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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第九部:呪われた魔法使いとお姫様

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655.盛り上がる周り

 朝ベネッタがチヅルに襲われた事はすぐに教師陣に伝わった。

 ファニアの休息のタイミングを狙われた事がわかり、ベラルタを巡回する兵士達の間には注意喚起がされ、ラーニャ来訪というイベントまでに緊張が走る。

 しかし、最初に一年生達が襲われた時とは状況が違う。


(何故ベネッタに接触したんだ……?)


 授業が終わり、日課になり始めた実技棟での一年生達の指導中。アルムは観客席に上がって一年生達の練習風景を眺めていた。

 アルムに教わるためにと実技棟に集まった十人ほどの一年生達はアドバイスを元に自分の得意と不得意を自覚しながら各々が練習をしている。

 そんな練習に励む一年生の中にいるチヅルに襲われたセムーラ、フィン、カルロスの三人を見ながら朝聞いたベネッタの話を思い出していた。


(この三人を狙ったのはわかる……将来はともかく今はまだ経験も無い未熟な子達だ……持つ情報も少ないが、その分持っている情報を引き出すのに実力差を見せつけやすい)


 情報を引き出すために自分より確実に弱い相手を狙うのは常套手段だ。

 重要度はともかく、情報の正確性の確認や生死を含めて自分のコントロール下に置きやすい。

 しかし、次に襲った相手がベネッタというのがアルムは引っ掛かっていた。


 ベネッタは今やマナリルの中枢とダブラマ全土にその名前が浸透した魔法使いの卵だ。

 その注目度は四大貴族であるミスティやルクスと並び立つほどまでになっており、ダブラマとの国交を改善した実績と感知の血統魔法を覚醒させている実力から宮廷魔法使い候補としての打診を出すべきだという話すら挙がっている。

 完全に頭角を現し、他国にまで周知になっているはずのベネッタをわざわざ情報収集の相手に選ぶメリットとは何か?


「実力を過信しただけか……? あの腕ならわからなくはないが……」


 チヅルの腕なら確かに生半可な相手はただの獲物だろう。

 だとしてもベネッタをわざわざ狙う理由は無い。もう一度一年生を狙えばいいだけの話だ。

 ベネッタの話によればベネッタだとわかっている様子だったとも言う。

 アルムにはチヅルの行動がその実力に反してどこかちぐはぐに見えた。


「もしかして……知らない(・・・・)のか……?」

「おい平民!」

「え? あ、ああ……何だフィン?」


 観客席でそんな事を考えながら俯いていたアルムは下の広間からフィンから呼び掛けられて顔を上げた。 

 そんなフィンの頭を後ろからセムーラが軽く殴りつけた。


「失礼な呼び方しないの! ちゃんと名前で呼びなさい!」

「あんだよ! 本当の事だろ……!」

「へぇ、本当の事ならそういう呼び方をしてもいいの? なら私もあなたを下級貴族と呼ぶわ。聞いてる? 下級貴族? 下級貴族の耳は節穴なの? ほらどうしたの下級貴族? 何か言ったらどう? 下級貴族さん? 本当の事ならいいんでしょ?」

