667.好きなとこ挙げていく作戦
ファニアさんとの練習を終えて俺は門のほうへと向かった。
学院の本棟から向かっているので、登校する他の生徒達の流れに逆らうような形で歩く。
俺を不思議そうに見る人もいたが、中には挨拶をしてくれる人もいる。最近練習を見ている一年生や少し話した事のある二年生などだ。
挨拶を返しながら歩いていくと、門にはやはりというべきか……もう学院に着いている俺が逆走してきた理由の女の子がいた。
「ミスティ」
「ひゃあ!」
門の前に立っていた女の子――ミスティは俺の声に驚いたのか伸びた背筋をさらに伸ばすような驚き方と可愛い声を上げた。
ミスティは自分の声量が気になったのかすぐに口を押さえながらこちらを振り向いてくれた。
元から注目されているであろうミスティを見つめる視線がさらに集まったような気がする。
「すまない、驚かせるつもりは無かったんだ」
「あ、アルム……。な、何故学院のほうから……?」
「今日はファニアさんに演技指導してもらって……昨日言ってなかったと思ってな。自意識過剰かと思ったんだが、もし今日も待ってくれてるなら悪いなと」
昨日は正直そんな事を話す余裕すら無かった。
どんどんと進んでいくみんなと一人何の進歩も無い自分の差を考えてばかりだったから。
学院長にアドバイスを貰っていなかったらこんな風にミスティの事を考える余裕も無かったかもしれない。そう考えるとやはり改めて感謝しなければ。
「私が待っている事わかっていたのですね……」
「いくら俺でも何回も門の前で会えば待っててくれてるんだなって気付く」
「そ、そうですか……」
「去年まではエルミラと一緒に来ていたしな……友人同士ならそうやって同じ時間に登校したりするものなんだろう?」
俺がそう言うと、ミスティは不満そうにこちらを見て、困ったように笑った。
「そうですよね……いえ、いいんです。行きましょうアルム」
「ああ」
いつものように、俺とミスティは並んで学院の本棟へと向かった。
俺にとっては二度目の登校になる。
ミスティを迎えに来たのはずっと待たせていたら申し訳ないというのもあるが、もう一つは先程ファニアさんに言われたアドバイスを実践するためだ。
"相手を観察して好きなところを自分の中で改めて整理してみてはどうだ"
言われてみれば自分一人で男女のあれこれを考えた所で難しい。
男女の愛というものはわからないが、相手がいないと成立しない事は明白だ。ファニアさんのアドバイスはこの問題を一人で考えようとした俺がいかに視野が狭いかを教えてくれた。
改めて、ミスティという女の子をどう思っているかを考えよう。
「アルム……? 何か難しい顔をしているようですが、どうかされました?」
「いや、なんでもない」
ミスティに怒られないよう、ばれないように観察しなければいけないのは少し心苦しい。
……いや、観察といっても常にじっと見なければいけないわけじゃない。何とか乗り切ろう。
授業を終えた昼の時間。いつもの四人と食事をとりながら、ミスティを観察する。
幸い、ミスティはエルミラとベネッタと話していて俺の視線には気付いていないようだった。
……まず当たり前の事としてミスティは美人だ。
愚問だろう。初めて見た時もそう思ったが、改めて見てもそう思う。
夜明けに残る淡い月のような青の混じった銀色の髪。
さらさらと流れていて、風が吹けば誰もが釘付けになる。
海を結晶にしたような瞳。
見惚れた瞬間溺れそうな、しかし優しい視線がそうは思わせない。
雪のように儚い白い肌。
化粧をしてもしなくても綺麗なのだから凄まじい。
もし人間を作った超然とした存在がいたとすれば傑作に選ばれるであろう美しさと可愛さが共存した整った顔立ち。
これは俺の嗜好の問題かもしれないが、綺麗だと思う人はいても今日までミスティ以上と思う人はいなかった。
「そんでその二年の男子生徒ったら泣きながら出てったわけよ……流石の私も罪悪感湧いたわ」
「でもエルミラに魔法儀式挑んだ勇気は凄いよー」
「エルミラは強いですからね……それこそ血統魔法を使うくらいではないと……」
忘れてはいけないのは傷付けてはいけない美術品のようなすらっとした手足と細い腰だろうか。
女の子としては食べているはずなのに何故だろう。不思議だ。
綺麗な体型を維持したまま鍛えているという点も凄いと思う。
……凄いと好きは繋がるのだろうか?
