647.暗くなるまで
「もしかしてだけど、エルミラの所にも来たかい?」
「……なにが?」
恒例となった放課後の演劇練習も終わり、ルクスとエルミラは学院を出る。
日が暮れて、建物や石畳は橙色が落ちている。最近はずっとこの時間だ。
アルムとミスティは一年生達の訓練を見に、ベネッタはサンベリーナとフラフィネ、そして意外な事にヴァルフトと合わせて四人での自主練習に。
涙目で出演を嫌がっていたネロエラも何だかんだと練習は真面目にしているようだ。
「おっと、とぼけるって事は口封じされてるかな?」
「さあ? っていうか、もってことは……」
「ああ、僕の所にもグレースくんが来たよ」
「まだ私のとこには来てるって言ってないけど?」
「白状したようなものだろう?」
「ま、そっか……二人で帰ろうとしたのってそれ聞きたかったわけ?」
「僕も他言無用って言われてたけど、台本の内容見たら他の人にも話聞いてるっぽいなと思ったからね。それなら同じ寮のエルミラかなって」
「ふーん……」
どこか不服そうな顔で顔を逸らすエルミラ。
推測は当たっていたようだが、エルミラの反応がどこか芳しくない。
少し歩くと、エルミラは肩をすくめた。何かを割り切ったかのように。
「まぁ、同じ立場なら話していっか……私にはアルムの事を教えてくれって来たわ」
「僕の所にもそう言いに来た」
「お友達には内緒にって?」
「はは、そうそう」
「同じ誘い文句で協力者を複数得るなんてグレースって意外に強かね……というか、何か怒ってたみたいだったから勢いかしら?」
「エルミラの時もかい?」
「ええ、グレースが私の部屋を訪ねてくるなんて珍しいなと思ってたけど、あれは怒ってたわね」
正直に言えばルクスも同じ印象を受けた。
言葉遣いは丁寧だったが、怒りに突き動かされているかのような。
しかし、その怒りはこちらに向いておらず、どこか別の所を向いていて……エネルギーだけが台本制作に向けられているかのように見えた。
「何に怒ってたんだろう……最初は無茶振りしてた学院長だと思ってたんだけど」
「その怒りとはちょっと違う感じがしたわね。なんというか、もっと前向きになってた気がしたわ」
「僕もそういう印象を受けたな」
「私がネグリジェ姿なのもお構いなしでアルムの事聞かせてって部屋入ってきたからね……普段のグレースじゃ有り得ないわ」
「ね、ネグ……ごほん」
ルクスの視線がついエルミラに。何を想像したのか頬が少し染まる。
普段は紳士でも何だかんだとルクスも男だ。
無意識に向いてしまった自分の邪な視線を誤魔化すために咳払いをしたが、すでに手遅れでエルミラはそんなルクスをじっと見ていた。
「えっち」
「……面目ない」
指摘されてはこれ以上誤魔化しようもなく、ルクスは自身の非を求めて小さく頭を下げた。
潔く謝る選択肢を選ぶのはルクスらしいというべきか。
「まぁ、私のネグリジェ姿なんて言われたら想像しちゃうわよね。私可愛いから」
「うん、可愛いから仕方ないと思うんだ」
「開き直ってんじゃないわよ」
「あいた」
エルミラはルクスの肩を小突いて、二人は笑った。
自分で自分を褒めるのはいいが、他人に素直に褒められると照れてしまうのがエルミラである。
「で、何話したわけ?」
「何ってアルムがやってきたことを大まかに教えたよ。グレースくんは周りに言いふらすような性格じゃないだろうしね」
「【原初の巨神】の事話したら流石に驚いてたわよ」
「そうなんだ? いや、そうか……【原初の巨神】と大百足についてはそもそも箝口令が敷かれてたから基本的に僕達くらいしかわからないのか」
一般的にアルムについて流れる噂はグレイシャのクーデターとガザスの一件についてだけだ。
それよりも前の功績は当時から意図的に隠されていたため、一般的に流布されていない。
【原初の巨神】はオウグスとヴァンが核を破壊して自壊したとされ、大百足は"自立した魔法"の暴走という事でミスティ達が破壊したという事になっている。
特に、平民が破壊した魔法としては【原初の巨神】はあまりにビッグネームすぎた。当時のアルムが各国からの引き抜きや政争に巻き込まれないための処置である。
もっとも……そんな気遣いはグレイシャ討伐によって意味をなさなくなり、マリツィアによるダブラマ勧誘に繋がるわけだが。
「後は?」
「……自分のことを話したよ。凄く真剣に頼まれたからね。アルムをどう思っているか。アルムと出会ってからの変化とかね。……今思うとそっちのほうが真剣に聞かれた気がするな?」
