番外 -捨てられる理由-
「えっと……」
「…………」
魔獣の巣窟と噂の村外れの山に、捨て場所に困った家畜の内臓や骨を捨てに行った時の事だった。
山の麓は静まり返っていて魔獣の巣窟とは思えない場所だった。ここから世界が書き換わっているかのような。
とはいえ魔獣が恐いのは変わらない。急いで袋の中の内臓や骨をぶちまけて帰ろうと思ったら……茂みの向こうからこちらをじっと見る男の子がいた。
魔獣の巣窟と呼ばれるこの山に入ってはいけないような年端もいかない子供だった。
まだ十歳くらいだろう。何故山の中に入っているのかわからなかった。
「こんにちは」
「こんにちは」
とりあえず挨拶してみると、意外にも子供は礼儀正しく頭を下げてきた。
見た目は十歳くらいだが、しっかりしている印象だった。
「えっと、君は?」
「アルムと言います」
「あ、いや……」
何故こんな恐ろしい山にいるのかを聞きたかったのだが……。
しかし、やはり噂は噂という事だろうか。魔獣の巣窟と呼ばれる山にこんな子供が一人でいられる訳がない。
「ど、どこから来たのかな?」
「カレッラです」
「か、カレッラ?」
「はい」
カレッラ……かつて山の中に住む人々の村をそう呼んだらしいが、本当にあったとは。
驚きはしたが、こんな子供がいるという事はこの山は住めなくはないのだろう。
魔獣の巣窟というのは誤って山に入って遭難しないようにと広まった噂なのかもしれない。
「……」
アルムという子供は私の持つ袋をじっと見ていた。
流石にこの山に住んでる子供の目の前で内臓や骨を捨てるのはよくないか。
「えっと……ここに捨てちゃまずいかい?」
「ええと……大丈夫だとは思うんですが、もしかしたら匂いを覚えた魔獣がおじさんの村に辿っていっちゃうかもしれません」
「おっと……そりゃまずいな。いい捨て場所になるかと思ったんだが……村が魔獣に襲われるのは勘弁だ」
流石にそんなリスクを知って捨てられるほど薄情にはなれない。
私は諦めて村に帰ろうとすると、
「何で捨てちゃうんですか?」
アルムはそんな事を聞いてきた。
中身が骨や内臓だとわかっているのだろうか。
勿体ないと言いたいのかな?
「いらないから捨てるんだよ」
「……」
私が答えると、アルムという子供は何故か固まった。
けれど、すぐに続けて質問をしてきた。
「いらなくなったら、捨てられるの?」
「ああ、ゴミだからね」
「ゴミ……」
「いらなくないなら捨てないさ。でもいらないなら捨てるしかないんだよ。あっても邪魔なだけだからね」
「……そっか」
やはりここにゴミを捨てられる事を快く思っていないのだろうか。
いや、当然か。自分の住んでいる山にゴミを捨てられるなど気持ちのいい事ではないだろう。
「なんで、そんな事を聞くんだい?」
私が問うと、アルムという子供は丁度私の立っている場所ら辺の地面に視線を落とした。
「……そこにね、おじさんが捨てようとしたみたいに捨てられてたんだって」
そう言って、アルムという子供は私の足元を指差した。
前にも私と同じようにここにゴミを捨てに来た誰かがいたという事だろうか。
わざわざそんな事を言ってくるという事は、やはりこの子もゴミを捨てられるのが嫌なのだろう。
魔獣が来ると忠告してくれた事だし、また別の捨て場所を探すとしよう。
「教えてくれてありがとうございます」
「いや、こっちこそ悪かったね。捨てる場所はまた違う所を探すとするよ」
「はい、お気をつけて」
「ああ、君も早く親御さんのとこに帰るんだよ!」
私は手を振ると、アルムはわざわざ茂みから出てきてこちらに手を振ってくれた。
もしや家無しかと思ったが、アルムの姿は決して汚いわけでもみすぼらしい格好なわけでもない。本当に山の中で暮らしているのだろう。
ここに来たのは無駄足だったが、カレッラという場所が本当にあるという事を知れただけで土産話になると思った。
「そっか……いらなかったんだ……」
アルムという子供は私が立っていた場所にしゃがんで、何かを呟いていた。
ゴミを捨てられるのはやはり嫌だったのだろうか。
「そっか……仕方ないな……。いらなかったんだもん。仕方ない……」
背中に聞こえてくる声はどこか悲しそうで、後ろ髪を引かれそうになった。
長い間持っていたくない内臓や骨の入った袋を持っていなければもう一度彼の下へと戻ってしまいそうなほどに。
「いらなかったんだからな……仕方ないよな……」
気になって振り返ってみると、アルムという子供は私が立っていた場所に小さくうずくまって……寂しそうに私が住む村のほうを見つめていた。
ずっと、ずっと……私の姿が小麦の種ほどに小さくなっても、やがて見えなくなっても。
彼はきっと、その場でずっとそうしていたのだと思う。




