656.盛り上がる周り2
「だからあなたは騎士らしさが無いんですってば!」
「いや、そうは言われても……」
扉を開けると、教室の前では台本を持ったルクスがサンベリーナに注意を受けていた。
いつからサンベリーナが演技指導に回ったのだろうか。どこから持ってきたかわからない眼鏡をかけて先生モードになっている。縁の無いシンプルな眼鏡だが、サンベリーナにかかれば立派なお洒落だ。
一番前の机ではそんなルクスの演技を審査するかのように不在のミスティ、ベネッタと一番後ろに陣取っているグレースの三人を除いた女性陣が並んで座っていた。
「いいですか!? あなたはシュッ……って感じですけど、騎士はシャキ! って感じのほうが映えますのよ! 佇まいがなっておりませんわ!」
「いや、ちょっと待ってくれサンベリーナ殿……全くわからな――」
「あー……」
「なんかわかるかもしれない」
《腑に落ちてしまった所はある》
「え!?」
ルクス自身は全くわからなかったようだが、エルミラ、フロリア、ネロエラの三人が納得した事にルクスは目を丸くする。
「えっと……みんなは今のでわかるのかい……?」
「説明は滅茶苦茶だけど、言わんとしてる事はわかるわ」
「私も勝手なイメージだけど、わかっちゃう……ネロエラは?」
フロリアが話を振るとネロエラもうんうんと頷いていた。
戸惑うルクスを尻目にフラフィネはため息をつく。
「サンベリっちって基本的に滅茶苦茶ハイスペックだけど、根本が馬鹿だし……」
「ば……!? こ、この私が!?」
「普段は尊敬する馬鹿さなんだけど、説明は本当の意味で馬鹿だったし」
「フラフィネさんあなた私相手だったら何を言ってもいいと思ってませんこと!? 御友人といえど馬鹿馬鹿言うのはひどいんじゃありません!?」
「そんな事よりもルクスさんに伝える事のほうが大事だし」
サンベリーナが抗議するもフラフィネはどこ吹く風。
そんな事とてきとうにあしらって話を本題に戻す。
「サンベリーナの言いたい事はわかるのよね。普段通りのルクスだとスマートすぎて騎士っぽい無骨な感じが無いっていうか……そういう事でしょ? サンベリーナ?」
エルミラがサンベリーナの説明をわかりやすく咀嚼して見せると、サンベリーナは何故か苦々しい表情へと変わっていく。
「ルクスとかいう男を褒めるような言い回しは……私の口からは言いかねますわ……」
「……まぁ、肯定したって捉えとくわ」
顔を逸らしてそんな事を言うサンベリーナに呆れるエルミラ。
ルクスを毛嫌いしてはいるものの、演技については正直に自分の意見を言うのは真面目さゆえだろうか。怒ったり苦い顔を浮かべたりとサンベリーナの感情は忙しない。
「あ、何で擬音で説明してるのかと思ったら褒め言葉のようなことを言いたくなかったのか。そっちの事情のほうがよっぽど理解できない」
《サンベリーナさんは意外と面倒臭いんだな》
「あなた達はあなた達で急に距離詰めすぎじゃありませんこと?」
サンベリーナに鋭い言葉を浴びせるネロエラとフロリア。
文字で見せられる分、ネロエラの"面倒臭い"のほうが若干パンチが強い。
学院という特殊な環境とイベントを控えた連帯感が遠慮という壁を薄くしているようである。
「楽しそうだな」
「アルム。そっちは終わったのかい?」
扉を開けた音が聞こえないほど集中していたようでアルムが話しかけてルクス達もようやく気付く。
どうやらベネッタの言う通り本当にヒートアップしているようだ。
「終わったというか終わらせられたというか……」
「……どういう意味だい?」
「いや、いい。今はルクスの練習か? ネロエラ、隣座るぞ」
「……!?」
アルムは自分の鞄から台本を取り出してページをめくりながらネロエラの隣の席へ。
ネロエラは驚きながら一瞬顔を赤らめて、恥ずかしそうに台本で自分の顔を隠した。そんな事しなくてもいつも着けているフェイスベールで表情は見えていないのだが。
「この男ったら台詞を考える以前に佇まいがなっていないんですもの。門を守る騎士という事はいつ剣を抜いてもいい常在戦場のような意識があっても不思議ではありません。いいえ! 呪われている国ならばそれくらいの意識はあるはず!!
