670.学院祭に向けて2
「アルムくんもそうだけど、ルクスくんも結構自信無いよねー」
「え?」
演劇の練習を終えての学院からの帰り道。
かつ、かつ、と杖を鳴らしながら第一寮へと一緒に向かっているベネッタの声にルクスは驚いた。
何に驚いたのか。
それはいわれのない自分への評価に対してであり、ベネッタに言われた事に対してでもあり……そんな事ないよ、と即応できない自分自身にもだった。
ルクスは深刻そうな表情を浮かべて心当たりを頭の中で探し始める。
表情は見えないが、ルクスの雰囲気が変わったのを感じ取ったのかベネッタが慌てて補足する。
「あ、えっとねー……アルムくんみたいなマイナスな意味合いじゃなくて、いい意味でってのもあるよー」
「フォローありがとうベネッタ……でもごめん、自分自身じゃわからないね」
「アルムくんみたいに度が過ぎてる感じじゃないっていうかー……ほら、ボクやアルムくんは同級生から馬鹿にされてきたのは知ってるでしょー?」
「うん、君達が無視してきたから歯痒かったね」
「でも言われる事は無くなったから。みんな進級できなくてさ」
もう心配ないよ、と言いたげに笑うベネッタ。
強いな、と心の中でルクスは思う。
アルムとベネッタは二年生まで心無い陰口に晒されていた。平民の癖に、下級貴族の癖に、は耳がたこにできるくらいだ。
没落貴族だったエルミラを差し置いてベネッタが狙われていたのはベネッタが気弱そうだったからだろう。
「ボク達がそういう事言われるのって貴族の人達はプライドが高いからだと思うんだよねー……でもルクスくんからはそういうのほとんど感じなかったっていうか……。感じなさすぎるっていうのかな?」
「ベネッタは……。そうか、入学式の時の僕を見ていなかったね」
「え? やっぱルクスくんも、僕はお貴族様だぞ、って感じだったの?」
「そこまでではないと思いたいけど……アルムには突っかかったからね」
「それは知ってるけどー……ミスティやエルミラから聞いた話はそんな感じじゃなかったけどなー……?」
アルム達五人の中で、ベネッタだけは入学式前に行われたアルムとルクスの決闘を見ていない。
後にミスティとエルミラから何が起こったのかを聞かされたのだが、二人から語られるのはただの主張のぶつかり合いだった、という話で細かくは語っていない。
「僕は最初アルムが珍しいというだけで入ってきた場違いな人間だと思って……そう決めつけて突っかかったんだ。今でもあの日の事は鮮明に思い出せるよ。勝手にアルムがここに相応しくないと決めつけて、師匠さんの事を悪く言った」
「え? それアルムくん怒らなかったのー?」
「めちゃくちゃ怒ってたよ」
「だよねー……」
アルムは学院で陰口を叩かれても自分の事では怒らなかった。
グレースにアルムが自分自身をどう思っているかを聞かされた今ならよくわかる。
平民である事も魔法が使えない事も事実で、言われて当然だと思っているから受け入れていたのだろう。悪口だと認識していたのかすら怪しい。
しかし他人となれば話は別。特に師匠の事に関してはそれはもう怒る。
今となってはルクスもベネッタも知っている事だ。それだけ、アルムの中で師匠の存在は大きすぎる。
「悪いのは君の師だ。君に魔法使いになれないと言わなかった師が悪い、ってね」
「う、うわー……」
「どうだい? 綺麗に逆鱗に触れているだろう?」
「そうだねー……もう思いっきりだねー」
当時五歳だったアルムは初めて見た夢を誰にも向き合って貰えなかった事に絶望した。
まだ子供だから。叶わない夢だから。そんな理由でカレッラの住民全員はアルムが抱く夢に、真剣な否定も肯定もしなかった。
そんな事でと思う者もいるかもしれない。だがそれは子供の心を折るには十分な体験なのだ。真っ直ぐ幻想に目を輝かせる子供を馬鹿にして足蹴にする行為なのだ。
事実、その話をミスティ達に話したシスターはずっとその事を悔やんでいる。親だけはそれをしてはいけなかったのだと。
唯一、アルムの夢に真剣に応えたのはたまたまカレッラに来ていた師匠だけだった。
その師匠が悪いと言ったのだから、当時のアルムの怒りは相当なものだっただろう。
「でもアルムはそういう所は冷静というか本質を見れるからね。僕の言葉がただの悪口ではないとわかってくれたようだし……謝罪したら許してくれたよ」
「アルムくんの魔法で血統魔法が壊された後でしょー? それは聞いたよー」
