673.見学
「魔法は使い手によって"現実への影響力"が異なるのは誰でもわかると思うが……漠然と腕が上だからと片付けるのと、何故異なるのか意識して使うのでは魔法自体の理解力も変わってくる」
ベラルタ魔法学院第三実技棟。
アルムは授業後に集まった一年生の魔法の練習を見ていた。こうして一年生に付き合うのはもう最近の日課になっていて、集まっている十二人の中には最初こそ平民のアルムが魔法の練習を教える事に懐疑心を抱いていた者もいたが……もうそんな者はいない。
自分達の前で練習の仕方を講義してくれるアルムの話を真剣に聞いている……普段であれば。
「何故異なるのかを意識するのはつまり魔法の"変換"について考えるのと同じだからだ。"現実への影響力"は使い手の"変換"によって同じ魔法でも差異が出る」
アルムの説明を耳に入れながらも、一年生達の目はちらりちらりと観客席のとある一点を見るのに忙しい。理由はそう……単純だった。
「意外にアルムさんは似合いますね。教えるのが」
「ええ、堂々としていますね……ミスティ殿、彼はこのような時間をいつもとってらっしゃるのですか?」
「はい、一月ほど前からでしょうか……? 最初は五人ほどだったのですが、噂を聞きつけた一年生の子達が少しづつ増えて今ではアルムも練習を見るのに忙しくなるほどです。時折私達も一緒に教えたりしています」
「それはそれは……恵まれている世代ですね。ここ数年でも優秀とされている先輩が先生にもなってくれるとは」
「恐縮ですラーニャ様」
観客席に座るのは来訪したガザスの女王ラーニャとその隣には従者エリン、そしてさらにその隣には二人の案内を一時的に引き継いだミスティの三人がいた。
来訪したラーニャはオウグスやヴァンと明日の段取りを打ち合わせした後……アルム達が普段どのようにここで生活しているのかを見てみたいと言って今に至る。
明日が学院祭という事もあって、今日はやらない予定だったが、せっかく来訪したラーニャの要望であればと急遽一年生達に声をかけてみると、願ってもないと集まってくれたのである。
もっとも、呼び掛けたのはアルムなせいか重要な部分が一年生達に伝わっておらず……ラーニャが見学に来る事を知らされていなかった一年生達の大半はそれはもう緊張していた。
「悪いな、気になっちゃうだろうが我慢してくれ。これもラーニャ様の要望なんでな」
「はい、私は気にしていないので続きをどうぞアルムさん」
「ありがとうセムーラ」
ラーニャの存在を気にする様子が本当に無い一年生の一人、セムーラが続きを促す。
セムーラは現在消息不明の侵入者であるチヅルに襲われた三人の一年生の一人だが……その一件以来、より一層積極的にアルムに教えを乞うようになっている。
アルムは促されるまま、続きを話すべく観客席にいるミスティのほうを見た。
「使い手の差は例えば……あそこに座ってるミスティは『十三の氷柱』という攻撃魔法が得意だ。十三個の氷の塊をぶつける魔法なんだが……当たり前だが、これを他の人が使ってもミスティとは……」
「あの……よろしいですかアルム先輩……?」
説明の途中で、一年生の女子生徒が申し訳なさそうに手を挙げる。
リディアーヌという早い段階からこの集まりに参加している女子生徒の一人だった。この生徒も最初は様付けをアルムに強要していたりと尊大な部分が少しあったが、アルムに教えて貰っている内にそういった態度も減り、今ではほとんど無くなっている。
「ん? どうしたリディアーヌ?」
「話を遮ってしまって申し訳ありませんわ。ですが、その、非常に言いにくいのですが……『十三の氷柱』は中位でも非常に難しい攻撃魔法なので……私達が使えるような魔法で例えて貰いませんと……」
「え? そうなの?」
「"氷結"の性質で十三個の属性魔力を固定させなければいけない上に、全て個別でコントロールしなければいけない魔法ですし……私達の歳で使えればそれだけで将来有望と言われるくらいですわよ……?」
「そ、そうなのか……ミスティがさらっと使ってたからてっきり水属性の使い手にとっては簡単なのかと……」
アルムのぼやきに一年生十二人の中にいた水属性の生徒二人がぶんぶんと首を振る。
どうやらリディアーヌの言う通り難しい魔法らしい。
「目が肥えてるな平民……さりげなく自慢かよ?」
「こら! 失礼な言い方しないのフィンくん!」
「面目ない。えっと……じゃあ無属性魔法にしようか。俺でもわかるし……『強化』」
アルムは謝罪すると、すくさま無属性魔法で最もポピュラーな魔法である『強化』を唱えた。
無属性魔法の中でも数少ないギリギリ実用性のある魔法であり、魔力切れが近い時などに重宝される強化の魔法だ。
「カルロス、同じ『強化』で来い」
「うす! 『強化』!」
アルムが指名したのは一年生の中でもガタイの良い男子生徒であるカルロス。
セムーラやフィンと同じくチヅルに襲われた一年生だ。身長はアルムより高く、鍛えて筋肉質な腕はアルムよりも太い。