「あんた四大貴族の癖に馬鹿正直だから思いっきり話しちゃったんでしょ」
「うっ……まぁ、多少話し過ぎたけど……けど、暗くなる前には切り上げたから!」
ルクスは常識の範囲内の長さだとアピールしたかったようだが、エルミラはにこっと誰もがわざとらしいと思うような笑顔を見せた。
「へー……そんな長い間、他の女と二人きりだったわけだ?」
「え、いや、ちょっと待ってくれエルミラ」
「ふーん……そっかぁ……」
「この話の流れでそういう切り口で責められるとは思わなくて心の準備が……えっと、その……すいません」
「何謝ってんの。冗談に決まってるでしょ」
「あ、よかった」
「今の話の流れで嫉妬って無理矢理すぎるでしょ。そこまで馬鹿じゃないわよ」
「うーん、見事に振り回されてるなぁ……」
「少し女に振り回されるくらいが可愛げがありますわよ、お貴族様」
「振り回してくる本人が言うかなそれ……」
エルミラのわざとらしい物言いについ呆れるように笑うルクス。
学院からの帰り道は五人でも二人でも騒がしく、面白おかしいものだ。
「エルミラのほうは何を聞かれたんだい?」
「ルクスに言われて気付いたけど、私も自分がアルムに対して何を思ってるかとかのほうが多く聞かれたかしら。隠すことでもないから全部話したけどね。いつもボロボロだからほっとけないとか、力になりたいと思っちゃうとか」
「やっぱりそうか……」
ルクスは納得したように呟く。
「なに?」
「いや、僕達にあてられた役なんだけど……僕達に沿って作られてるんだろうなって思ってね」
「アルムはわかるけど……私達も?」
「ああ」
ルクスは鞄から台本を取り出してぺらぺらとめくり始める。
「ミスティ殿の囚われたお姫様、ベネッタの盲目の魔法使い、エルミラの道中で出会う女旅人、僕の騎士はそういう印象を受ける。ミスティ殿の囚われたお姫様はともかく、僕達の役が主人公と絡む時間が不自然に多い。それと、僕達の台詞は何故か余白が多いんだ」
「台詞が決まってない部分?」
「そうだ。他の役もあるにはあるが……僕達ほどじゃない。僕の役なんて決まった台詞を書いてもいいくらいなはずだ。主人公とは関わりも薄いからね」
「つまり?」
「グレースは何かしようとしているんだ……この演劇を通じてね。だから乗り気じゃなかったはずの台本の仕事を徹夜するほど入れ込んでた」
確信を持ったようにルクスは断言する。
グレースが描いたこの演劇はガザス女王であるラーニャの接待以上の目的がある。
「それが怒りの理由?」
「どうかな……けど、関係はしている気がするよ。グレースも魔法使いの卵だ、自分の欲望のために全力を尽くすのはおかしな話じゃない」
「私達って基本我が儘だからね」
「自分だけじゃなくて他の誰かまで救おうだなんて人達が我が儘じゃないわけないからね」
「そりゃそうね」
ルクスは台本をしまう。
丁度エルミラの住む第二寮が見えてきた。
しかし、エルミラが急に立ち止まる。
ルクスも何事かと思って止まった。
「エルミラ? どうしたんだい?」
「それで?」
「え?」
何がそれでなのかがわからずルクスは聞き返す。
「話ってそれだけ?」
「えっと、どういう意味かな……?」
もう一度聞き返すと、エルミラはぶっきらぼうに顔を逸らす。
そしてルクスの制服の袖を人差し指と親指だけできゅっと掴んだ。
「彼女と二人きりで帰る理由は他に無いのかって……聞いてるんだけど?」
言いながら、エルミラはルクスのほうをちらっと見た。
ちらっと見えるだけでもエルミラの表情は恥ずかしそうで、その表情にこちらまで恥ずかしくなってしまうほどだった。
あまりにの不意打ちにルクスの頬もまた珍しく桜色に染まっていく。
五人でいる時とは全く違う顔。
これ以上無いほどわかりやすい、もう少し一緒にいたい、というメッセージにルクスの胸も高鳴った。
こんなの反則だ、と思いながらもルクスは何とか平静を装う。紳士たれ四大貴族。
「あっと……うん……。まだご飯を一緒に食べるくらいの余裕はあるよね」
「ん」
「侵入者がいるってわけだから夜遅くは駄目だけど……それくらいは問題ないはずだ」
「ん」
「……行こう」
「ん、嬉しい」
第二寮に向かっていた二人は踵を返す。
エルミラは周りに見知った生徒がいない事を確認するとルクスと腕を組み、寄り掛かるように体を寄せた。
「振り回されるのも悪くないなあ……」
「そうでしょ?」
いつも読んでくださってありがとうございます。
この後フロリアに見つかる。