「ああ……」
ルクスは思い出す。
自分の血統魔法と同時に自分の常識と愚かさを破壊されたあの瞬間を。
【雷光の巨人】を貫いて空に昇る光の塔を。
「でも、だからなのかなー?」
「え?」
「だからルクスくんってちょっと自信無さげなのかなーって……だって、四大貴族でしょー? 成績だっていいし、魔法だって凄いし、優しいし、見た目だって整っててかっこいいし……なんだろう、言ってていらっとするねー、色々持ちすぎだよルクスくん」
「それ僕はどういう反応したらいいんだい? 褒められてるのか怒られてるのか……」
「でも、これだけ自信やプライド高くなりそうなものが揃ってて、何でかなってー思うボクの気持ちはちょっとわからないー? 人間性の問題かなー?」
言われて、ルクスは苦笑いを浮かべる。
貴族は自分の持つ財産や家柄、そして才能を誇る。ルクスだって例外ではない。
だが、自分の持っているものを正しくわかっているからこそ……ルクスが無駄にプライドを肥大化させる事が無いのだった。
「アルムと出会ったからだよ」
「そうなのー?」
「うん、僕が足りないものを平民であるアルムが持っていたから……僕のプライドは大きくなることは無かったんだ。学院でどれだけいい成績を修めようと、どれだけ魔法が上手くなってもね。それがきっかけで一時期引きずっていたからね」
「足りないものってなにー?」
ベネッタの問いに、ルクスは間髪入れずに答えた。
「"魔法使い"になる覚悟」
ルクスの声色の変化にベネッタは気付く。
いつもの優しい声色ではなく、誰にも譲らないという意思がこもっているような。
「僕は貴族として恵まれた才能と環境を持った。それは自覚している。
けれど、魔法使いになる覚悟だけはアルムには敵わない。アルムは平民でありながら魔法使いの在り方と覚悟を持っている。
一年の時から僕はずっとアルムの背中を追っているんだ。それが僕のプライドが無駄に大きくならない理由かな。驕っている暇も、誰かを見下す余裕なんて無かったんだよ。アルムはどんどん先に行ってしまうから」
「……そっか。ルクスくんもかー」
「自信が無いって思われちゃうのはそういう所かもしれないね」
「そうかもー? でも最初にいい意味もあるって言ったよボク」
「そうだね。確かに、これは悪くないところだ。謙虚って言えばいいのかな?」
「あ、それだー! ルクスくんは謙虚なんだー!」
すっきりした、と言いたげなベネッタの明るい表情にルクスは呆れるように笑った。
唐突なベネッタの言葉に少し振り回された感がある。
しかし謙虚と言われて気付く事もあった。
「そうか。今思うと……アルムは自分が何もできないと思ってはいても、師匠さんが導いてくれた道を信じ続けているのか……」
グレースの言っていた事を本当の意味で理解したような呟きだった。
アルムは自分を卑下しているのとも謙虚とも少し違う。
アルムは師匠が指し示してくれた、魔法使いへの唯一にして普通ではない道を歩き続けている。
それは立ち止まる事さえできない道。止まったらただの平民がいるだけになってしまう。
どれだけ傷ついても、どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、その普通じゃない道を歩むために人生を捧げているがゆえに。
アルムが自分は何もできない平民と思い込んでいて、貴族の世界との間に壁を作っているのも納得だ。
確かにこれはアルム本人でどうこうできる問題ではない。
アルムが夢を追う事自体が、この世界の常識を強く認識させる行為なのだから。
「ようやく、本当の意味でわかった気がする」
「なにがー?」
「いや、ベネッタはいいとこ突くなって思ってね」
「……? ま、任せて!」
よくわかっていない表情ながら自信満々な答えだけを口にするベネッタ。
もうすぐ第一寮に着く。帰ったらもう一度、演劇の練習をしようとルクスは決めた。
一番親しい友人のために、何を伝えられるのかを考えながら。
「考えてみればルクスくんが自信無いわけないかー。エルミラっていう彼女がいるんだし」
「ああ、その点については疑いようがない。間違いなく最高の人を選んだ自信があるよ」
「あ、惚気だー! さりげなく惚気られたー!」
「はははは!」
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