668.傍迷惑な待ち伏せ
「ふう……ただいまっと……」
街が夕暮れに染まろうという中、第二寮へと帰宅するエルミラ。
アルムとミスティは一年生の訓練に、ルクスとベネッタは演劇の練習のために居残りという事でエルミラは学院で二年生相手に魔法儀式を一回した後、一人街をブラブラして帰ってきた。
エルミラはすでに演技も問題なく、演出に関しても魔法の扱いは一級品なので根を詰める必要もない。エルミラはこう見えて器用な少女なのである。
「おかえり」
「うわ!? アルム!?」
何気なしに通り過ぎようとした共有スペースの端の席に座っていたアルムの声に驚くエルミラ。
完全に一人だと思っていたところに対する不意打ちだった。
「あ、あんた何してんの? 一年生の練習見てるんじゃ?」
「今日は早めに切り上げてもらった。少し聞きたい事があったから待ってたんだ」
「わ、私に?」
何か話があるのだろうとエルミラはアルムの対面に座る。
「ああ、少し相談に近いというか……その過程でいくつか聞かせてほしいというかな」
深刻そうなアルムの表情に、演技の事だろうなと察するエルミラ。
最近のアルムはいつも以上に口数が少なく、何かを考え込むようにしていたのにはエルミラも気付いていた。
二年も一緒にいればわかるが、アルムは器用なほうではない。
最初からある程度何でも出来るタイプではなく、ゼロから何度も回数をこなし、見直すきっかけを経てから修正していくタイプだ。
初めての演技を、しかも主人公という大役をやるのだから本人なりに試行錯誤しているのだろう。
そんな不器用なアルムに協力するのも友人の役目だと思ったエルミラはどんと構える。
「いいわよ。何でも聞きなさい」
「いいのか?」
「ええ、このエルミラお姉さんがどーんと話を聞いてあげるわ」
「本当か。助かる。それならまず聞きたいんだが……」
「うんうん」
アルムの様子に得意気にエルミラは頷き、
「エルミラはルクスのどんな所が好きなんだ?」
「うん?」
すぐに止まった。
エルミラの眉間に皺が寄る。
「……何て?」
「エルミラはルクスのどんな所が好きなんだ? 二人は恋人だろう?」
聞き返してもアルムの質問の内容は同じだった。というか少し増えた。
不意打ちに次ぐ不意打ち。
ルクスと恋人同士である事をまさかの人物に改めて言われて、エルミラの頬が少し染まる。無論、夕暮れのせいではない。
「な、なんでそんな事……!」
「演劇のラストのシーン……主人公とお姫様が愛を語らうシーンだけどうしてもよくわからなくてな……。色々アドバイスを貰ってるんだが、俺なりに考えてエルミラに聞いてみようと思ったんだ」
「そ、そう……なんだ……?」
そう、この男のたちが悪い所はこんなからかっているとしか思えないような質問でも一切からかっていたりしない所だ。気恥ずかしい質問も大真面目で聞いてくる。
そして今まさにその真面目でありながら答えるのが恥ずかしい質問を突き付けられていた。
「い、いや、そんな事私に聞かなくても……ほら……」
「そんな事は無い。むしろルクスという俺とも親しい恋人がいるエルミラにしか頼めないくらい適任なんだ。頼む」
「う、うう……」
エルミラは忙しなく視線を動かすも、アルムは真剣な面持ちで視線を動かさずにエルミラの返答を待っている。
アルムも真面目だが、エルミラもまた真面目な少女。
質問に答えると自分で言った上に、こんな真剣に待たれていてうやむやにするなどできる子ではなかった。
「か、かっこいいとこ……」
エルミラは恥ずかしそうに目を逸らし、ぼそっと、普段の声量の半分以下で答える。
「他には?」
「え、ええ!? い、一個じゃ駄目なわけ……?」
「ああ、出来る限り知りたいんだ。それとも、かっこいいだけでルクスと恋人になったのか?」
「ち、違うけどさ……見た目もそりゃいいとは思うけどそこじゃないっていうか……」
「ああ、それは俺にもわかる」
エルミラは普段の様子とは打って変わり、肩を小さく縮こませながら膝の上で手をもじもじさせている。
そんなエルミラが恥ずかしがっている様子にアルムが気付くはずもなく……畳み掛けるように次を求めた。
「すごい友達思いで、正義感も強いとこ……」
「ああ、ルクスはそうだな」
「よ、四大貴族なのに親しみやすくて……頑張ってる人を特に大切にして……」
「本人も努力家だしな」
「私の我が儘とか普通に聞いてくれて……いざとなったら絶対助けてくれる安心感があって……」
「うんうん」
真剣に聞くアルムに対し、エルミラの顔がどんどん赤くなっていく。
何で私こんな辱め受けてるの? と思いながらも同意するように頷いて聞いているアルムの期待を裏切れず、エルミラは自分の中にある好きを挙げていってくれた。
「でも、一番好きなのは……か、完璧っぽいようで全然そんなんじゃなくて……。苦しむ時には苦しんで、迷った時には立ち止まらなきゃいけないくらいには普通の人みたいに弱いとこもあって……。
自分が傷ついているとことか、弱さを、ちゃんとわかって……見栄を張って隠さずにいてくれるのが、好き。私が助けてもらうように、この人の事も助けてあげたいって思えるような人間らしい所が、いい……んだと思う……。誰かの苦しさをちゃんと、わかってあげられる人……なのが……」
エルミラは途中で恥ずかしさが限界を迎えたのか、声がどんどんと尻すぼみに弱くなっていく。
言い終わって、自分は誰か通るかもしれない共有スペースで何故恋人の好きなところを言わされているんだ、と冷静な思考がひょっこり顔を覗かせて……エルミラはぷるぷると震え始めた。
「誰か……殺すなら殺せ……!」
「何言ってるんだ。とても参考になった。そんな事しない。ありがとうエルミラ」
「くっ……! ツッコミすら入れてくれない……!」
最初から最後までアルムの真面目な部分にやりたい放題されるエルミラ。
当のアルムは本当に役に立ったと思っており、エルミラに感謝しているのがよりたちが悪かった。
「身近な人間相手だと良さも具体的にわかって参考にしやすいな……ルクスのいい所を的確に挙げているのはやはりエルミラがルクスの恋人だからか……?」
「この拷問まだ続く……?」
「疲れたのか?」
「そうじゃねえわよ! 恥ずかしいのよ!」
「恥ずかしがることないだろう。エルミラがルクスをどれだけ好きかというのが伝わってきて……」
エルミラは恥ずかしさが限界を迎えたのかきっ、と睨みつけ、机を挟んで飛びかかるようにアルムの胸倉を掴んだ。
「あー! あー! うるさいうるさい!! 無自覚に私を恥ずか死させる気か!!
わかった! これはアルムに変装したカンパトーレの魔法使いによる遠回しな暗殺ね!? 姿を現せこのやろー!! 私が焼き尽くしてやるわ!!」
「お、おい落ち着けエルミラ。クエンティじゃあるまいし……あ」
「なに……よ……」
顔を真っ赤にさせたエルミラが机を挟みながらアルムの胸倉を掴んだ状況の中……学院から帰ってきたグレースが共有スペースに入ってくる。
グレースにはそれまでの会話の内容もどんな状況もわからないが、めんどくさそうな状況だという事だけはわかったのか嫌そうな表情を浮かべる。
「おかえりグレース」
「お、おかえりなさい……」
「……あなた達って本当に仲いいわよね」
そして巻き込まれないように、グレースはすたすたと早足で女子棟のほうへと歩いて行った。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラには何聞いてもいいと思ってる節ある。




