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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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657.盛り上がる周り3

 他のみんなの練習を見ながらも、アルムは台本に目を落としていた。

 周囲のやる気がわかるほどの熱を感じるも、アルムもまた燃え上がるようにとはいかない。台本に用意されている台詞を読み上げるだけで手一杯だ。

 そこに加えて、自分なりの台詞まで考えなければいけない。


(……主人公の気持ちがわからん)


 主人公リベルタは呪われた国で独自に魔法を研究していた少年だ。

 そのせいもあって呪いの原因という濡れ衣を着せられて追放される。その際に反対したのは後に囚われてしまうお姫様とその側近のみ。主人公は二人の反対虚しく追放されてしまう。

 しかし少年はそのおかげで新たな見分と外の世界での出会いを知り、数年の放浪の末に故郷の呪いを解くべく国に戻り、呪いによって国を乗っ取ろうとしていた悪の魔法使いを倒して国の英雄になるというお話だ。

 前半の放浪のシーンは落ち着いて叙情的に、後半の救国の絵面は激しく英雄的に、クライマックスは主人公とヒロインが心を通わせて空想的に。

 前半は緩急が激しくクライマックスが主人公の心情に焦点を当てている構成ゆえに、主人公の気持ちがわからないというのはあまりに致命的だ。

 このままではどれだけ感情を込めたところで、わからないという曇りがシーンをちんけにさせる。

 グレースが主人公の淡々とした様子をアルムに寄せているとはいえ、その気遣いに任せっきりというわけにもいかない。


(何で追放された国に帰ってきたんだろうか……?)


 つい、首を傾げる。

 理由がわかっても理解ができなかった。

 濡れ衣によって追放された主人公は外の世界で出会う人々の素晴らしさを知る。

 外の世界の良さを感じたのなら、放っておくのではないだろうか。

 アルムはそう思ってしまった。


(やはり故郷だからだろうか……?)


 一先ず、練習中はそう思うことにして感情を込めようとした。

 朝練習に付き合って貰っているファニアにはまぁまぁと言われたが……まぁまぁという事は別にいいわけではないのだろう。

 しかし、故郷だから、以上の理由がよくわからない。

 台本上は自分の為に反対してくれたお姫様が頭によぎるから、という理由があるにはあるが……それがわかってもなお理不尽を与えた故郷に戻る選択肢が自分の中に思い浮かばない。


「ふーん……? 私は西のほうから来たの。旅人になりたかったんじゃなくて、気付いたらなっていたのだけれどね」


 教室の前ではエルミラが自分のシーンを演じている。

 エルミラらしい頼もしい安心を覚えさせる声。明るい表情ながら、内面に何か弱弱しい部分を持つ人間味のある表情が女旅人の役に合っている。

 ここはアルムと女旅人が出会うシーンだ。

 アルムは来たばかりなので、合わせずにエルミラ一人で演じている。

 相手がいないにも関わらず話し相手がいると思わせるのは、観客であるアルム達のほうに向けて語り掛けているからだろう。


 すでに役柄を捉えているだけでなく、観客を意識した演技まで出来るのは練習の成果か。

 エルミラは元々、没落からここまで努力で這い上がった人間だからか他分野でも成長が早い。

 アルムは台本から目を離して、他のみんなと同じようにエルミラに見入る。


「追い出されたぁ? 何かやらかしたの? それでそんなに落ち込んでるってわけか」


 主人公が追放されたと知っても態度を変えない女旅人。

 相手が誰であれ裏表がほとんど無いエルミラらしさが出る台詞に、アルムはちらっと一番後ろの席で練習を見守るグレースのほうを見る。

 ファニアも言っていたが、アルムがさほど演技しなくても何とかなっているのは台本のおかげだという。アルムだけでなく、他の役も大体は人柄に合わせてあてられているのだろう。

 目の前で演じられて、ベラルタ魔法学院のエルミラと女旅人エルミラが重なり合う。

 舞台に上がる演者の負担が少なくなるように演者と役の境界を薄くしているのはグレースの精一杯の気遣いだろうかと、アルムはその手腕に感心した。


(それに応えられていないのが不甲斐無い……)