そんな二人は互いに同じ強化の魔法である『強化』をかけた状態でがっつり両手を掴み合った。
「ん……ぐ……おおおお!」
「……」
カルロスは鼻息を荒くし、声を上げながら掴んだ両手を押し込もうとするが……アルムは涼しい顔をしてその力を受け止めている。
「年齢の差こそあるが、明らかに体格が上のカルロスが同じ『強化』を使っても……俺をどうこうする事はできない。これは俺が無属性魔法が得意で、『強化』の"現実への影響力"がカルロスの魔法より高いからだ」
「ふんぬううううううううう!!」
「強化の魔法は体を鍛えればその伸びも良くなるからオススメの練習方法だが……体を鍛えるだけでは限界もある。しっかり魔法のほうも伸ばさないといけないわけだな」
「っ!? ちょ、まじで……!?」
押し込もうとするカルロスを説明しながら逆に押し返すアルム。
カルロスはアルムを抑え込もうとした上からの体勢から、段々と押し返される。やがてカルロスは膝をつき、逆にアルムがカルロスを上から抑え込む形となった。
掴みかかっていた両手も強化されたアルムの握力で若干指が開きかけている。
「同じ魔法で……しかも無属性魔法ですらここまでの差が出るんですね……」
「無属性魔法は単純だから特に差が出やすいのもあるな。みんなが使う属性魔法になると魔法の性質や属性の相性などで変わるからどこで差がつくかはわからない。だが、それだけで魔法の"変換"と"現実への影響力"を高めるのが重要だという事はわかるだろう?」
アルムが説明する様子を見ればあまり力を入れていないのかもと錯覚しかけるが、アルムに両手を掴まれて抑え込まれているカルロスの表情は踏ん張ったり痛がったりと忙しい。
ついに諦めたのか、カルロスは我慢をやめてギブアップの声を上げた。
「アルム先輩! 痛い! いたいっす! 折れる折れる!!」
「あ、すまん」
「ひー! ひー! やっぱこの人つええ……!」
カルロスは両手をふーふーしながらそそくさと他の一年生達と同じ所に座りに戻る。
そんなカルロスにくすくすと笑い声も上がった。どうやら観客席からラーニャが見ている緊張は大分ほぐれたらしい。これがアルムの狙いであれば格好もつくのだが、アルムがそんな事を考えているはずもない。
「魔法はイメージが重要だ。何故異なるのか? 何が違うのか? あの人はどんなイメージで? その答えを考える事によって、自分が使う魔法のイメージもまた変化し、鮮明になっていく。
同じ魔法で使い手によって"放出"による魔法のカタチが違う事を考えてみるってのは意外に重要だ。魔法の威力やコントロールに関しても、案外こういった何故という疑問の延長線上にあったりする。今日は同じ属性同士で組んで軽い組手みたいなのをやりながらそこを考えていこう」
アルムの指示で同じ属性同士、同じ属性の人がいない者は見学しながら。
グループに分かれて互いに魔法を構築し合いながら話し合いが始まっていく。
魔法儀式とはまた違う形、しかし座学ともまた少し違う。ベラルタらしい実践的な形式で始まる魔法訓練に観客席に座っているエリンは感心の声を上げた。
「ほう……わかりやすいですね。魔法は威力やコントロールといったわかりやすい"現実への影響力"についてが一番に目が行きますが……アルム殿はそういった部分を考える上での前提、つまりは基礎の思考を一年生達に植え付ける試みをしているようです」
「そのようね。とりあえず魔法の知識を詰め込もうという必要かどうかもわからない貴族の家庭教師も珍しくない中、素晴らしい教え方をしています。生徒さんに」
感心するエリンにラーニャもうんうんと嬉しそうに頷いた。
その目は一年生達を指導するアルムにじっと向けられている。
そんな感心する二人を見て、同じく観客席に座るミスティは誇らしそうに笑みを見せた。
「アルムは無属性魔法を使うので、魔法の三工程……基礎がどれだけ大切かを人一倍わかっていますから。今更基礎なんてと煩わしく思うような方に対しても説得力があるんですよ」
「魔法使い以外も向いているかもしれませんね。教師などにも」
「ラーニャ様もそう思いますか? 私もそう思っているのです。アルムは真面目ですし……少し抜けた所もありますが、それもまた雰囲気の柔らかさと無知ゆえのユーモアにもなるのでそういった道も向いているなと」
「ユーモアですか……友人だけあってミスティ様はよくご存じですね。アルムさんのことが」
「はい、いつも隣で見ていますから」
「……まぁ、羨ましい」
ミスティとラーニャは互いに笑顔だが、強調するような言葉と一瞬空いた間に空気がひりつく。
(何故だか……肌寒いですね……)
二人に挟まれるエリンはそんな何気ないはずの会話を聞いて、背筋に寒気を感じていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
春って肌寒い時あるもんね。仕方ないね。