「うぐ……て、てめえ……!」

「ほらフィンお前の負けだ。謝れ謝れ」


 睨み合うセムーラとフィンを仲裁するようにカルロスも加わって、そんな同級生同士の掛け合いにアルムは張り詰めていた思考が少し和やかになる。

 この集まりを通じて、一年生の時にある互いへの警戒心も少し薄れているようだ。


「それで、何だ? フィン?」

「あ、ああ……あんたに客が来てるぞ」

「客……?」


 アルムは観客席から下を覗き込む。


「アルムせんぱーい!」

「ロベリアか。どうした?」


 下を見るとロベリアがアルムに向けて両手をぶんぶんと振っていた。

 四大貴族パルセトマ兄妹の片割れの登場に一年生達は少しざわつくが、気にしない振りをしながら練習を続けている。


「どうした……じゃないっすよ! うちとも遊んでください!」

「いや遊んでるわけじゃないんだが……そうだな、久しぶりにやるか」

「っし! やった!」


 ロベリアはぱあっと表情を明るくしながら嬉しそうにガッツポーズする。

 アルムが観客席から下りてくると、薄紫の髪を揺らしながら軽い足取りでその後ろをちょこちょこと着いてくる。


「そうだな……せっかくだし、久々に本気でやるか」

「え!? いいんすか!?」

「ああ、けど毒使うのはやめてくれよ」

「や、やめてくださいよ……うち的には結構な黒歴史なんですから……」


 アルムとロベリアが出会った当初の険悪だった時の話をしながら実技棟の入り口にある魔石に触れる。

 魔法儀式(リチュア)の戦績を記録するための準備だ。

 その様子を見て一年生達の練習はついに止まった。


「ま、まじで……? アルム先輩とパルセトマ家の本気の戦闘……?」

「見たい……見て、いいのかしら……?」

「いや、駄目でも金払って見るべきだろこんなん……」


 アルムとロベリアが話している様子ににわかにざわつく一年生達。

 魔法儀式(リチュア)ルールの範囲とはいえ、実戦経験のある使い手同士の本気の戦闘など見ようと思っても見られるものではない。経験の浅い一年生なら特にだ。

 同級生達がそわそわする中、全員の意を代表してセムーラがアルムとロベリアに駆け寄る。

 マキセナ家であるセムーラはパルセトマ家と同じ西部の貴族。面識は無いが、交渉しにいくきっかけくらいにはなりえる。


「お話し中、失礼致しますロベリア様。お初にお目にかかります。セムーラ・マキセナと申します」

「マキセナ家……? ああ、あなたが次女の……当主の件は残念だったね」


 自己紹介と同時に、ロベリアの表情が別人のように変わる。

 アルムと話した時には見せていなかった冷たい貴族の顔。セムーラはびくっと肩を震わせた。恐らくは他のすり寄ってくる貴族の一人とでも思われたのだろう。

 しかし、引こうとは思わない。

 こんな事で怯んでいてはまた動けないままで終わってしまう。


「どうした? セムーラ?」


 それでも、そう聞いてくれるアルムの声は救いに見えた。

 セムーラは少したどたどしいながらも答える。


「あ、あの……お二人が魔法儀式(リチュア)をする……んですよね? け、見学させて……もらいたいのですが……駄目でしょうか?」

「ああ、いいぞ……いいよなロベリア?」

「アルム先輩がいいなら大丈夫、です!」

「だそうだ」

「あ、ありがとうございます!!」


 予想外の快諾にセムーラは深々と頭を下げる。

 アルムからはともかくロベリアから許可が出るとは思えない雰囲気だったのでセムーラは感謝の意を素直に伝えた。

 次期当主ではないとはいえ上級貴族であるセムーラが頭を下げている事に一年生達は少しぎょっとしている。


「ああ、でもちゃんと観客席にあがって見てくれ。本気のロベリア相手に君達を巻き込まずに戦える自信は無い」

「わかりました! みんな観客席に避難よ!」


 セムーラのその指示はつまり見学していいという許可であり、他の一年より確実に一歩先に行けるイベントを前に、練習の時よりも騒がしくなりながら一年生達は観客席に移動し始める。


「アルム先輩……今うちのこと褒めてくれました?」

「褒めたなんて大層な事じゃないが、前から凄いと思ってる。半端な相手じゃないのはわかってるつもりだ」

「へー……そっか……うちってアルム先輩にそう思われてるんだ……!」


 その日のロベリアはいつもよりも調子が良く、観客席の一部を巻き込む大規模魔法を行使するほどに切れ切れであり……その件で二人でヴァンに怒られるまで機嫌が良かったそうな。





「しばらくロベリアと本気でやるのは無しだな……普通に上位の攻撃魔法まで使ってくるとは……」


 ヴァンの説教から解放されたアルムは三年生の教室へと向かっていた。

 見学の一年生達の喜びと怯えが同時に押し寄せるような悲鳴と、観客席を壊した事についてのヴァンの怒号がまだ耳に残っているようだ。

 アルムは耳をとんとんと軽く叩く。耳に残る声が気になっての事だが、当然意味は無い。ただの気休めだ。


「あ、アルムくんいいとこに来たー!」

「ん? なんだベネッタ?」


 アルムが廊下に差し掛かると丁度教室から出てくるベネッタ。

 朝襲われたとは思えない、いつもと変わらない様子である。

 かつかつ、と杖の音を鳴らしながら歩いてくる。こうしていると目を閉じているとは思えないほどだ。


「ちょっと教室の中ヒートアップしてるから気を付けてねー」

「ヒートアップ?」

「やる気満々ってことー!」

「それはいい事だと思うが……ベネッタはどこに?」

「学院長室ー! 朝の件をファニアさんにも話さないとだからー!」


 そう言ってベネッタは手を振りながら学院長室のほうへと向かっていった。

 少し急ぎ気味だが、ちゃんと廊下は走っていない。


「やる気満々……?」


 何故急に? とアルムは首を傾げながら……確かにいつもより騒がしい三年生の教室の扉に手をかけた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ちなみに魔法儀式の結果はロベリアの反則負けでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誉められてはしゃいでもの壊しちゃう…… 大型犬…… かわいいですね。
[一言] >何故急に? とアルムは首を傾げながら お前のせいやで、というか、お前のおかげやで、というか… しかし、ロベリアは実にワン娘になったものよのう
[良い点] ロベリアやる気溢れすぎちゃったか。しょうがないねw
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