普段の雰囲気ではなく、もっと戦っている時のような圧を出して頂きませんと!」
「な、なるほど……」
「この演劇の舞台である呪われた国では私が演じる女王は無能ではありますが、民までが無能とは思えません。国全体が呪われた状態でありながら主人公が放浪から帰ってくるまで国として機能していたのですから、治安を維持する騎士や兵士達が優秀だったに違いありませんわ」
サンベリーナの説明にようやく納得するルクス。
その光景を見たフラフィネは何でそれをさっき言えなかったのか、とツッコミを入れたくなったが我慢する。
なによりサンベリーナの説明の説得力がそうさせなかった。
すでに役を掴んでいるからか、他のメンバーよりも台本の中に描かれた世界観の奥行を理解しているように見える。指摘やアドバイスもその理解力ゆえだろう。
「……サンベリーナは流石だな。何というか頭がいい。俺は台本を読んでそこまで想像できなかったな」
台本を読みながら呟くようにサンベリーナを褒めるアルム。
サンベリーナは少し固まったかと思うと、得意気にゆっくりと口角を上げた。
「うふふ! 私にかかればこのくらい当然ですわぁ!」
「あー……機嫌よくなっちゃった……こりゃ今以上に張り切るし……」
「いいですわー……私を素直に褒め称えてくれるこの素直さ……やはりこういった声がありませんとね!」
サンベリーナが嬉しそうに台本を持ってない手で扇を勢いよく広げたのを見て、めんどくさそうな雰囲気を察知するフラフィネ。
これからの練習はより一層、サンベリーナの目が光るだろう。
そんなやる気満々のサンベリーナに臆する事無くエルミラが立ち上がる。
「張り切るのはこっちも同じよ。代わってルクス。次私の番だから」
「うん、頑張れエルミラ」
「見てなさいよ。これでも結構練習してるんだから」
エルミラがルクスと入れ替わりで前に出ると、ネロエラもやる気に満ちた表情で筆談用のノートに書き殴る。
《私もまずはみんなの前でくらい何とかやってみせるぞ》
「お、ネロエラ今日は普通に台詞喋ってみる?」
《ああ、頑張ってみる》
「あら本当!? うんうん、頑張れ!」
今日は頑張ると宣言するネロエラにフロリアは嬉しそうに頷く。
エルミラも今日は特別気合いが入っているように見え、さらには人前で喋るのが苦手なネロエラも今日は苦手を克服しようとしている姿にアルムは昨日までには無い熱を感じていた。
「何か……みんないつもより気合い入ってるな。何かあったのか?」
その伝わってきた熱が疑問となって声に出る。
一瞬、空気が固まった音がした。
エルミラがちらっと後ろのほうの席で静観しているグレースを見れば……首を横に振っていた。
昨日のことを話せば、必然ミスティが今日休んでいる理由も話す事になる。
知らず知らずに傷つけていたと話すような事をミスティが望むはずが無い。
そして昨日の一件は本来ならアルムも悪いように見えるが……アルムを責められるはずがない。責めていいはずがない。
アルムはただ、平民と貴族が結ばれるはずはないという常識を語っただけなのだから。
「空白だった台詞部分を各自で考えながらようやく本格的な練習になるんですもの。これくらいは当たり前でしょう?」
「そうか。当たり前か」
他が答えあぐねている中、サンベリーナは平然とした表情でアルムの疑問に答える。
サンベリーナは扇を閉じて、アルムに笑いかける。
「ええ。私は舞台上ではアルムさんに関わる事はできませんが、こうした形でサポートさせて頂きますわ。だから……頑張って下さいませ。アルムさんがアルムさん自身を見れるように」
「……? ああ、助かる」
その言葉の裏の意味をアルムが読み取れるはずもなく……さらに言えばサンベリーナが言葉を向けた先は会話していたアルムにではない。
サンベリーナの意気込みを受け取ったのは、話を聞いていたアルムと関わる役を貰った者だった。