まぁいいか。
それと、体型と言えばミスティは胸部が小さいのを気にしていたな。
バランスを考えれば適正だと思うのだが何が不満なのだろうか。
いや、そこは本人の嗜好の問題だから口に出すことではないのかもしれない。
臀部も程よい大きさだし、何も気にする必要は無いと思うのだが…… 俺にとっては気にならなくても、ミスティにとっては気になる事なのだろう。
……不思議な事にそんな所も好ましく思うのは変だろうか?
何故かは自分でもわからないが、これは改めて考えなかったら出なかったかもしれない。
放課後になって、ミスティと一緒に一年生の練習に顔を出す。
ルクスやエルミラ、ベネッタもたまに来てくれるからありがたい。
最初は五人だったはずなのに今は十二人もいるから一人では全員を見切れない日もあるからな。
「水属性は氷にするのは少し難しいですからまずは水の魔法を練習するのがいいですよ。水と氷という違う魔法の性質を状況によって操れる選択肢も水属性の強みです。
威力に気を取られて氷属性ばかりを練習して、すぐに対応されてしまったなんて事になったら寂しいでしょう?」
「は、はひ……! あ、ありがとうございまふ……!」
「アルムはいい先生ですから、練習頑張って下さいね」
面倒見がいい。
最初に会った時も迷子の俺に声をかけてくれるくらいだから当然といえば当然か。
二年もいれば俺も少しは貴族のあれこれはわかる。
マナリルで一番位の高い家系のはずなのにその顔には傲慢さもなければ、才能の無い俺や下級貴族の誰かを嘲るような表情も無い。
雰囲気も佇まいも上品なままで、上手くは言えないが……ミスティのままだ。
誰に対しても分け隔てなく接する姿はまるで誰をも受け入れる静かな水面のようだ。
それと俺と同じくらい動いているはずなのに、ずっといい香りをさせているのはどういう事だろう。
女の子というのは一日ぐらいならいい匂いを維持できる魔法でも使っているのだろうか?
なんというか、いつも落ち着く香りがする気がする。
「アルムは凄いですね。毎日これだけの方の練習をみてあげているなんて」
一通り見終わって、俺とミスティは観客席に移動して一年生の練習を眺め始める。
こうして座って話している時もそうだ。
ミスティの隣は居心地がいい。
これも追加だな。ミスティの人柄のせいか。それとも気の置けない友人だからだろうか……理由はわからないがそう思う。
「いや、自分の為だ。人に教えるのは自分にとってもいい練習になる。とはいっても……俺に教えられるのは基礎だけだけどな」
「魔法は魔法の三工程による構築力が一番大切です。基礎が大切だと自分で体現しているアルムの説得力が彼等にやる気を出させているんですよ」
「そう言われるとありがたいな」
俺が答えると、ミスティは悪戯っぽく覗き込んできた。
「それに、とても慕われているようですよ? アルム先輩?」
「……新鮮だけどそれは勘弁してくれ」
「うふふ。つい呼びたくなってしまって……ごめんなさいアルム」
……それと、笑顔が綺麗だ。
何故、そんな綺麗な笑顔で笑えるのだろう。
見ていたいと思わせるような笑顔ができるのだろう。
改めて考えると、いくらでも出てくるなと思う。
見た目も中身も、時折見せる仕草すらもそうだ。
髪を耳にかける何でもない動き、目を伏せる時の艶やかさ。
家族や友人を大切に思っている所も、貴族としての誇りも。
魔法を使う時の頼もしさ、歩幅を合わせて気付く小柄さ。
背中を預けられる魔法を使う者としての強さと守りたいと思わせる人間としての弱さ。
挙げればキリがない。
けれど、不思議なことに。
今まで自分の中で挙げたどれも確かに俺がミスティを好ましく思っている事ではあるのに。
これだけ自分の中でミスティの好きな所を挙げているというのに――何故か、そのどれもが決定的なものではないような気がして。
そうじゃないだろ、と言っている。
それが何なのか探すように、気付けるように……俺はミスティの横顔をずっと見つめていた。
ミスティに気付かれて怒られるまで。
「あ、アルム……?」
「ごめんなさい」
「まだ何も言っていないのですが……」
いつも読んでくださってありがとうございます。
アドバイス通りなんだけどちょっと変態っぽいな……。こっそりやってるからかな……。




