう。
「これは私達の友人のためのもの。ずっと戦ってきた彼に捧げる旅路。たった一人に捧げるお話……そう考えれば、私達が見るべきは観客じゃなくてアルムでいい。
アルムに見られて緊張するやつなんている? いないでしょ?」
グレースが言うと、ネロエラがすっと手を挙げた。
「あ、そういう事じゃないから下げて」
グレースに言われて、ネロエラは不満そうに頬を膨らませながら手を下げた。
よしよし、とフロリアがネロエラの頭を撫でる。
「ともかく、私達の目的はアルムの認識を変える事ただそれだけ……これは私の我が儘で始まった事だけど、今はみんなも異論がないって信じているし、そうしたいと思ってる人もいると信じてる。でなきゃここまで付き合っていないだろうしね」
グレースの言葉にこの場にいる全員が頷く。
サンベリーナやフラフィネ、ネロエラにフロリア、ルクスやエルミラ、ベネッタは勿論、あのヴァルフトまでも。
一年生の時は競い合うべき相手としていた同級生は、二年の時を経て……いつの間にか救うべき同志に。
たとえ関わりが少なかったとしても……アルムがどうなってもいいと思う者など、三年生にはもういなかった。
今はただ同じ志を持つ者として、彼が報われるべきだと思う者だけ。
だからこそ、今回のグレースの欲望もまた実現した。
「ガザス国女王? ラーニャ様? どんな大物が見に来ていようと、そんな事どうでもいいわ。
今回の演劇の主導はこの私グレース・エルトロイ。同級生になっただけの平民を助けたいっていう、本当ならどうでもよかった私の欲望に最後まで付き合って。お願いよみんな」
グレースが頭を下げると、その場にいる八人からの拍手が上がる。
「だるいけど、まぁ、付き合うし」
「ラヴァーフル家の者として、ご友人の手助けなど当然ですわ!」
「グレースちゃんやっぱりいい女だなおい」
「よーし! がんばろネロエラ!」
「う、うん……!」
主導ならば主導らしく責任を。
改めてこの演劇はラーニャの歓待のためではなく、アルムのためにと宣言したグレースを八人は見直し、モチベーションも更に上がったようだった。
「言うわね、グレースのやつ」
「最近まで大人しい人だと思ってたけどね……ただ大人しい人が魔法使いを目指すわけないか」
「そうそう! 魔法使いって我が儘な人が向いてるんだってボクも最近気付いたよー!」
改めてアルムのためにと、堂々と宣言したグレースにルクス達は歩み寄る。
近付くと、何故かグレースの表情は青くなっていて大きな眼鏡は少しずれていた。
「グレースさん……? 大丈夫?」
もしや体調不良かとベネッタが心配そうにグレースの顔を覗き込むと、グレースの首はゆっくりと動く。
覗き込むベネッタと目が合ったかと思うと、グレースは喉から絞り出したようなか細い声で言った。
「友好国の女王様をどうでもいいは言い過ぎた……これって不敬罪かしら……?」
「……グレースさんって大胆なのか小心なのかわからないねー」
「やる時はやる人なのさ」
「何かしまらないわねぇ……」
先程の勇ましい宣言とは別人のように冷や汗をだらだら流すグレースを面白がるベネッタと苦笑いを浮かべるルクスとエルミラ。
関係者に聞かれていない事を祈りながら、本番が始まる明日は来る。
いつも読んでくださってありがとうございます。
基本的に権力に弱いグレースさん。