 アルムは再び台本に視線を落とす。

 主人公という大役は自分には似合わないとも思いながら。


「何言ってるのよ。やりたい事をやろうと思うのは当然じゃない」


 台本に視線を落としながらも、エルミラの台詞は聞こえてくる。

 見なくても練習の成果が出ているのがわかる。最初はこんなに声が通って聞こえなかったはずだ。

 横を見れば、隣のネロエラとフロリアは小さく感嘆の声を上げている。

 ルクスは何故か誇らしそうに、サンベリーナとフラフィネもどこか満足げに。


 ここは主人公リベルタと女旅人エルミラが道中で出会うシーン。

 女旅人エルミラはここで旅をする上での秘訣を教えてくれる。

 北にある呪われた国を追い出された罪人だと知ってなお、接し方を変えることなくアドバイスを授けるのだ。


(流石だなエルミラ……)


 改めて、自分の才能の無さを実感するアルム。

 魔法はわかっていた事だが、やはり演技の才能も無いらしい。

 エルミラの演技を見ても、練習量は想像できてもどう自分に生かせるかがわからない。

 そして、このエルミラにどう応えたらいいのかも。


 ぺらぺらとページをめくって、昨日も指摘されたクライマックスのシーンを開く。

 主人公と解放されたお姫様が語らうシーン。

 特にひどいと言われた場所だ。


(ミスティは大丈夫かな……)


 目の前で演技するエルミラや台本の台詞よりも、ミスティの姿を思い浮かべた。

 体調が悪いらしいが、学院を休むほどだったのか。

 お見舞いは逆に迷惑だろうか、と一瞬演劇から思考が離れる。

 流石にいけないと思ったのか、アルムは首を小さく横に振ってエルミラのほうを見た。

 エルミラ含め、教室に集まって真剣に練習しているみんなに失礼だと気を引き締める。

 自分は特に遅れているのだから、出来ている人を参考にするなり、台本を見て考えるなりはしなくてはいけないとアルムは自分に言い聞かせる。


「うーん……」


 エルミラは急に台詞を止めて、真剣な表情で考え込む。


「何か私のシーン、地味よね……何かこう……。燃える山みたいなすんごい場所にするのどう? せっかくの演劇なんだし、もうちょっと目立ちたくなってきた」


 何か問題があったのかと思えば、口にしたのは目立ちたいという願望だった。

 どうやら自分の演技がよくなってきたのを感じて、少し欲が出たらしい。


「あはは、似合う似合う」

「案外派手でいいかもしれませんわね」


 囃し立てるフロリアとサンベリーナ。

 そんな二人に対してルクスは苦笑いを浮かべ、ネロエラは筆談用のノートに急いで書く。


《駄目に決まっているだろう!》

「いや、舞台のほうが燃えちゃうよ……」

「いいのよ。学院長に修理費出させれば」

「学院長の財布はどうでもいいけど続きができなくなるし!」

「あ、そっか……ちぇっ……」


 諦めざるを得ないフラフィネの正論に残念がるエルミラ。

 自分の出番を派手にすることは諦めたのか、改めて台本に視線を落とした。

 一度流れを切っても、エルミラはすぐに演技に入り込む。


「俺も頑張らないとな」


 楽しそうなエルミラ達を見て、アルムは小さく呟く。

 台本に書かれたリベルタ……主人公の名を指でなぞる。

 故郷を救い、最後にはお姫様と結ばれる。

 そんな有り得ない未来に辿り着ける台本の中の主人公を少し遠く感じながら。

 その感覚にどこか懐かしさを感じて記憶を探る。


「ああ……そうか」


 それは幼少の頃、シスターが集めてきてくれた本を読んでいた時の事。

 誰かを守り、救う……紙の上の魔法使い達に憧れた日々をアルムは思い出していた。

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[気になる点] >緩急が激しく前半はクライマックスが主人公の心情に焦点を当てている構成ゆえに、主人公の気持ちがわからないというのはあまりに致命的だ。 「前半は」のところがどこに掛かるのかちょっとわか…
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